9「娘、成長する」
「待ってたよ、お嬢ちゃんたち」
その日も、ルキたちは串焼き屋の店主に笑顔で迎えられた。
「お嬢ちゃんたちのために、一番いい部位を残しておいたよ」
ルキたちは串焼きとお釣りを受け取る。
店主は、子供相手だからといって釣り銭をごまかしたりしない。ルキたちが上客だし、何より彼女らの背後でレッドドラゴンが睨みを効かせているからだ。
串焼きを頬張りながら、ルキたちは大通りを歩き出す。
先頭は、剣に見立てた木の枝を持ったヨシュア。
その後ろをシモンが歩き、そのシモンにペトロがぴったりとくっついている。
そして、ルキとアンナが手をつないで歩く。アンナはルキよりも一つお姉さんで、迷子になりがちなルキの保護者役を自任しているようだ。
ガブリエルはルキたちの後ろを歩いたり、狭い道の場合は上空を飛んだりする。今はルキの背後を守りながら、道行く人々に恐れられたり、はたまた声援を送られたりしている。
ダヴィドの人々にとって、竜というのは複雑な存在だ。竜は、邪竜王に率いられて街を襲う悪い存在だった。だが、そんな竜たちと邪竜王を退けたのもまた、マグダラ協会に飼育されている竜たちだったのだ。
「なぁ、今日こそガブリエルに乗せてくれよ」
公園に着いたとき、ヨシュアが言った。
ルキは、少し困る。ガブリエルがルキ以外の人間を乗せたがらないからだ。
「……えーと、ガブリエル?」
ルキが恐る恐るガブリエルを見上げると、ガブリエルはぷいっとそっぽを向いてしまった。
「ごめん、無理」
「そこをなんとか! 頼むっ、このとーりっ」
ヨシュアが拝み倒してくる。
やんちゃで悪ガキなヨシュアだが、最低限の礼儀はわきまえている。その証拠に、これほど乗りたがっているにもかかわらず、勝手にガブリエルによじ登るような真似はしたことがないからだ。
「どうしてそんなに乗ってみたいの? 高いところなら、橋の上とか城壁の上とか、他にもあるのに」
「竜じゃなきゃ駄目なんだ。言っただろ? 俺、竜騎兵になりたいんだ。大きくなったらマグダラ協会に入って、竜騎兵になって、英雄になるんだ」
ヨシュアの目は、真剣だ。
ルキは心を打たれた。
「ガブリエル」
ルキは竜言語で語りかける。
「お願い、ガブリエル。ほんの少しでいいから、ヨシュアを乗せて上げて」
――グルルルゥ……
ため息のようなうなりとともに、ガブリエルが深々と頭を垂れた。
「! ガブリエル、ありがとう!」
「え、いいのかっ?」
「うん。ガブリエルが、いいよ、って」
「おおおっ、ありがとうな、ガブリエル!」
「ああっ、待って待って! いきなり飛び乗ろうとしちゃ駄目だよ。まずは、ごあいさつ。鼻と眉間の間をそっとなでるの。鼻は触っちゃ駄目だよ」
「わ、分かったぜ。けっこう繊細なんだな」
ルキの教えのとおりに、ヨシュアがガブリエルの眉間をなでる。
「そうそう。それから、ゆっくりと額、頭、首筋へ」
「おう」
「首筋の先には鞍があるから。鐙に足をかけて、ゆっくりと上がるの」
「おうよ」
ヨシュアがガブリエルに騎乗した。
ガブリエルは、抵抗しなかった。それどころか、ヨシュアのためにサービスして立ち上がってくれた。
「うおおおっ、たっけーーーー!」
ヨシュアが木の棒を剣に見立て、天に向かって掲げた。おなじみのポーズだったが、本物の竜に乗ったヨシュアがやると、まるで本物の竜騎兵のように見える。
(きっと、本気だからだ)
ルキは感銘を受けた。
(ヨシュアが、本気で竜騎兵になろうとしているからだ。私はどうだろう?)
自分は、子供の中では最も竜騎兵やドラゴンライダーに近い存在だろう。事によると、マグダラ協会で下積みとして働いている者たち――たとえばリディアのような――よりもドラゴンライダーに近いかもしれない。何しろ、すでにガブリエルを乗りこなしているのだから。
ヨシュアたちと遊ぶ傍ら、ルキは竜術の練習を続けてきた。
ヨーイング、
ローリング、
ピッチング。
右九〇度へのローリング飛行、左九〇度へのローリング飛行、九〇度ローリング状態から一八〇度ピッチングする『急旋回』。
上へ一八〇度ピッチングして、自騎を一八〇度ローリングして背面飛行状態から正面飛行状態に戻す『ひねりUターン』。
そして、背面飛行状態から急降下し、そのまま一八〇度ピッチングして正面飛行に至る『逆ひねりUターン』もできるようになった。
『逆ひねり』は墜落死の危険性が高く、
「絶対にやるなよ」
とエルに厳命されていたため、これはルキとガブリエルだけの秘密だ。
さらには、エルの得意技――上へ一八〇度ピッチングし、太陽の光で敵の目をくらませながら急降下する『宙返り』すらも。
宙返りはエルの代名詞だ。宙返りができるライダーは、マグダラ協会において『エース』と呼ばれている。その理屈に照らし合わせるなら、ルキはすでにエースの資格を得ているのだ。
(私は多分、竜騎兵のエースになれる。竜であることを隠しとおすことができれば、マリアさんもきっと私のことを認めてくれる。けど)
竜騎兵になりたいのか? と聞かれたら、答えは『ノー』だ。母を殺したのが、竜騎兵だからである。
ルキは、竜騎兵の『英雄サリー』がどんな顔をしているのか知らない。知りたいとも思わない。
ダヴィドで竜騎兵といえば、必ずマグダラ協会に所属している。だから、ルキが協会で日常生活を送る中で、英雄サリーとすれ違っている可能性は十分にある。
だが、だからこそ、ルキは自分の親の仇が誰なのかを知りたくない。
知ってしまったら、恨みつらみをぶつけてしまうかもしれないからだ。
その結果、自分の正体が竜であることがバレて、今の安定した生活を失うかもしれないからだ。
ルキは、今の生活が気に入っている。空腹と渇きにさいなまれることがなく、外敵におびえる必要がなく、雨や風に打たれることもなく、清潔な服を着ることができて、毎日お小遣いまでもらえる。
エルがいて、
ガブリエルがいて、
リヴィがいる。
そんな平和な生活を、失いたくないのだ。
今は、毎日が楽しい。学ぶことがたくさんあって、充実している。
マグダラ協会で仕事を学べば、自分は必ずやドラゴンライダーになれるだろう。
職種は別に、なんでもいい。荷運びでも農耕でも建築でもなんでも。
なんでもいいのだ、エルと一緒にいることができさえすれば。
それに、
『自分なら、どんな仕事でも難なくこなせるだろう』
という漠然とした自信もある。
ルキは今まで、『それでいい』と考えていた。将来の夢なんて、別にない。ただ漠然と竜に関する仕事をして、ずっとずっとエルと一緒にいるのだ……そう考えていたのだ。
だが、
(ヨシュアはすごい! 私と歳が変わらないのに、将来のことをちゃんと考えている)
ルキは、自分でもびっくりするくらい感銘を受けた。自分とそう歳の変わらないヨシュアが、どちらかと言えば何も考えていなさそうな――つまり馬鹿っぽいヨシュアが、将来のことをちゃんと考えていたからだ。
だから、どうしても気になった。なぜヨシュアが、こんなにも強いビジョンを持つに至ったのかを。
だから、聞いた。
「ヨシュアはどうして、竜騎兵になりたいの?」
「仇を取りたいからだ。邪竜王の子孫を根絶やしにするためだ」
ヨシュアが急に、ぞっとするほど冷たい声で言い放った。




