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4「英雄、竜の世話をする」

 ――チュンチュンチュン……


 竜騎兵の朝は、早い。熟練の竜騎兵は、朝鳥が鳴きはじめるころ、日の出前に自然と目が覚める。

 覚醒したエルは、自分のベッドに見知らぬ少女が入っていることに驚いた。が、一秒後にはもろもろ思い出した。

 ルキが目覚めないようにゆっくり起き上がろうとしたが、ルキは野生動物のような敏感さでパッチリと目を開いた。


「ルキ、おはよう」

「ぉぁょぅ?」

「おはよう。【朝の礼儀・交わす言葉・目覚めのあいさつ】」

「おぁよう!」


 ルキが元気よくあいさつし、ニコッと微笑んだ。


(賢い子だ。この子は、俺が自分の保護者であることをちゃんと理解しているんだ)


 親に捨てられたら、子は生きていけない。愛想を振りまくのは、子供にインプットされた生存本能がなせるわざだ。


「おいで、ルキ。髪をといてやろう」


 ルキの頭が寝ぐせで爆発していた。エルはマリアから『ルキのために』と与えられたくしでルキの髪を梳かし、同じくマリアからもらった紐でポニーテールにした。


「いずれは自分でできるようにならないと、だな」


 ルキに手鏡を渡してやると、ルキは見慣れた様子で鏡をのぞき込んだ。

 鏡というのは高級品だ。エルは、ルキがもっと驚くものと思っていたのだが、結果は予想と違った。


(鏡すら見慣れているのか。いよいよ、お嬢様の可能性が濃厚だな)


 ルキがエルに手鏡を渡してきた。

 なんの気なしに、エルは鏡をのぞき込む。


(こんな顔してたっけ)


 日頃、自分の容姿にまるで無頓着なエルは、ずいぶんと久しぶりに自分の顔を見た。

 黒い短髪、三白眼の黒い目。

 悪ガキがそのまま大人になったような顔だ。二十代、三十代のベテランライダーたちに言わせれば、


「今も悪ガキのままさ」


 ということだが。

 立ち上がって部屋のドアを開くと、ルキが目を輝かせながら、


「メシ? メシ?」


 と尋ねてきた。


「飯はまだだ。まずは、リヴィの飯だ」

「メシ!」

「だから、ルキの飯じゃないんだってば」


 靴もないので部屋に残して行こうかとも思ったが、ルキが無性に抱きついてくるので、エルは仕方なくルキを抱き上げて部屋を出た。寮棟を出て、厩舎に入る。


「メシ……」


 大食堂ではないことに気づいたルキが、しょんぼりする。


「リヴィが腹を空かせているからな。ルキの飯は、そのあとだ」


 厩舎では百一匹の成竜と、四匹の雛が暮らしている。大部屋や相部屋はなく、基本的に一匹につき一部屋が割り当てられている。『等級』や性別や年齢、相性を考慮して、各部屋に竜が割り当てられている。

 リヴィが入っているのは、『銅等級』の竜が集められた棟だ。


 竜には『等級』がある。等級は竜の種族や成長、個体の才覚によって伸び幅がまちまちだが、おおむね年齢とともに上がっていく。

『銅等級』の竜は、人語を解することができない。今のリヴィがこのランクだ。

 次の『銀等級』の竜は、人語を操ることができる。リヴィも、もう数十年もすれば人語でエルと話せるようになるだろう……それまでエルが生きていれば、の話だが。竜は大抵の場合、人間より長寿だ。

 最上級の『金等級』の竜は、人間に変身することができる。人間の姿と竜の姿を行ったり来たりできる魔術【竜変身】こそが、竜の奥義なのである。


 一部、伝説的な少数種族の『エンシェントドラゴン』などは、生まれながらに【竜変身】が使えるという話も伝え聞く。

 かくいう邪竜王もエンシェントドラゴンで、平時は人間女性の姿を取って山岳地帯北部の人間たちを支配し、戦時には竜の姿を取ってドラゴンブレスによってダヴィドの軍勢を灰に変えた。


 ちなみに、マグダラ協会が擁する竜の中に金等級はいない。金等級は、半ば伝説の存在である。


「手を伸ばさないようにな、ルキ」


 大人しくて繊細で、喧騒を嫌うリヴィは最奥の一角に棲んでいる。

 逆に騒がしい個体は入口側のほうに配置されていて、ルキに対して威嚇したり、はたまた物珍しげに檻から顔を突き出したりする。

 竜は『銅等級』であっても知能が高く、人の顔を覚える。新参者のルキは、厩舎においては異物というわけだ。


 なお、竜たちの棲む檻は、いずれもなめし革で防火処理を施した木製だ。冷たい鉄の檻に閉じ込めると、竜が機嫌を損ねたり、体調を崩したりするからだ。

 木製の檻など、竜が本気になれば破壊は容易い。であればこそ、竜使いたちは竜を木の檻に入れる。そうすることで信頼を示すのだ。

 実際、檻の扉には鍵がかかっていない。


 ――キュルルゥイ! キュルルゥイ!


 リヴィが翼をバサバサさせながら出迎えてくれた。

 この子はいつだって、全力で好意を伝えてくれるのだ。エルはそれが、たまらなくうれしい。

 エルは扉を開き、水をたたえた桶をリヴィの足元に持っていく。

 すぐさまリヴィが給水を始めた。この、


『エルに対する好意はもちろんだが、それはそれとして水と食料が最優先』


 という現金さも、慣れてしまうと愛おしい。

 厩舎の掃除はライダー候補の下積みたちが行う。だが、食事の世話は原則としてパートナーであるドラゴンライダーが行う。そのほうが、竜との信頼関係を醸成・維持しやすいからだ。

 竜とライダーは一対一。だが戦争で数を減らしてしまったので、今は二人のライダーが一匹の竜を共有している場合もある。ライダーの育成も大変だが、竜の育成はもっと大変なのだ。


 給水と食事のあと、リヴィがエルに甘えてきた。いつものように頭突きをしてきたのだが、ルキが潰されそうになったので、エルはやんわりと避けた。代わりに、リヴィの額をなでてやる。

 エルはリヴィのルキに対する嫉妬を危惧していたが、杞憂のようだった。

 リヴィはルキを不思議そうに見詰めていた。


「※※※※※※※※?」


 ルキが竜言語で何か言って、リヴィの鼻先をなでた。

 リヴィは嫌がるでもなく、ルキになでられるに任せていた。

 こんなにもリヴィと相性のよい女を、エルは初めて見た。

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