4「英雄、追い詰められる」
(くそっ、どうすればどうすればどうすれば……!)
エルは混乱の極地に陥っていた。
(まずはキュクロプスをなんとかしなければ。あぁくそっ、だがもしルキがキュクロプスに捕まってしまったり、殺されてしまったら⁉ それに、街のあちこちから『邪竜王』って言葉が聴こえてきている。まさか、ルキが邪竜王の娘だとバレちまったんじゃ? だとしたら、ルキを一人にさせるのはあまりにも危険だ)
「サリエル!」
マリアの叱責。
「英雄サリエル、アナタはもう、単なる一竜騎兵ではないのよ。アナタが前線に出ることで、兵士たちの士気は格段に上がるの。逆に、アナタの姿が見えないと、兵士たちは不安になってしまうのよ」
「あ、あぁ……」
エルは自分の頬を叩いた。
「ああ、そうだな。行こう」
手綱を握る。
(キュクロプスどもを可及的速やかに撃退する。それが結果的に、ルキの安全につながるんだ)
エル騎とマリア騎は北門に到着した。
城門前はひどいありさまだった。
超巨大キュクロプスに蹴り飛ばされた城門は、跡形もなく粉々になっている。
入り込んできたキュクロプス兵にやられた竜騎兵や竜たちが、辺りに倒れ伏していた。
何十体もの巨人たちが我が物顔でダヴィドの大通りを歩き、家屋を破壊したり物を略奪している。
(野蛮人どもめ……!)
愛するダヴィドを蹂躙される怒りに、エルは束の間、ルキのことを忘れた。そのことは自覚していたが、エルはあえてそのままにした。目の前の戦闘に集中するためだ。
「リヴィ、【ドラゴンブレス】!」
エルの竜言語による指示を受けて、リヴィが大きく息を吸った。
――ゴォォオオオオオオオオオオオオオッ!
放たれた灼熱の炎が、略奪に勤しむ巨人たちを焼いていく。
巨人たちがこちらに気づいた。武器を手に取り、応戦してくる。
が、こちらには翼がある。
エルは得意の戦闘機動で巨人たちを翻弄する。その間にマリアや他の竜騎兵たちが合流し、ドラゴンブレスで巨人族を押し返していく。
だが、ブレス攻撃にも限度がある。幼いリヴィは、せいぜい一日三発。精強なベテラン竜でも一日五、六発が限度だ。それ以上撃とうとすると魔力が枯渇し、竜の生命に関わる事態となってしまう。
アルマダ協会軍は、一時的にダヴィド北門を取り戻した。敵の一部を殺害し、残りの大部分を城門外に追い出すことに成功したのだ。
だが、門の外には依然としてあの超巨大キュクロプスが構えている。あれが鎮座している以上、敵は何度でも体制を立て直し、再び攻め入ってくるだろう。
「【千里眼】! あの巨人、まさかっ」
エルの僚騎を務めるマリアが、望遠・索敵・鑑定を兼ねた竜言語魔術によって超巨大キュクロプスを調べた。
「なんてこと。あいつ、北方で邪竜王の侵攻を押し留め続けたっていうネームド『ゴリアテ』よ」
「ゴリアテだって⁉ 巨人族の大英雄が相手だなんて、そんなの勝てるわけが……」
「エル!」
「っ」
エルは慌てて口をつぐんだ。ダヴィドの英雄である自分が弱音を吐いてしまったら、その弱音は全軍に伝染しかねないからだ。
「ゴリアテの足止めを、アナタに任せる。私は城門内に入り込んでしまった敵の排除と、怪我人の救護を優先するわ。何騎必要?」
「いや、足止めだけなら俺一人のほうが動きやすい」
「そう言うと思ったわ。じゃあ、お願い。私たちが戻って来るまで、絶対に死んじゃ駄目だからね!」
「おうっ」
エルとリヴィは城壁を飛び越え、得意の宙返りからの急降下でゴリアテを強襲する。
「リヴィ!」
愛竜へ指示すると同時、リヴィがドラゴンブレスを放った。間髪入れず急上昇し、戦果を確認する。
熊すら炭化させるほどの威力を持つ必殺の炎はしかし、ゴリアテにやけどの一つも負わせることができていなかった。
(くそっ。耐火結界魔術? 何らかの加護を受けた防具か?)
いずれにせよ、ゴリアテにはドラゴンブレスが通用しない。
(貴重なブレスが。残りは一発か)
キュクロプス軍の弓兵部隊が、エル騎に射掛けてきた。
(ゴリアテに効かないんなら、ここで使うべきだな)
エルは宙返りで避けながら、数体の弓兵の方向にリヴィの頭部を向ける。
「リヴィ!」
リヴィが弓兵部隊へドラゴンブレスを放つ。
壊走する弓兵部隊。これで敵の遠距離攻撃は潰した。
これで、エルとしても一定の役割を果たすことができた。だが、肝心のゴリアテは未だ健在だ。
そのゴリアテが、大木から丸々一本削り出したかのような、目もくらむほど巨大な棍棒を横薙ぎに払ってきた。
エル騎は急激なピッチアップ機動で、これを避ける。あまりにも急激な機動のため、エルは束の間、視界が失われた。
「――はっ」
なんとか意識を取り戻したエルは、即座に自身とリヴィが無事であることと、自分たちがゴリアテの棍棒が届かない高度まで上がっていることを確認した。
(ブレスが効かないんなら、射撃だ)
「リヴィ、【汝・空に・留まれ】」
エルの指示に従い、リヴィが滞空飛行に移行する。
ゴリアテが雄叫びを上げながら、こちらを見上げている。
エルはマスケットを構え、銃弾に魔力をこめながら、ゴリアテの目に向けて撃った。
だが、エルの射撃動作から攻撃タイミングを見破られていたらしく、ゴリアテがとっさに顔をそむけた。ゴリアテの頬をこすった銃弾は、敵の頬にわずかな擦過傷を与えたにすぎない。
(いやいや、どんだけ頑丈なんだよ⁉ 顔の半分は持っていけると思ったのに。炎以外の攻撃からも、結界で守られてんのか?)
エル騎はさらに安全圏まで上昇する。弾込めの必要があるからだ。エルは不安定な空中にもかかわらず、慣れた手つきでカートリッジを取り出し、食い破って、中の火薬を火皿と銃口に注ぎ入れる。
「まずい……!」
続いて弾丸を銃口に挿入するわけだが、エルが一連の動作を行っている間に、ゴリアテ率いるキュクロプス軍が再度城門に突入しはじめた。
城門は、新たな門によって閉じられている。決死の民兵たちが替えの門を設置してくれたのだ。つまり、キュクロプス軍の再突入を許してしまうと、民間人に多数の死者が出てしまう。
「やらせるかよ! リヴィ!」
エルは城門を守るべく、キュクロプス軍と城門の間に滑り込む。手早く弾込めしようとするが、
――グォオオオオオオオオオッ!
ゴリアテの、魔力の載ったシャウト攻撃でふらつき、エルは弾丸を取り落としてしまった。
(しまった!)
ゴリアテが棍棒を振り上げた。
エルのすぐ背後には、城門。
(どうする、どうする⁉ くそっ、こうなったら――)
エルは鋭く息を吸い、魔力を言葉に載せた。
「【畏怖の響き・竜の吐息・テラーシャウト】!」
放たれた大音声がキュクロプス軍を打ち、巨人たちの脳を恐怖感情で満たさせる。
半数以上の巨人たちが後ずさったり、逃げ出しはじめた。
だが、肝心のゴリアテは一歩も下がらなかった。振り上げた棍棒を、エル騎目がけて振り下ろしてくる!
エルは手綱を引いて回避運動を取ろうとした。が、
「うぐっ……!」
猛烈な腹痛と頭痛、さらには胃からぶり返してきた鉄の味で、正常な判断ができなくなった。視界がチカチカして、前が見えない。魔力欠乏症。昨日、ルキを捜すために大量の魔力を使ってしまったのが、ここへ来て悪影響を及ぼしたのだ。
――キュルルァアアアアアッ!
リヴィの悲鳴と、体がグルグル回る感覚。視界不良の中、リヴィがゴリアテの棍棒で片翼を打たれたのだと判断した。
次いで、激しい衝撃。ようやく戻ってきた視界では、地面がずいぶんと近くなっていた。リヴィが叩き落され、地面を這いつくばっているのだ。
「リヴィ! 大丈夫か、リヴィ!」
――ドシン、ドシン、ドシン……
「あぁ、あぁぁ……」
見上げれば、天を衝くほどの巨人・ゴリアテが、エルを見下ろしていた。
ゴリアテが、足を上げた。
(死にたくない……死ぬわけにはいかない!)
ゴリアテが、足を振り下ろしてきた。
みるみる大きくなっていく、巨人の足の裏。
あまりの大質量の移動により、猛烈な風がエルを打つ。
(せめて、ルキが成人するまでは!)




