ルームメイトはドラゴン
リリーのルームメイトになったニーナは、トラブルに巻き込まれる体質のようだ。
「うーん……よく寝た。いやー、我ながらすごい夢を見ました。まさかドラゴンとルームメイトになるだなんて……リリーちゃんが幸せそうに眠っていますね。やっぱり夢じゃないんですねぇ」
リリーがニーナに正体を打ち明けた翌日、ニーナは眠い目をこすりながら、ベッドでトナカイを抱きしめ寝ているリリーを眺めていた。
「眠っている姿も可愛らしいですねぇ。でも、中身はドラゴンなんですよね」
ドラゴンといっても、普通の人間と同じように眠るのかとぼんやり考えていたら、不意にトナカイがニーナの方に向いて手を振った。
そんなトナカイの様子にニーナは、眠っているリリーとこちらに手を振るトナカイを見比べて、改めてとなかいが自分の意思で動いていることを認識した。
「おはようなのよー。と言ってもトナカイ寝てないけど」
「えーっと、となかいさんでしたっけ? おはようございます」
「! もしやとなかいの言葉が届いたのでは「となかいさんはリリーちゃん以外と会話ができないんでしたっけ? 私の言葉は通じてるんですか?」……やっぱり聞こえてないのね。とりあえずうなずいておくのよー」
「おー! ちゃんと反応が返ってきますね! すごいですねぇ。さて、準備をしないと……着替えますけどとなかいさんは……ぬいぐるみだからセーフですね。でも一応向こう向いててくださいねー!」
「わかったのよー!」
しばらくして、一通りの身だしなみを整えたニーナは、まだ夢の中にいるリリーをゆり起こした。
「リリーさーん。起きてくださーい。そろそろ準備した方がいいですよー!」
「リリーは、朝が弱いのよー」
「うーん……あと五年……」
「どんだけ寝るつもりですか!?」
「さすがに五年は寝ないと思うけど、ほっといたら三日くらいは寝てるのよ。リリー起きるのよー!」
「……おはよう」
「おはようございますー」
リリーは、ぼーっとした顔でベッドから出た。
「もふもふ……」
「リリーは本当にもふもふが好きねぇ」
「起きてすぐにとなかいさんとイチャイチャするとは……ぐぬぬ、私はこれから毎日この光景を見せつけられるんですか?」
起きたリリーは日課のトナカイもふもふを始めた。
「……ってまだやってたんですか! さすがに長すぎませんか!?」
となもふが十分経ったあたりで、ニーナが待ったをかけた。
「まだ十分しかもふもふしてない」
「ほっといたらいくらでも、となかいをもふもふしてるのよー」
「まだ、じゃないですよ! はやく準備して教室に行かないと!」
「教室? ……!? そうだった。急がないと」
「えっ……忘れてたん? リリーはたまにうっかりさんなのよー」
「忘れてたんですか……まぁ、最初はそういうものですよねー。わたしも当初は学園ってことを忘れて寝坊しましたし。一人で部屋を使っていると誰も教えてくれないんですよねー……おっと、もうこんな時間! 先に行きますね! 戸締りは忘れないようにしてくださいねー!」
「もう準備できた」
「はやっ!? ……いつのまにか、パジャマから制服に着替えていますね。じゃあ、いきましょう!」
リリーは急いで身だしなみを揃え、トナカイを抱いた。
そして、リリーとニーナはそれぞれの教室に走っていった。
「おい、来たぞ」
「あ、ちょっと寝癖がついてる。寝坊したのかしら? かわいいわね」
「あの人形だけは馬鹿にすんなよ! 昨日のあいつみたいにぶっとばされるぞ!」
「……」
リリーが教室に入ると、クラスメイトたちは一斉にリリーを見た。
昨日あれだけの騒ぎを起こしたのだから、注目されても仕方がない。
「リリーが注目の的なのよ! これは何か一芸披露しないといけないね!」
「私、一芸とかないよ?」
「なぜそう思ったのかは知らないが、一芸を披露する必要はないからな? そんなところで立ってないでさっさと席に付け」
「……はい」
「一芸は特にいらなかったのね!となかいのおかし作りでも披露しようかと思ってたのに!」
リリーは興味と恐怖の入り混じる視線を受けながら、自分の席に向かっていった。
リリーはこの学園に、人との接し方を学びにきたのだ。
決してぼっちスキルを磨きにきたのではない。
「それではホームルームを始める。まずは出席をとるぞ。いないやつは返事しろー。はい欠席者は一人だけだなー」
「適当すぎるでしょ!」
「今更言ってもしょうがねーよ……」
「ああは言ってるけど、一瞬で出席を確認してるんだよな。さすが元凄腕の冒険者だよな……」
「いや、俺はまだ冒険者を引退してないぞ?あと、連絡事項はちゃんと聞いておけよ?」
「「小声で話してたのに聞かれてた!? ……はーい」」
ホームルームが進む中、リリーは一人目をつむり俯いていた。
(コミュニケーション……人と会話)
「リリー? どしたーん?」
(ま、まずは、声をかけないと……頑張る。心の準備はできた……よし! やるぞ!)
「リリー? ぷるぷるして、どしたーん?」
目をつむり考え込んでいたリリーは、勇気を出して隣のクラスメイトに話しかけた。
「お、おはよう!!」
返事は、なかった。
よく見ると周りに、誰もいなかった。
「あ、あれ? みんないつのまにか居なくなってる……」
「リリーの意識がやっと戻って来たのよ」
この学園は、クラスメイト同士が一つの教室でずっと学ぶスタイルではないのだ。
そのため、なにを学ぶのか決め、その科目の教室に行き、授業を受ける必要があるのだ。
ずっと目を瞑ってプルプルしていたリリーを気にかける生徒はいたが、あまり時間に余裕がないため放置されたのだった。
生徒のいない教室で呆然としていると、担任の先生が近づいてきた。
「お前が目を瞑っている間に、全員最初の授業がある教室へ行ったぞ」
「そうなんだ……不覚。ところで、私の授業は?」
「お前はまだ科目を選択してないだろう? 昨日もさっさと退室しちまうし。ま、とりあえず……面談、しようや」
「先生、これは……」
「大丈夫だ。俺が優しく教えてやるよ……」
誰もいない教室に、担任と女生徒の二人きり。
「というわけで、ほれ資料だ」
「資料、多い」
「先生がなんかいっぱい持って来たのよー」
個別面談である。
トナカイもいるので、三者面談とも言えるが。
「この学園は本当にたくさんの科目があるからな……簡単な資料だともう少し量は減るんだが、科目を選ぶなら出来るだけ詳細な内容が欲しいだろ?」
「たしかに」
担任はこの学園で受講できる、科目の一覧と説明が書かれてある資料をリリーに手渡し、受けたい科目を選ぶよう言った。
本来であれば、最初の年度に受けるべき科目というものがあるのだが、リリーたちは生徒が学ぶべき基礎的なことを既に店の男からある程度学んでいるため、比較的自由に選べるのだ。
意外と店の男はちゃんと先生をしていたのだ。
「……科目を決めた」
「となかい、お料理を勉強したいのよ!」
「じゃあこの、調理学? も選ぶ」
リリーは資料を一通り見てから、いくつかの授業を選んだ。
となかいから調理学を希望されたので、それも選んだ。
くいしんぼうとなかいは今日も平常運転であった。
面談を終えた担任は教室の扉に手をかけ、思い出したかのようにこちらを向きこう言った。
「あぁ、そうだ。最後に担任からのアドバイスだ。お前らのことは聞いているが、そこまで気を張らなくても、この学園ではちゃんとやっていけるさ。特にこの特Aクラスは、実力や才能はあるが癖の強い奴ばかりだ。毎日何かしらの問題を起こしやがるから、今更多少の問題が増えたところで、どうということはない」
「そうなんだ」
「昨日リリーがやらかしたけど、そこまで大事にならなかったもんね!」
「おかげで担任の心が休まることはないがな……お前らはお前ららしく振舞っていれば、自然とクラスにも馴染めるさ。……次の授業、遅れないようにな」
担任は苦笑いを浮かべながら、教室を去っていった。
授業は既に始まっているため、次の授業まで時間がある。
「次の授業までゆっくり過ごすのよー」
「……はぁ」
一人残されたリリーは、大きく息を吐き出した。
どうやら担任の言葉通り、気負いすぎていたようだ。
そもそもリリーは、本来そこまで他人とコミュニケーションがとれないわけではない。
同じ部屋にたくさんの人間が集まっている、これから数年をこの人間たちと共にする、不用意に人間を排除できない、さまざまな人間との接し方を学ばなければならない、といった環境や条件が、リリーを異常に身構えさせてしまっていたのだ。
「自分らしく……」
リリーは自分らしくという言葉を噛み締めつつ、次の授業が始まる時間まで教室で過ごすのであった。




