1「英雄、娘を連れ帰る」
エルは、ルキを説得して連れ帰ることに成功した。
「エル、エルぅ。好き、好きぃ」
夜、いつものように添い寝をしてやると、ルキが甘えて抱きついてきた。
エルはそんなルキを抱きしめかえし、頭をなでてやった。
(俺が守らなきゃ。こいつの身柄だけじゃなくて、心も守ってやらなきゃ。ルキには俺しかいないんだから)
一応、マリアもルキのことを知ってはいる。そのうえで黙認してくれているというのは、エルとしては非常に心強い。
だが、いざルキの正体が多人数相手にバレてしまった場合、マリアはマグダラ協会副会長という立場上、エルやルキを排斥する方向で動かざるをえない。
(俺しかいないんだ)
その事実は、改めてエルは震えた。
自分の両腕の中に、小さな命がすっぽりと収まっている感覚。自分が投げ出してしまったら、この命は生きてはいけないのだ。
リヴィの卵を初めて抱きしめたときも、似たような感覚はあった。
だが、あのときはまだ、自分が病で数日寝込んだとしても、その間は別のライダーがリヴィの世話を代わってくれるという安心感があった。
「エル、大好き」
「あぁ、ありがとう。俺もルキが大好きだよ」
頭をなでながらそう言ってやると、ルキがいっそう力を込めて抱きしめてきた。
(俺がルキの母の仇であることを、今、伝えるべきだろうか)
ルキが母の真実――ダヴィドでは『邪竜王』と呼ばれて恨まれていること――を知った以上、エルの真実を隠し続ける必要はない。むしろ、話の流れで一気に伝えてしまったほうが、ルキも納得してくれる可能性が高い。
「ルキ、あのな」
「んぅ、なぁに?」
(でも、それでもし、ルキが俺を拒絶したら? 説得に失敗したら? 今のルキには、この部屋を出て自活するだけの力はない。せめて、ライダー見習いとして最低限の球菌が得られるようになってから……)
エルはあれやこれやと『今はまだ、ルキに真実を話すのは早い』という判断を正当化させるための理由を考え出す。
(ほら、やっぱりそうだ。今日話すのは時期尚早だ。やっぱりもっと時間をかけて、タイミングを見計らって――……いや)
違う。
いろいろと言い訳しているが、要するに、エルは怖いのだ。
愛する娘に嫌われるのが、怖い。
ルキに拒絶されるのが、怖い。
もし、ルキとの関係性が決定的に破綻してしまったら……そう考えると、怖くて怖くてたまらないのだ。だから、問題を先送りにしているのだ。
「あー、えっと。なんでもない。おやすみ」
「ん。変なエル」
(明日は……明日こそは、ルキに話そう)
◆ ◇ ◆ ◇
その晩、遅く。
「……ぅ……あ……」
うなされる声で、エルは目を覚ました。
腕の中のルキが、ぎゅっと目をつむったまま、小さくかぶりを振っている。額には玉のような汗が浮いていた。
「……おかあ、さん……にげ、て……」
「ルキ」
エルはルキの背中を、ゆっくりと一定のテンポで叩いてやる。リヴィがまだ雛だったころを思い出す。
「大丈夫だ、ルキ。ここにいる。俺がここにいる」
「……ん、ぅ……エル……?」
ルキの息は荒い。
薄く開いた金色の瞳は、まだ半分、夢の中にあるようだった。
「怖い夢か」
「……おぼえて、ない。……けど、こわかった……」
(覚えていないなら、それでいい。……いや、本当は――)
この子の夢の中で、いったい何が燃えているのか。誰が撃たれているのか。それを引き起こしたのが、誰なのか。
「よし、子守唄を歌ってやる。目を閉じていろ」
エルは、小さな声で歌った。今は亡き浮浪児のリーダーが、寒い夜、眠れない子供たちに歌ってくれた唄だ。
やがて、腕の中の呼吸が深く、規則正しくなっていく。
「……エル……いなく、ならない……?」
眠りに落ちる寸前、ルキがそう呟いた。
「ならないよ」
エルは即答した。
(俺は、ずるい男だな)




