4「娘、街に受け入れられる」
――わぁあああああああああああああ!
――ダヴィドばんざーい!
――英雄サリエルばんざーい!
残党をすべて倒すか捕まえるか追い払ったあと、エルとルキが北の城門前に戻ってみると、そこにはダヴィドの民たちが集まっていた。
城壁の上に、マリアと彼女の愛竜が佇んでいる。どうやらマリアが事前に、ゴリアテの死やキュクロプス軍の撤退、そしてそれらを成したのがエルであることを人々に伝えておいてくれたらしい。
(相変わらず、仕事のできる女だぜ)
ダヴィドの民をいち早く安心させ、団結させる。
キュクロプス軍討伐とダヴィド防衛の功績をエルの集めることで、これからエルが行う『交渉』を、有利に進められるよう場を整えてくれたわけだ。
「……なぁおい、エル坊がいつも乗っている竜と、色が違うぞ」
一人の男性が、声を上げた。
それを皮切りに、群衆たちの間に動揺が広がる。
「漆黒の鱗? ってまさか」
「邪竜王⁉」
「あいつだ、邪竜王の娘!」
空気が最悪のものになりかけた、まさにその時。
「【竜変身】!」
ルキが、人間形態に姿を変えた。巨大な竜から小柄な少女へと姿を変えたため、ルキは中空に投げ出されるかたちとなる。
ルキにまがたっていたエルもまた、同様だ。
「よっと」
そんなルキを、エルは空中で優しく抱きとめ、危なげなく着地した。
人々が、遠巻きにエルとルキを見ている。
「この子は、ルキ!」
エルは声を張り上げる。
「ルキフェル! 俺の大切な娘だ!」
エルはルキを肩に乗せ、群衆からよく見えるようにする。
「ルキは確かに、邪竜王の娘だ! だが、このとおり街を守ってくれた! 俺は敵の超巨大キュクロプス――ネームドのゴリアテに殺される寸前だった! その俺を救い出し、ゴリアテ討伐の決定打を放ったのが、このルキだ! ルキがいなければ、この街は今頃、キュクロプス軍に蹂躙されていただろう!」
……。
…………。
………………。
群衆が黙り込む。
不穏な沈黙が、辺りを包むこむ。
(もう一押しだ)
エルは大きく息を吸う。
「俺はここに誓う! ルキを、人類に仇なす邪竜ではなく、人類の守護者となる善竜として育て上げると!」
…………。
再び、重々しい沈黙が広場を満たした。
「し、信じられるかよ」
やがて、一人の男性が言った。
「俺の家族は、そいつの親に殺されたんだぞ! こいつの家族も、こいつも、こいつもだ! 俺たちのほとんど全員が、邪竜王から家族や友人、家や家畜や財産を奪われているんだ。それを、赦せだって⁉」
――そうだそうだ!
――邪竜王の娘を許すな!
空気が再び、悪いほうへと傾きはじめた。
「もし、ルキが道を間違えそうになったそのときは――」
エルは声の震えを抑えながら、とっておきの一言を叫ぶ。
「俺がこの手で、始末をつけると誓う!」
もちろん、エルには『そんなことにはならない』という確信があった。だが、この場で誓ってしまった以上、将来もしルキが人類の敵になるような道を選んだ場合、エルはルキを殺さなければならない。
「そ、そこまで言うのなら」
「英雄様にそこまで言われちゃぁな」
エルの壮絶な覚悟が伝わったのか、好意的な意見が増えていく。
「いやいや、待ってくれよ!」
先ほどの男性が言った。
「俺が言っているのは、赦せるのか、って話だ! 俺たちからすべてを奪った邪竜王……その娘と、仲良く一緒に暮らせるのか、って聞いてるんだ。抵抗はないのか、って聞いているんだよ!」
「俺は、赦すよ」
声変わり前ながらも落ち着いた声が、場を貫いた。
ヨシュアだ。杖をつき、片足を引きずりながら、ヨシュアが現れた。
「俺も、母さんを邪竜王に殺された。でも、俺はルキを赦す。ルキがダヴィドや俺の命を救ってくれたからだ」
ヨシュアの言葉が、決め手になった。ヨシュアの周りから『赦す』という言葉が伝播していき、やがてその場の全体を満たした。
最後まで抵抗していた男も、やがてあきらめたように頭を振って、エルに向かって苦笑してみせてくれた。
彼は、未だルキのことを完全に赦すことはできずにいるのだろう。だが、少なくともエルのことは赦す気になってくれたようだ。
――プァアァアアアアアアアアア~~~~ッ!
ラッパの高らかな音色が、辺りを満たした。
マリアの左右に控える竜騎兵たちが吹き鳴らした音だった。人々の視線が、城壁の上に佇むマリアへと集まる。
「審判は下された!」
マリアが朗々と謳い上げた。
「ダヴィドの平和は守られた! 英雄サリエルと、その娘・ルキフェルの活躍によって、だ! サリエルの宣誓は、マグダラ協会が確かに見届けた! サリエルが宣誓を確実に履行することは、このマグダラ協会が保証する!」
マリアの念押しによって、人々の顔色が明らかに和らいだ。
マグダラ協会は、ダヴィドの治安活動と経済活動のすべてを司る超巨大組織だ。
その組織の副長が、公の場で宣言したのだ。将来、万が一のことがあったとしても、ルキが暴走する前にエルが確実に始末をつけてくれる、とダヴィドの民は信じた。
「今は、我々の勝利を祝おうではないか!」
マリアがマスケットを振り上げた。
「ダヴィド万歳! 英雄サリエル万歳!」
――ダヴィドばんざーい!
――英雄サリエルばんざーい!
大歓声の中、マリアがエルにウインクしてきた。
(まったく、かなわないな)
エルは苦笑してみせた。
◆ ◇ ◆ ◇
その日は宴が催された。
亡くなってしまった人や竜もいる。怪我を負った人も多い。家や財産を失った人もたくさんいる。
けれど、だからこそ、人々は勝利を祝い合った。喜びで、悲しみや怒りや苦しみを洗い流すのだ。
幸いなことに、ルキは『英雄の娘』としてダヴィドの人々から受け入れられ、宴の中心人物になることができた。
凱旋の場では、ルキは確かに人々から受け入れられていた。だが、あの場には『場の勢い』というものがあったので、エルはまだ不安だった。
だが、酒が入った場でもルキが変わらず受け入れられる姿を見て、エルは今度こそ安心した。
酒は、人の本心を浮き彫りにする。酒が入った状態でも『邪竜王の娘』とか『悪魔』などという言葉が聴こえてこないということは、人々が本心からルキを受け入れてくれたということだ。
ルキは今日、正式にダヴィドの住人の仲間入りを果たしたのだ。
(よかったな、ルキ。本当に)
宴会場の片隅でエールを傾けながら、エルは会場中央のルキを見守る。
ルキは竜言語魔術で飛んだり跳ねたりしてみせて、挙句の果てには竜に変身して空を飛び回り、会場を沸かせていた。




