マハーン(一)
マハーンの行動は迅速だった。
テヘラン郊外のアパートメントに潜むベルギー人記者は、その日のうちに黒い袋を頭に被せられ、結束バンドに両腕を縛られたまま革命防衛隊の施設へと運び込まれた。
剥き出しの蛍光灯が明滅した尋問室へと押し込むと、硬い金属製の椅子に、男を座らせる。袋が取り払われた瞬間、ベルギー人は光に瞬きをしながら、マハーンに対して怪訝な表情を見せた。
ベルギー人の記者は、ファビアン・ヴァウツと名乗った。
「さて、ヴァウツさん」
マハーンはイスに座りながら、柔らかく問いかけた。その声音とは裏腹に、瞳には一切の熱がなかった。
「拘束されたことに何か心当たりは?」
「……もしかして、ビザが切れていましたか?」
マハーンは笑いながら首を大きく左右に振った。
ファビアンは怯えた様子で彼の顔色を伺っていた。
「私はアリ・マハーン。マハーンと呼んでください。一応、この国の軍人です。どことはいいませんが」
ファビアンは緊張のあまり呼吸を浅くする。
「もし協力してくれるなら解放します。ですが、協力してくれないなら……なんといいますか、無事ではいられません。身体のどこかの機能をランダムに失いたいなら、沈黙を選択しても構いませんが」
マハーンの無感情な瞳が、ファビアンの全身を射抜いた。冷えた刃物がゆっくりと皮膚に当てられたときのように、ファビアンの背筋に震えが走る。鼓動が耳の内側を叩きつけ、呼吸は細く切れ切れになった。ファビアンの中で恐怖心が肥大化していく。
「先ほど、英語で誰かと会話していたそうですね。その……アメリカ人と」
ファビアンの顔から血の気が引く。
「は、はい……」
「あなたの取材手帳を少し読ませていただいたのですが、そこにはチェコの輸入会社に関する調査メモが大量にあった。この企業についてわかったことを教えてくれないか?」
ファビアンは喉をならし、恐怖に震える唇を押し出す。
「そ、その……最初はベイルートでの取材でした。爆発事故があったでしょう?」
「ああ」
「あの事故の爆薬の量を韓国の数学者が計算して、雑談程度にSNSに載せていたことを覚えていました。そしてある消息筋から港湾施設にあった爆薬の正確な量を記録した文書を手に入れると、爆発の出力と計算が合わないということがわかりました。つまり港湾施設から爆発物が横流しされていたようです。流されていたのは四硝酸ペンタエリスリトール。要はペンスリット―――」
「セムテックの素材か」
ファビアンがそこまで言い終えると、マハーンはその言葉尻を切り落とした。
「はい。それで、爆発の日か、その前日までに不自然な輸送を行った会社はないかを探しました。すると、リストにあったのがチェコの輸入会社だったんです。その支店を見るといくつかは通信機器や車の製造工場の近くにあることがわかったんです。中でも、イランや中国、ベラルーシに輸出をする機器の工場です。ですが、決定的なものがなくて」
マハーンはテーブルに肘を置き、ゆっくりと身を乗り出す。
「アメリカ人に話を持ち掛けた?」
「はい……」
事の全容がわかると、マハーンはしばし考え込んだ。テーブルの上で、マハーンの指が規則正しく打鍵のように鳴る。
「ご協力ありがとうございました。ですが、しばらくあなたの国に帰すことができなくなりましたね」
ファビアンの喉がひくりと鳴った。
「そ、それはどういう―――」
「わかるでしょう? そんな軍事機密を持ったままこの国を出られては困るんです。あなたの国に安全保障があるように、私たちの国にも当然あるのですから」
マハーンは爬虫類のようなまなざしで柔らかく微笑むと椅子から立ち上がり、資料を片付けていく。淡々とした仕草が、ファビアンの鼓動をさらに早める。
「わ、私はどうなるんですか?」
「……さあ。それは今後の展開次第ですね」
マハーンはそう言うと、重苦しい鉄扉を開けて立ち去っていった。




