7「娘、『好き』について知る」
とある昼下がり、ダヴィド中心部の公園にて。
「つっかまえた~」
「また捕まっちゃった」
ルキはヨシュアたちと一緒に鬼ごっこに勤しんでいた。
乳母と一緒に隠れ住んでいたころは同年代の子供と遊んだことなどなかったので、ルキにとってはとても新鮮で、楽しい体験だった。のだが……、
「はい、タッチ。ルキが鬼な」
「む~~~~っ」
ヨシュアが、必ずルキを捕まえにくるのだ。しかも、
「鬼さんこっちだ~」
と、挑発してくるのである。
「むぅううううううっ!」
ルキはぷんすこ怒りながら、ヨシュアを追いかけ回す。
だが、
「へっへっへっ。男の俺に追いつけるわけないだろ」
ヨシュアの言うとおりで、ルキはちっとも追いつけない。それでも負けん気だけは人一倍強いルキは、ヨシュアを追いかけ続ける。
ルキとヨシュアだけがひたすら走り回っているという状況を、シモン、ペトロ、アンナが『やれやれ』といった顔で眺めている。
「……つまんない」
走り疲れたルキは、ついには座り込んでしまった。
いっそ竜言語魔術を使ってやろうかとも思ったが、エルの見ていないところで竜言語魔術を使わないようにと厳しく躾けられているため、ルキは思いとどまった。
魔術さえ使えれば、風のように走ったり、空を飛んだりと思いのままなのだが。それどころか、竜の姿になれば、あの巨人どもとすら対等以上に戦えるのに――。
(駄目駄目!)
ルキはブンブンと頭を振った。
(正体がバレるようなことしちゃ、絶対に駄目!)
母やエルとの大切な約束を破るわけにはいかないのだ。一応エルからは、
「緊急事態は除く」
とも言われているが、幼いルキにも鬼ごっこが緊急事態に該当しないことくらいは分かる。
「大丈夫?」
アンナが心配そうに声をかけてくれた。
「なんなら代わりに鬼になるけど。シモンが」
「えっ、俺⁉」
アンナの隣にいたシモンが、驚愕する。
「いいでしょ。やったげなよ」
「分かったよ。確かに、最近のヨシュアは調子乗りすぎだからな。ルキに代わってとっちめてやる。ほら、ルキ」
シモンが手を差し出してきたので、ルキはシモンにタッチした。
「っしゃあ」
すると、シモンが猛然とヨシュアを追いかけはじめた。
「げっ、シモンがなんで⁉」
「うるせぇ! 今度は俺が鬼だ!」
「うわぁっ、来んな!」
男の子二人がわちゃわちゃとしていて、さらにはシモンの後ろにペトロがついて行くので、ずいぶんとごちゃごちゃした状況が広がっている。
「あはは……」
どうしたものか、とルキがその様子を眺めていると、
「ごめんね」
と、アンナがルキに謝った。
「え? なぁに?」
ルキは分からない。アンナに向かって首を傾げてみると、
「あいつ、ルキのことが好きなのよ」
アンナがそう言った。ルキの隣に座りながら、
「ルキみたいに綺麗な子って、ここじゃ珍しいもの」
「綺麗……?」
アンナがルキの髪に触れる。太陽の光を吸い込んで、黄金みたいにキラキラと輝いている豊かな金髪。
背中まで届く長い金髪の末端は、ルキが不用意に座り込んでしまったため、今は地面の砂に触れて汚れてしまっている。
毎日そんな調子なのだが、エルが毎晩洗ってくれるので、翌朝には再びキラキラ状態に戻っているのだ。
「髪もこんなに綺麗で。私なんか、ほら」
アンナが自身の、紐で束ねた髪を指で梳く。アンナの赤い髪はなんだか元気がなく、くすんだ色をしているし、質感もぐしぐししているようだ。
そんなアンナからの、ルキの髪への羨望の眼差し。
その視線を目の当たりにして、ルキは事ここに至ってようやく、自分がすごく――とんでもなくエルに大事にされていることに気づいた。
ヨシュアは、「風呂なんて毎日入んねーよ!」と言っていた。それは、彼が男の子だからなのだと思っていたのだが、本当のところはどうなのだろう。
ひるがえって、ルキは毎晩欠かさずエルに風呂に入れてもらい、アンナいわく「ものすごく高価な」石鹸で髪や体を洗ってもらい、お風呂上がりには竜言語魔術の温風で髪を乾かしてもらっているのだ。
リディアはどうだろうか? そういえばリディアも、毎朝石鹸の匂いがするかと言われると、そうではなかった気がする。
(エルが、私のためにたくさんお金を使ってくれている?)
そうやって気づいてみれば、ヨシュアたちはルキが毎日持ってくる銀貨での買い食いをとても喜んでいた。
それに、これも今になってようやく気づいたが、アンナが着ている服よりもルキの服のほうがなんだかキラキラしている。特に、エルが「よそ行き用に」と取っておいてくれている赤い靴などは、道行く大人の女性ですら履いているところを見たことがない。
(私、ちょっと、大事にされすぎてるような……?)
「髪は綺麗だし、肌は真っ白だし、目もぱっちりしてるし、頬はもちもちだし。うらやましい」
アンナがルキの頬に触れる。
エルに拾われた当初は餓死寸前で、文字どおり『骨と皮』といったくらいにまで痩けていた頬。
だが毎日朝・昼・晩に加えて夜食まで食べさせてもらっているルキの頬は今や、健康体そのものの質感をしている。
「アンナも綺麗だよ!」
アンナの落ち込んだ顔が見ていられなくて、ルキはとっさにそう言った。別に、嘘やお世辞を言ったつもりはなかった。ルキの見たところ、アンナも十分可愛らしい少女だと言えた。
その気持ちはちゃんと伝わったらしく、アンナは頬を赤くして、
「そ、そう?」
と言った。
「でも、やっぱりヨシュアは私なんかよりルキのほうが好きみたい。ルキは、ヨシュアのこと好き?」
(好き……好き、か)
ルキは必死に考える。大事な友達であるアンナに、嘘をつくわけにはいかない。
「好きだよ! ……ちょっと意地悪だけど」
だからルキは、そう答えた。正直な感想だった。
「えっ、そうなの⁉」
「うん。ルキ、ヨシュアのことが好き。それに、アンナのことも、シモンのことも、ペトロのことも好きだよ」
「あー、そういう」
アンナが天を仰いだ。
ルキはそれに気づかず、続けた。
「でも、一番大好きなのは、エル!」
「エル……さんって、ルキの育て親?」
「うんっ」
「エルさんに対する『好き』と、ヨシュアに対する『好き』って同じ?」
「えー?」
ルキは、シモンに追い回されているヨシュアを眺める。
だが、毎晩ベッドの中でエルに抱きついたり、エルに腕枕をしてもらうときのような『ドキドキ』は、ヨシュアからは感じられなかった。
「なんか……違う」
「!」
アンナが目を輝かせた。
「ってことは、ルキはエルさんが『好き』なの⁉」
「え? だから好きだって――」
「違うのっ。好きにも二種類あるんだよっ」
アンナが鼻息荒く説明する。
「単なる『好き』っていうのと、お父さんとお母さんが好き合っている『好き』っていうのとは違うんだよ。ルキのヨシュアへの好きは、お父さんとお母さんの好きとは違うんだよね?」
「うーん……」
そもそもルキは、父親を知らない。だから、父と母が『好き』合っているというところがまるで想像できない。
だが、アンナの熱量から、ルキの言う『好き』とアンナの言う『好き』の間に並々ならぬ乖離があることは理解できた。
そして、ルキのエルに対する『好き』は、どちらかと言えば――。
◆ ◇ ◆ ◇
「ねぇ、エルはルキのこと、好き?」
ルキを風呂に入れてやり、髪を乾かしてやり、一緒にベッドに入ってすぐのことだった。
ルキがベッドの中でしがみついてきながらそんなことを言ってきたので、エルは首を傾げた。
(新しい遊びか? 鍛冶屋んとこのせがれたちと遊んでるらしいし)
何と答えるのが正解だろうか? それはもちろん、
「好きだよ」
本心だった。ルキなしの生活なんて、エルはもう想像もできない。
「えへへっ。ルキもエルのこと、好きーっ」
ルキが、エルの胸板に額をぐりぐりと押しつけてくる。小動物めいたその様子は、身悶えしそうになるほど可愛らしく愛おしい。
だが、エルには疑問がある。
(親子ってこんな感じなのか?)
エルはルキの頭をなでてやる。
(しかも、男親と娘なのに。さすがにベタベタしすぎなんじゃ?)
「えへへ。ルキ、エルのこと好き。エルは? エルは?」
「ああ、俺もルキのことが好きだよ」
「えへへっ、えへへっ」
(まぁ、可愛いからいいか)




