3「娘、ついに真実を知る」
「馬鹿だな、お前。その『エル』っておっさんこそが、邪竜王を倒した英雄なんだぜ」
「え?」
「あのあと、ちゃんと調べたんだ。あのおっさんの名前は、『サリエル』。『サリー』ってのは俺の勘違いだったんだ」
「そ、そんな……エルが? エルがお母さんを殺した?」
足元がガラガラと崩れ去っていくような感覚。
「死を運ぶ天使、サリエル。お前の育て親は、英雄サリエルだ」
「そ、そんな……どうして⁉」
「きっと、お前を監視して、いつか殺すために手元に置いていたんだろ」
「いや……いやぁっ!」
――悪魔に死を! 邪竜王の血族に死を!
――死を! 死を! 死を!
群衆が、決壊した。それまで袋小路の入口を塞いでルキを糾弾するだけだったのが、武器を振り上げてルキに襲いかかりはじめる。
――グルルゥガァアアアアアアアアアアアッ!
ガブリエルが舞い降りてきた。ルキを守るように立ちふさがる。
――竜をこんなにも手懐けて。
――こんな小さな子供のくせに、おかしいと思っていたんだ。
――邪竜王の娘だったからだ!
なおも武器を収めようとしない群衆に向かって、ガブリエルが大きく息を吸い込んだ。ドラゴンブレス――灼熱の炎の予備動作だ。
「だ、駄目っ、ガブリエル!」
ルキは竜言語でガブリエルに命じる。こんなところでブレスを放ってしまったら、何十人もの人々が焼け死んでしまう。
だが、ガブリエルは怒りで頭に血が上っているらしく、ルキの言うことを聞いてくれない。
「駄目っ!」
――カンカンカンカンッ!
甲高い警鐘。空気が凍りついた。
――敵襲だ!
――邪竜王は死んだんじゃ?
――馬鹿、北の巨人族だよ!
――逃げなきゃ!
ルキへの怒りはどこへやら、わらわらと逃げていく群衆。
一方のガブリエルのほうも、すんでのところでブレスを飲み込んだようだった。敵襲の鐘を聞くと速やかに戦闘配置につくように、と竜は骨の髄まで教育されているからだ。反抗気味のガブリエルとて、例外ではない。ブレスは一日にそう何度も撃てるものではないから、戦闘を前に無駄撃ちするわけにはいかない。
(よ、よかった……)
ガブリエルが頭を垂れた。ルキはガブリエルに飛び乗る。
見下ろすと、ヨシュアが射殺しそうな目でルキを睨みつけているのが見えた。
「上がって、ガブリエル!」
――グルルァッ!
ガブリエルが大きく翼を打ち、急速上昇した。生じた風でヨシュアが転ぶのが見えたが、ルキはヨシュアのことを必死に頭から追い払った。
北の門のほうから激しい音や怒声が聴こえる。
(これからどうしよう……もう、帰る場所なんてどこにも)
ルキとガブリエルが当て所もなくさまよっていると、
「ルキ!」
懐かしい声が聴こえてきた。
「大丈夫か、ルキ!」
エルだ。リヴィに乗ったエルが、助けに来てくれたのだ。
(……本当に?)
『お前を監視して、いつか殺すために手元に置いていたんだろ』
ヨシュアの言葉が脳裏をよぎる。
「一緒に来い、ルキ。アルマダ協会の地下防空壕に隠れているんだ」
「いやっ」
ルキは、エルのことが信じられなくなった。
ルキは手綱を握って、ガブリエルをエルから逃れる方向へと向かわせた。
「おい、ルキ⁉」
ルキは逃げる。
ルキはもう、世界の誰も信じられなくなっていた。ただ、ガブリエルだけが唯一の味方だ。
「ルキ、どうしたんだ⁉ 何を泣いている⁉」
エルが追いすがってくる。
「来ないで!」
そのとき、もう一騎の竜が現れた。マリアが操る竜だ。
「サリエル、早く来なさい! 北の門が突破されてしまう!」
「待ってくれ、マリア! ルキが――」
エルとマリアが何やら言い争っているが、ルキはそれどころではなかった。
『サリエル』
『死を運ぶ天使』
『英雄サリエル』
やはり、ヨシュアの言葉は本当だったのだ。
「どうして? どうして、エル⁉」
「なんだ、なんの話だ、ルキ⁉ 緊急事態なんだ。ゆっくりとおしゃべりしているような暇は――」
「エルは、ルキのお母さんを殺した!」
エルの表情が凍りつくのが見えた。
「どうして、そのことを教えてくれなかったの⁉」
そう。ルキとて、母が人間社会において『悪』とされていることは理解できていた。だから、『英雄』が母を殺す必要性があったことは――けしてよい気持ちではないものの――理解できた。
ルキは、『英雄』に対して復讐してやろうとか、そんな大それた考えは抱いていなかった。もし、昨夜の時点でエルが明かしてくれていたのなら、ルキはきっと、エルを赦しただろう。
だが、そうはならなかった。
エルは、話してくれなかったのだ。
エルはルキに、自身が母の仇である事実を隠した。
ルキはそれが、許せない。だから、ルキはエルを信じられなくなったのだ。
「そ、それは……」
エルが言いよどんだ。
この期に及んで真実を語ってくれないエルに、ルキは絶望した。
その時、北の城門のほうですさまじい破砕音がした。見れば、普通の巨人の三倍はあろうかという超巨大キュクロプスが城門を蹴破ったところだった。次いで、キュクロプスたちがわらわらと城壁内に入ってくる。
「ルキ、早く来い!」
「い、いやっ」
ルキはどうしていいか分からなくなり、ただ漫然とエルから距離を取る。
「サリエル、いい加減にしなさい!」
マリアの竜がリヴィの尻を叩いた。リヴィもまた、今が戦時であることと、マリアがエルの上司であることを理解しているらしく、マリアの意に沿うように北上しはじめた。
「ルキッ!」
エルの声を聞きながら、ルキは逃げた。




