5「英雄、子供服を買う」
リヴィの世話のあとは、エルとルキの食事だ。ルキはヤギミルクにひたしたパンと、ソーセージを一切れと、サラダを食べた。
その後、エルはルキを抱き上げたまま街に出た。中央通りの商店街に向かう。真っ先に入ったのは靴屋だ。
「女児用の靴を見繕ってほしいんだが」
「誰かと思えば、英雄様じゃねーか」
顔見知りの店主が出てきた。
「女児向け? まさか隠し子が――うおっ、なんだぁこの可憐なお嬢ちゃんはっ?」
「おぁよう」
ルキがニッコリと微笑んだ。
「お、おう。おはよう」
靴屋が戸惑う。
「お前、どこぞのお貴族様のご令嬢でもさらってきたのか?」
「人聞きの悪いことを言うな。孤児だよ」
「はぁ~。あの悪童が子育てとはね。どんな服に合わせるんだ?」
「分かんねぇけど、可愛い服に合うのを一足と、動きやすさ重視のやつを一足くれ」
「こっちの紐なし革靴なんて似合うんじゃないか? 赤色に染めてあって、とっても可愛いだろう」
「わぁ~!」
ルキは、店主が出した靴を気に入ったらしい。
「嬢ちゃん、足のサイズを図ろうか。靴下も用意しねぇとな」
靴屋の次は、向かいの服屋だ。
様子を見ていた服屋の奥さんが飛び出してきて、ルキをあれやこれやと着飾らせてくれた。
お嬢様風のツーピースと、村娘風のワンピース、そしてリヴィに乗ることを考えた子供用の乗馬の上下。
ルキときたら何を着せても似合うので、エルはご満悦だった。一ヵ月分の給金が消えてしまったが、気にならなかった。
◆ ◇ ◆ ◇
同僚たちは今頃、北の山中でキュクロプスの動向を探る任務に当たっているはずだ。仲間たちが働いている間に自分だけ休むことに一抹の罪悪感は覚えるものの、今はルキのことが最優先だ。
靴と服はそろった。
試着したまま店から出てきたので、ルキは今や、自分の足で歩いている。
おしゃれなツーピースと赤い靴でおめかししたルキは、清楚可憐なお嬢様といった見た目になっている。立ち居振る舞いにも不思議な気品があって、着せられている感じがしない。
(こりゃ、マジでいいとこのお嬢さんだったんじゃなかろうか)
商店街の外れで遊んでいた悪ガキどもが、頬を染めながらルキのことを見つめたり、ヒソヒソ話をしている。
「娘はやらねぇぞ!」
エルはがるるるっと威嚇しながらガキどもを追い払った。
貸本屋でありったけの絵本を借り漁って、この日の買い物は終わった。
ルキが楽しみにしていた昼食を挟み、午後は絵本を読み聞かせて過ごした。
物語本もいくつか借りた。
ダヴィドは山岳地帯という辺鄙なところにあるものの、竜が持つ膨大な輸送量と輸送速度のおかげでこの地域一帯の交易中心地となっているため、古今東西様々な本が集まるのだ。
神話、伝記、歴史書……様々な本が集まっているが、ベストセラー本と言えば、やはり聖書だ。
ダヴィドはちょうど『メシア教』と呼ばれる西方諸国の国境と、『ムスリム教』という東方に広がる大宗教が混ざりあった地域だ。歴史としてはメシア教のほうが長く、ダヴィドに住む人々のほとんどがメシア教徒である。
もっとも、エルは神の存在なんて信じていない。
『サリエル』
というのはメシア教における天使の名だが、名付けたのは自分ではない。
『今日からキミは、サリエルだ。生と死を司る大天使。七大天使の一柱だよ』
彼女がそう言って笑ったのを、エルは今でも覚えている。エルを拾った今は亡き浮浪児の元リーダーは、続けてこうも言った。
『キミは長生きしそうだから。たくさんの子供を導き、看取ってね』
だから彼は、邪竜王討伐で得た報酬のほとんどすべてを孤児院のために使った。
おかげで浮浪児の数は劇的に減った……が、それでも戦争によって生み出された膨大な戦災孤児のすべてが救われたわけではないのだ。
神が実在するのなら、こんな理不尽を放っておくはずがない。
仮に神が実在し、この不幸が神からの試練なのだとすれば、そんな神は糞食らえだ。
とまぁそんなわけで、エルは神と宗教を信じておらず、自分の手の届く範囲で、できるだけのことをやろうと決めている。
目下はルキの教育だ。
「犬、猫、ヤギ」
「ぃにゅ、にぇこ、ぃやぎ……」
「【犬・猫・ヤギ】」
自室で膝の上にルキを座らせ、一緒に絵本を読む。人間語と竜言語の両方でルキに覚えさせる。
ルキの学習速度といったらすさまじく、十冊もの絵本を午後のうちに読みきってしまった。
「ご本」
ルキが、テーブルの上の本に手を伸ばす。
「つぎ、の、ご本、は?」
「あー……」
エルは、困る。残りの本は、ルキにはまだまだ難しすぎると考えたからだ。
物語本――いわゆる『小説』だ。聖書などの『崇高なる書物』を意味する『大説』の対義語で、女子供が読む軟弱な読み物とされている。恋愛モノだったり戦記だったり冒険譚だったり。
ルキの、カエデの葉のような小さな手が触れた小説のタイトルは、
『愛する娘の親の仇が俺だったんだが、どうすればいい?』
(我ながら、なんつー本を借りてきたんだか)
ルキが本を手に取り、パラパラとめくる。
挿絵付きの本だ。魔王を倒した英雄が、魔王の元支配領域で幼い少女を拾い、溺愛する話。
(なんつーか、既視感がある話だ)
だが、不穏なタイトルの示すとおり、単なる心温まるストーリーでは済まなかった。
拾った少女の正体が、魔王の娘だったのだ。
「うぅ……」
いたたまれなくなって、エルは本を閉じさせた。
「……エル?」
ルキの不安そうな顔。
思えば、エルがルキの行動を禁じたのは、これが初めてだった。
ルキは恐ろしく手のかからない子供だ。自分の立場を――エルの気持ち一つで揺るぎかねない危うい立ち位置を、よく理解しているのだろう。それだけに、エルからの拒絶は堪えたはずだ。
「大丈夫」
エルはすぐにルキの頭をなでた。
「ほら、もう飯の時間だから」
「メシ!」
とたん、ルキがキラキラと微笑んだ。




