2「娘、迫害される」
翌朝、ルキはエルと一緒にリヴィの世話をし、マグダラ協会の食堂で朝食を摂った。
その後、別れを惜しむエルは、マリアに引きずられて行ってしまった。今日も対キュクロプス軍の哨戒任務があるからだ。
だからルキはガブリエルに乗って、いつもの公園に向かった。ヨシュアたちと遊ぶためだ。
いざ公園に着いてみると、ヨシュアはいなかった。シモンとペトロとアンナはいた。だが、
「みんな、おはよう!」
ルキがあいさつしながら近づくと、三人はヒソヒソ話をしながら離れていった。
「…………? みんな、どうしたの? ねぇ、アンナちゃん、いつもみたいに遊ぼうよ」
ルキがいつものようにアンナと手をつなごうとすると、
「い、いやぁっ」
アンナが、その手をはねのけた。
「……え?」
「お、お前っ」
シモンが言った。
「アンナから離れろ! アンナ、行こう」
三人はそそくさと去っていってしまった。
取り残されたルキは、呆然となる。
――グルルァッ?
「あ、うん。大丈夫だよ、ガブリエル」
愛竜を安心させるためにそう言いつつも、ルキは気が気でなかった。呆然としたまま公園を出て、大通りを歩く。
――ヒソヒソ
――ヒソヒソ
ガブリエルを空に上がらせた状態で通りを歩くことしばし。ルキは、自分に向けられているいくつもの視線に気づいた。街を歩く人々や各店舗の店主などが、ルキの様子をうかがい、何やらヒソヒソ話をしているのだ。
その様子は、なんだかひどく不吉なもののようにルキには思われた。
「あのっ、串焼き屋さん」
ルキが馴染の串焼き屋に到着すると、
「……アンタに売る肉はないよ」
いつも満面の笑みで応対してくれていたはずの店主が、目を逸らしながら吐き捨てるように言った。
「なっ、なんで? お金なら、ほらっ」
「さっさとどっか行ってくれ! 商売の邪魔だ!」
突如向けられた敵意に、ルキは底知れない恐怖を感じた。
ルキは今まで、魔物やキュクロプスから敵意を向けられ、実際に戦闘になったことが何度もあった。命のやり取りが発生する戦闘は非常に恐ろしいものだったが、ルキには竜の力があるので、苦戦することはなかった。
今、店主から向けられている敵意は、戦闘中のそれとは異次元の恐ろしさを持っていた。それは、昨日まで仲良くしてくれていたはずの相手から向けられる敵意だからだ。
(私、何かしちゃったのかな……串焼き屋さんに、それにアンナちゃんたちにも)
いや。
薄々分かっているのだ。
周囲の人々の目。
『敵』を見る目!
――ガツンッ
ルキは後頭部に激しい衝撃を感じた。一瞬遅れて、猛烈な痛み。
呆然と、振り返る。数キュビト先に、ルキよりも一回り年上の子供が立っていた。ルキの足元には、大ぶりの石。
(石を投げられたんだ)
ルキは混乱し、泣きそうになる。
「返せ……父さんを返せ!」
子供が言う。
「悪魔め! 邪竜王の娘は、焼かれて死ね!」
「ひっ」
ルキは後ずさりし、大通りを逃げまどう。
――邪竜王?
――あの金髪の子、邪竜王の娘らしいわよ。
――邪竜王の子供だって⁉
――あいつが邪竜王の子供か!
またたく間に、ウワサが伝播していく。
ルキは全周囲から敵意の眼差しを向けられ、つかみかかられ、追いかけられる。ルキは無我夢中で逃げる。
――捕まえろ! そいつが邪竜王の娘だ!
――殺せ! 殺せ! 殺せ!
――火あぶりにするのよ! 私の息子がそうされたように!
――悪魔に死を! 邪竜王の血族に死を!
気がつくと、ルキは袋小路に追い詰められていた。袋小路の入口には、何十人、いや、何百人もの群衆が詰めかけていた。
――死を! 死を! 死を!
群衆が、包丁や農具を掲げながら叫んでいる。その目は爛々と輝いていて、恐ろしい。壁際に追い詰められたルキは、全身が震え、立っていられなくなった。
「ルキ!」
ふと、聴き慣れた声がルキの耳に届いた。人混みをかき分けて現れたのは、
「ヨシュア!」
ルキは安心した。
(助けに来てくれたんだ!)
ルキはヨシュアに向けて手を伸ばす。
「ヨシュア、助け――」
「お前は母さんの仇だ」
その手を、ヨシュアが払いのけた。
「……え?」
「悪魔め。潔く命を差し出せ」
「そ、そんな……」
ルキは、目の前が真っ黒に塗りつぶされていくような感覚に陥る。
「あぁ……あぁぁ……!」
ルキは頭をかきむしる。
「エル……エルぅ……助けて、助けて、エルッ!」
「はははっ」
ヨシュアが笑った。
「馬鹿だな、お前。その『エル』っておっさんこそが、邪竜王を倒した英雄なんだぜ」




