トナカイと少女
森から一歩でたら、危険が一杯でした。
「ここらへんは、あんまり木が多くないのねー」
荷馬車の荷台で揺れる袋詰めのトナカイが、外の風景をのんびり眺めていた。
狩人の足がことのほか早く、一瞬で捕まったとなかい。
手早く袋に詰められ、お持ち帰りされてしまった。
狩人は帰り際、街一番の商店に寄り、袋詰めのトナカイを珍しいぬいぐるみとして売り払った。
「また何か珍しいものがありましたら、ぜひ当店にお越しくださいね」
商店は、袋トナカイにそこそこの値をつけて買い取った。
珍しいものは貴族が高値で買う可能性が高いと踏んだのだ。
「これだけあれば、当分遊んで暮らせるぞ!」
今受け取った金の数十倍の値段で取引される事実を、思わぬ収入を得てほくほく顔で帰っていった狩人は知る由もなかった。
「おい、これを檻に入れてしばらく様子を見ておけ」
「はい! ところで、餌は何を与えれば良いのでしょう?」
「……分からんな。一通りのものを与えて調べろ」
「となかいは割と何でも食べるのよ? 聞こえてないと思うけど」
商店の主人は不思議な生き物の様子をしばらく店員に観察させた。
「すごくみられているのよ」
「特に暴れたりする様子はないなぁ。何でも食べるしおとなしいから、ペットにはいいかもしれないなぁ」
商店の主人は、店員から特に暴れることはなかったと報告を受けた。
危険はなさそうだと判断した商店の主人は、早速つてのある貴族に連絡を取った。
そして、トナカイを袋に詰めて売りに行くのであった。
理不尽に捕まり、袋詰めされて売られていく、かわいそうなトナカイ。
「捕まったときはびっくりしたけど、よく考えたら歩く手間が省けてええやん? 次はどこに運んでくれるん?」
トナカイは、のほほんとしていた。
創造の力を使えば簡単に逃げられるのだが、そもそも精霊は死なないので警戒心や危機感がほとんどないのだ。
特に抵抗することなく、なすがままにされていた。
「大きいおうちなのねぇ」
しばらく荷馬車に揺られた後、商店の店員に抱えられたトナカイは、大きな屋敷の中に運び込まれた。
なにやら豪華な部屋で屋敷の主と商店の主人が話をしている。
「今日はとても珍しいものが手に入りまして……」
「ほう、まずは話を聞かせてもらおうか」
なんとなくそれを眺めていたトナカイは、ふと自分に向けられた視線に気づいた。
ちなみに頭だけ袋から出ているので、周りを見ることができるのだ。
「ん? なんぞや?」
視線の元に目を向けると、柱の陰から小さな女の子がこちらをじーっと見ていた。
恐らく屋敷の主の娘だろう、綺麗に装飾されたかわいいドレスを着ている。
トナカイとあまり変わらないくらいの背丈なので五歳くらいだろうか。
いかにも、気になる、といった表情でこちらを見ている。
「どしたん?」
トナカイの目線に気づいた女の子は、びくっとして柱に隠れてしまったが、やはり気になるらしく少しだけ顔を出してこちらを覗いている。
「こんにちはー、となかいなのよー」
トナカイは袋から体を半分ほど出して女の子に手を振った。
女の子は驚き目を見開きながらも、控えめにトナカイに手を振った。
「このぐらいの額でどうだ?」
「これはなかなか手厳しいですね! こちらも多少の儲けはとらせていただかないと!」
商店の主人と屋敷の主との戦い(値引き)は、まだ続いている。
「コワクナイヨー、タダノトナカイダヨー」
トナカイは両手を広げた。
「……」
女の子は警戒しつつも近づいてきた。
「トナカイヲ、モフモフシテモ、イイノヨ?」
トナカイは両手を広げたまま動かない。
「……えいっ!」
「おうふっ!急に突っついたらびっくりするのよ」
女の子はトナカイのおなかを突っついた。
「!? ……もふもふ!」
トナカイのおなかは安い布のような見た目なのに、触るととても、もふもふだった。
「……どやぁ?」
ドヤ顔でもふもふされるトナカイ。
思わぬトナボディのもふもふさに、女の子は目をキラキラさせながら、もふもふを堪能した。
「……! ……!! とっても、もふもふ!!」
すっかりもふもふが気に入った女の子は、警戒心をそこらに投げ捨て、トナカイに抱きついた。
トナカイはもふもふを堪能している女の子を見て呟いた。
「こどもは、無邪気ねぇ……」
トナカイの顔は、貼り付けたような笑顔であった。
しばらく女の子がトナカイに抱きついて、体全体でもふもふを堪能していると、やっと商談が終わった商店の主人と屋敷の主が、トナカイたちに気づいた。
「熱心に抱きしめて、そんなにそれが気に入ったのかい?」
「お嬢様にそこまで気に入っていただけると、商売とはいえお持ちしてよかったと私も嬉しく思います」
「おとうさま! このこ、とーーっても、モフモフです! さわり心地がとってもいいです!」
女の子はトナカイに抱き着きながら答えた。
「そうかそうか。この動くぬいぐるみのような生き物がどのようなものか、まだよく分かっていないらしいから、もう暫く様子を見てからお前に渡そうと思ったんだが……」
商店の主人から商品の説明を受けていた屋敷の主は、安全性を確認したかったのだが、娘は頑に離そうとしなかった。
「このこはきっといいこです! わたしとこのこはもうお友達なんです!」
「そうなん? となかい、いつのまにか友達できてたん?」
「気に入ったのはわかったから、一度それから離れなさい。」
「いやです! わたしはこのもふもふをもっともふもふするのです!」
「よっぽどとなかいのもふもふが気に入ったのねぇ。じゃぁ……あ、ちょっと離してね」
友達と言われ、もふもふ感を評価されて気を良くしたトナカイは、娘の腕をとっておなかから引き剥がすと、背中のチャックに手を入れごそごそし始めた。
「あう。もふもふ……」
「!? 何をしているんだ!」
「!? お嬢様!」
側から見たら、得体の知れないものが急に娘の腕を掴み、自分の背中をごそごそしだしたのだ。
先ほどまでの和やかな雰囲気から一転し、部屋の中が緊迫した空気に包まれた。
そんな周囲を気にもとめず、トナカイは背中から小さな人形を取り出した。
「はい、友達記念にあげるのよー」
「えっ? わたしにくれるの? あなたにそっくりなお人形ね!」
トナカイから人形を渡された娘は、その人形を抱きしめてもふもふし出した。
「! このお人形も、とーっても、もふもふ! おとうさまー!」
娘は受け取った人形を抱きしめたまま、屋敷の主のもとに駆けて行った。
「しょうがないな……まぁ、急な行動に少し驚いたが危険はなさそうだし、念のために屋敷の警備や召使いによく見ておくよう言っておくか。さぁ、お前の新しい友達だ。仲良くするんだよ?」
「ありがとうございます!わーい!」
こうして、トナカイは女の子へのプレゼントとして高値で買われていったのだった。




