11「英雄、取り乱す」
まず、リヴィにルキの行く方を尋ねた。だが、リヴィは何も知らない様子だった。
続いてガブリエルに聞こうと思った……が、当のガブリエルがどこにもいなかった。
エルは厩舎から急いで本棟に取って返し、日中ルキの面倒を見てくれているリディアにかみついた。
「わっ、えっ、何ですかエルさん⁉ ルキちゃんの行き先、ですか? 今日もお友達と遊ぶって言って、朝から街に出てますけど」
エルは本棟を飛び出した。再び厩舎に駆け込む。
「リヴィ、頼めるか⁉」
エルは厩舎の最奥で、愛竜リヴィの額をなでる。リヴィはまだまだ本調子ではないのだ。今も哨戒任務を終え、翼を休めている最中だった。
「痛いのに、ごめんな」
――キュルルルッ
リヴィはうれしそうに鳴いた。
健気な愛竜に鞍と鐙を着せ、エルは大空へと上がった。街の外れ、ヨシュアの親がやっている鍛冶屋へと急行する。
「おい、ヨシュアはいるか!」
リヴィから飛び降りたエルは、鍛冶屋に飛び込むなり怒鳴った。
「ああん? 誰かと思えば英雄サマじゃねぇか」
主人が顔を出した。
「うちの次男がどうしたい?」
「ヨシュアはどこだっ」
「ヨシュアなら中にいるが。なぁ、こりゃいったいぜんたい何の騒ぎだ?」
「ヨシュアを出せっ」
「わーったよ」
店主が建屋の中に消え、すぐにヨシュアを伴って出てきた。
「てめぇがヨシュアだな?」
野次屋の次男坊のことは、ルキから何度も話に聞いていた。が、こうして面と向かって話すのは初めてのことだった。
「な、なんだよおっさん……」
エルの放つ殺気に気圧され、ヨシュアはおびえているようだった。が、すぐにエルが誰だか気づき、
「あっ、ルキの育て親の竜騎兵!」
「お前、今日、ルキと何があった?」
「何って」
ヨシュアがもじもじする。
「別に、いつもみたいに公園で遊んでただけだぜ」
「何か変わったことは?」
「変わったことって……あっ、俺、初めてガブリエルに乗ったんだよ。竜の上ってすっげー高いのな! 俺、将来は竜騎兵になるのが夢で――」
「はーっ」
エルは苛立ちとともに、ルキの書き置きを取り出した。
「え、これ……」
ヨシュアの顔色が深刻さを帯びる。
「えっ、ルキが家出⁉ なんで⁉」
「それを俺が聞いているんだっ。お前、ルキに何をした⁉」
「な、何もしてねぇよ!」
「嘘をつくとろくな目に遭わねぇぞ」
「おいおいおい!」
たまらず、主人が仲裁に入った。
「英雄さんよ、ちったぁ怒りを鎮めてくれ。ウチの息子が粗相をしたってんなら謝るが、まずは事実確認が先だろ」
「っ……済まない」
エルはしゃがみ込み、ヨシュアに目線の高さを合わせた。
「改めて、俺はルキの育て親のエルだ。ヨシュア、いつもルキと一緒に遊んでくれてありがとな」
懐から銀貨を一枚取り出し、ヨシュアの手に握らせる。
「これで、美味いもんでも食うといい」
「えっ、くれんの⁉ やった」
「じゃあ、今日、何があったのか順序立てて話してくれるか?」
エルは兵士であり、常日ころ、一瞬の意思疎通のミスで自分や仲間が命を落とすような過酷な戦場に身を置いている。そんなエルのコミュニケーションは、いつだって端的だ。
だから、ヨシュアの要領を得ない話は堪えた。だが、エルは辛抱強く、ヨシュアの話を聞いた。
聞いているうちに、気づいた。
どうやらこの少年、ルキに好意を抱いているらしい。
(娘はやらんぞ……)
などと考えている間に、ヨシュアの話が終盤に差しかかった。
「そしたら、ルキが聞いてきたんだ。なんで竜騎兵になりたいのか? って。だから、俺は言ってやったのさ。母さんの仇を取るためだ、って。邪竜王を――あの悪魔の子供を見つけ出して、この手で殺すためだ、って」
「…………」
エルは天を仰いだ。
躊躇などすべきではなかったのだ。さっさとルキに、『自分の正体が竜であること』が人にバレてはいけない理由を話すべきだったのだ。
エルの目の届いていないところで、ルキは最低最悪の形でその理由を知ってしまったのだ。
(ルキ、さぞかしショックだったろう。友達だと思っていた相手から、殺すって言われたんだからな)
エルはルキに向きなおる。
「話はだいたい分かった。ルキが行きそうな場所――一緒によく行く場所を教えてくれないか」
「もしかして、竜に乗せてくれるのか⁉」
「ああ。空も飛んでやるぞ」
「やったぁ!」
◆ ◇ ◆ ◇
ヨシュアの案内で、エルとリヴィは子供の遊び場を見て回った。だが、ルキはどこにもいなかった。
空はもう、真っ赤に焼けている。これ以上、闇雲に探していても埒が明かない。
(くそっ……奥の手を使うか)
エルは鍛冶屋の前でヨシュアを下ろした。
「ありがとうな、ヨシュア。あとは俺一人で捜すから」
「待ってくれよ、おっさん! 俺が何か言っちまったんだろ? 俺のせいで、ルキが家出しちまったんだろ? だったら俺も最後まで捜すよ」
「ありがとな。けど、人様ん家の子を晩くまで引っ張り回すわけにもいかないから」
エルはリヴィを舞い上がらせる。
「おっさん!」
ヨシュアの声を振り切って、急上昇する。
「翌日になって腹壊すからやりたくねぇが、言ってもいられねぇ」
エルは丹田から大量の魔力を引きずり出し、脳を魔力で満たした。
「【竜の瞳・遠くを見通す瞳・万里眼】!」
【千里眼】の上位の竜言語魔術だ。エルの知覚にダヴィド全域の情報が流れ込んでくる。人間や家畜、虫や植物の魔力反応まで拾っていては脳が壊死しかねないので、情報収集の精度を巨体――竜のサイズにまで下げる。
そうしてエルは、さらに探査範囲を広げていった。
「ぅぐっ……」
頭が痛い。ガンガンと、ハンマーで叩かれたような激痛が走る。
鼻の奥に違和感。と同時、こぼれ出た鼻血が、リヴィの赤い鱗と混ざりあった。
それでも、エルは探査範囲の拡大をやめない。ルキのことが心配だからだ。ルキのことが大切だからだ。
気を失いそうになった、その時。
「……見つけた」
城壁の外、南方数千キュビト先。小高い丘の上に、ちょうどガブリエルと同じサイズの魔力反応を見つけた。
「リヴィ!」
――キュルルルッ




