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毛を逆立てていた猫がちょっと懐いた気分

〈……驚いた〉


 晶樹はその一言に万感を込めた。

 ありえない、と思っていた。ありえたら奇跡だ、と斜に構えていた、自分を救える相手が、ここにいた。


 想定外が積み重なってアイズに生まれた青年が、晶樹にとっては今生で初めて出会う同じ時代の出身。自然と口端が上がる。どんな奇跡だろう。――どんな運命なのだろう、これは。


〈いや、間違いなく奇跡、か〉


 歯車がどこかで一つ違っていたらこの結果にはなっていなかっただろう。ウィズが転生しなければ、アイズから逃げ出そうとしなければ、晶樹が立ちふさがらなければ。勝負の勝敗が違っていれば。――ウィズが晶樹に心を許さなければ。決して今この瞬間にはつながっていない。


 努力と偶然の積み重ねが導いた、これをきっと奇跡と呼ぶのだろう。


〈……そうだな。奇跡かもな〉


 ウィズも同意した。流れゆく魔力の感覚が鈍くなり、晶樹の様子をうかがう。彼はうなずき、そっと手を離した。


 そのまま晶樹は傷を覆っていた包帯に手をかける。


〈ちょっと、晶樹!?〉


 その行動をとがめたリョウは、続く言葉を飲み込んだ。手早く取り除かれた包帯。彼自身が手当てした、傷。

 ついさっきのことだ。それなのに。

 傷が、なくなっていた。


 呆然とする頭の端が先ほどの光景を再生する。つないだ手から手へ、滝のように流れた膨大な魔力。そして、ウィズの言葉。


〈まさか、このタイミングで適合者が……〉


 思わずつぶやいていた。小説やテレビではあるまいし、まさかこんな図ったようなタイミングで相性が合う相手が現れるなんて。しかも。


〈あんな魔法戦闘をやったくせに、まだそれだけ魔力が残っていたのか……〉


 今度はつぶやきというよりうめき声だった。晶樹とウィズの一戦はリョウも記録映像で見せてもらった。あれだけ盛大に魔力を使っておいて、まだ晶樹を回復させることができるくらい余っているのか。ウィズの容量は底なしか。


 リョウが頭を抱えたい心情を持て余している間、体中に巻かれた包帯を取り去った晶樹はそれを手の中でくしゃくしゃに握った。

 ふ、と呼気を吐き出し、一呼吸――。


〈――燃やし尽くせ〉


 力ある言葉が大気に忍び込み、磁場を鳴動させる。とたん、晶樹の手が燃え上がった。


 浄炎。浄化の力を強く宿す、白の炎。


 それが術者の意思に従い、中空をなめ、血を含んだ布を燃やし尽くす。


 晶樹が手を開く。舞い踊る炎は彼の手を離れた時点で消えていく。あとには灰の一粒さえ零れ落ちなかった。

 炎に照りかえった傷痕が歪み、朱金の瞳が輝く。はたから見ていたウィズたちがぞっとするほど、美しい光景だった。


 はふ、と小さな呼吸音がした。


〈……晶樹、気持ちはわかるけれど、ここで攻撃魔法は使用禁止よ?〉


 かすかに笑いを含んだ声が優しく硬直を溶かした。

 仕方のない子供を見るような苦笑をにじませていたのは琴音だった。晶樹が彼女の方に顔を向ける。こらえきれない笑顔だった。

 アイコンタクトだけで通じ合い。琴音は肩をすくめ、晶樹はウィズをむく。


〈礼を言う。本当にありがとう、ウィズ。……間に合わないと思ったんだ。もう戦えないと、忸怩たる思いだった。でも……〉


 晶樹は自らの手を見下ろし、そして強く握りしめた。


〈――僕も、また、戦える……!〉


 高揚を示すようにパチパチと軽く空気が鳴る。リョウが慌てて〈漏れてる、漏れてるから!!〉と叫んだ。


〈コントロールを失っているんじゃないか?〉

〈違う違う、すごいよ、体験したことがないくらい気分がいい。相性がいいって、こういうことを言うんだね〉

〈……酔ってないか?〉


 酔っているというか、トンでいるというか、ラリっているというか。

 晶樹のセリフは残念ながらリョウの心配を深めただけのようだった。


 ウィズは自らの右手を見た。……確かに、相性が良かったのだろう。ウィズは同じ夢幻時代の生まれといっても、晶樹のような体質ではないから今まで幾度か魔力を人に譲渡したり、逆に分けてもらったりしたことがある。そのいずれでも感じたことがない独特の浮遊感だった。


 ああ、いや。ふらりと重圧から解き放たれるようなあの感覚は――。


〈……あの、炎、と〉


 おぼろげな記憶をたどる。


〈……あの時食らった炎も……同じような……〉


 そう。先ほど、晶樹と戦った時。

 最後にウィズに食らいついた炎は、そのまま、彼の心を縛っていた負の感情の鎖をすべて溶かしていったような……。

 言葉にして、その思いはますます強くなる。そうだ。目を覚ました時、自分をとらえていたことから解放されていたような。

 あれは、もしかして、晶樹がウィズを倒したからだけでなく……?


 答えを求めて顔を上げると、にやり、笑った朱金の瞳にぶつかった。


〈――ヴィルフレーゼ・テレシアス〉

〈え?〉

〈それが僕の真名だよ〉


 気軽に投げ渡された魂の名に、ウィズは目を見開いた。驚く間にも彼の頭は勝手にその言葉の翻訳を行っている。

 ヴィルフレーゼ。呪文でもあるその名の意味は。


〈……もっとも強力な、浄化の業炎……〉


 清められないものは存在しない。

 何よりも強力な、穢れをはらう禊ぎの劫火。それは心に巣くった黒さえ食らうほどの、白。


 ああなるほど、と得心が行く。相性がいいはずだ。

 晶樹とウィズは、根本的なところが。魂の質が、同じなのだ。


〈ウィードルセイラ・オーライン〉


 ただ晶樹につられたわけではなく。

 一呼吸の間に十全に考えた青金の瞳の魔法使いは、まっすぐに朱金の瞳を見つめ返し、今生で初めての言葉を口に上らせた。朱金が少し色濃くなるのを、どこか小気味よく感じる。


〈凍湖の守護者〉


 底に手が届きそうなほど透明な湖を守護する者。一切のくもりを寄せ付けない清冽なる白をたたえるもの。


 それが、ウィズの真の名だった。




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