2「娘と英雄、勝利する」
死が――ゴリアテの足の裏が、降ってくる。
時間が引き伸ばされる感覚。エルの脳裏に、今までの人生の様々な場面が浮かんでは消えていく。
孤児時代、
マリアに拾われてからのドラゴンライダー見習い時代、
邪竜王との戦争に明け暮れた時代、
英雄として短期間ながらもちやほやされていた日々、
そして、ルキを拾ってからの毎日。
兵士稼業だ。自分がベッドの上で死ねないことくらい、エルだって理解していた。だが、
(死ねない。死にたくない!)
ルキのことだけが気がかりだった。
(ルキが成人するまでは――)
いや、それは言い訳だ。実際は、そんな育て親目線の偉ぶった理由ではなかった。
エルはただ、ルキに笑顔でいてほしかったのだ。エルは、ルキの笑顔に『癒やし』を見出していたのだ。
来る日も来る日も出撃する毎日。明日はおろか、今日の命すら知れない毎日の中で、
『ただいま』
を言える相手が得られたことが、たまらなくうれしかったのだ。
自室のドアを開くやいなや、
『おかえり』
と言って笑いかけてくれる人が――ルキがいてくれたことが、エルの渇いた心を癒やしてくれていたのだ。
(最後に、ルキの笑顔が見たかった……)
「エル!」
信じられないことが起こった。
ルキが、現れたのだ。
飛び込んできたとすら言える勢いで、エルとゴリアテの足の裏の間に割って入ってきたのだ。
危ない。逃げろ。
どんな言葉を口にする暇もなかった。次の瞬間、エルはルキともども踏み潰され、圧死した――……と思った。
だが、生きていた。
「【※※※※※結界※※※※※※※※】!」
ルキの声が聴こえる。竜言語だ。目を開いて見てみれば、ルキがゴリアテの足に向けて右手を掲げていた。ルキの右手から、光の盾のようなものが生じている。
(防護結界魔術⁉ そんな高等魔術が使えたのか⁉)
「【※※※・※※※※※・※※※※※※※】!」
さらにルキが、古めかしい文法の竜言語を唱える。すると、光の盾がみるみるうちに大きくなっていき、ついにはゴリアテの足を押し返し、ゴリアテを転倒させることに成功した。
「【※※※飛翔※※※※※】!」
ルキが、また別の竜言語魔術を使った。次の瞬間、ルキの体がふわりと舞い上がった。そして、
「【竜変身】!」
次の詠唱は、エルにも内容が理解できた。
エルを圧死させないだけの距離を保った中空で、ルキの体が光の粒子に包まれはじめた。光は漆黒の鱗に変化し、ルキがみるみるうちに巨大な竜に変身した。
「【ドラゴンブレス】!」
ルキの詠唱とともに、巨大な魔力がルキの腹の中で練り上がり、灼熱の炎に変じる。
――ゴォォオオオオオオオオオオオオオッ!
ゴリアテと、奴の下敷きになっているキュクロプスたちが炎に包まれた。
「乗って、エル!」
ルキが舞い降りてきて、頭を垂れた。
「ルキ! だけど、リヴィがっ」
「大丈夫」
ガブリエルが舞い降りてきた。気を失っているリヴィの、鞍を両腕でつかむ。フラフラと不安定ながらも、ガブリエルがリヴィを持ち上げはじめた。この様子なら、壁内に運び入れることは可能だろう。
「分かった」
エルはすぐにそう判断し、ルキの首元に飛び乗った。鞍と鐙がないので、両腿でルキの首を締めつけることで体を安定させる。
「苦しくないか、ルキ?」
「ふふっ、ちょっとくすぐったい」
リヴィの翼が空気を打った。あっという間に上昇する。軽やかで力強い飛翔だ。
眼下では、体の表面を焦げつかせたゴリアテが、起き上がろうとしてもがいているところだった。
「あいつ、まだ生きてる⁉」
「火に耐性があるらしい」
新たなカートリッジを取り出し、マスケットの装填を再開しながら、エルはルキに問いかける。
「銃と剣でケリをつける。悪いがルキ、このマスケットの弾丸と銃剣に魔力を付与することはできるか?」
「やってみる。【※※※・※※※※※※・付与】!」
ルキの丹田から膨大な量の魔力が立ち上り、光の粒子と鳴ってエルのマスケットを覆う。とりわけ銃身内の銃弾と、銃剣の切っ先が直視できないほどの強い光をまといはじめた。
(すげぇ! これならいける!)
エルはマスケットを槍のように構えなおした。
「ルキ、超巨大キュクロプスの顔の上に降下しろ!」
「うんっ」
ルキの正確な飛行により、エル騎はゴリアテの頭上数キュビト(約一.五メートル)に到達した。エルは、今まさに起き上がろうとしていたゴリアテの額に飛び降りた。
(悪いが、死んでもらう!)
エルは光り輝く銃剣を、ゴリアテの眼球に深々と突き立てた。
切っ先は、まるでバターを切るような柔らかさで沈んでいった。
エルの魔力を注ぎ込んだ銃弾ですら、傷一つ負わせることができなかったゴリアテの肌。エルは、眼球もまたそれ相応の攻撃耐性を持っているものとばかり考えていた。
(眼球だからか? いや――)
エルは、煌々と光り輝く銃剣を見た。
(ルキの魔力が、ゴリアテの防御の魔術を破ったんだ!)
――ウガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!
ゴリアテの絶叫。
だが、エルは容赦なく銃剣を引き抜き、二度、三度と刺した。
これは戦争、殺し合いなのだ。容赦をしている余裕などない。
こうしている間にもゴリアテ自身が立ち上がるかもしれないし、四方八方にひしめいているキュクロプス兵たちがエルにつかみかかってくるかもしれないのだから。
眼球内部が見えてきた。
エルは眼球の中に銃口を突っ込み、引き金を引いた。
目の前が、真っ白な光で満たされた。
轟音が聴こえた。
かと思われた次の瞬間、すべての音が失われた。
(どうなった⁉ ゴリアテは⁉)
やがて、視界が戻ってきた。音は依然として戻ってこない。だが、
(あぁ、あぁぁ……)
ゴリアテの頭部が、吹き飛んでいた。
(……勝った)
頭上から、激しい風。エルは何者かに体を抱え上げられた。次の瞬間には、エルは大空の中にいる。ルキがエルを拾ってくれたのだ。
「――――! ――!」
ルキが何か言っている。エルの聴覚は、まだ戻ってこない。
「――――! エル! 勝ったよ! エルが、ダヴィドが勝ったんだよ! 下を見て、エル!」
ようやく聴こえはじめたルキの声に従って、エルは眼下に視線を落とした。
総大将ゴリアテを失ったキュクロプス兵たちがわらわらと逃げはじめているのが、見えた。
「勝った」
「そうだよ、そうだよ、エル!」
「ルキのおかげだ。ルキが来てくれなきゃ、俺は死んでた」
「うん」
「でも、よかったのか、ルキ?」
「エルは、エルだから。でも、ルキにお母さんのこと隠してた理由、あとでじっくり教えてね」
「は、ははは……分かったよ」




