3「娘、竜に接する」
「お前がすべきことは二つだ、ルキ」
壮絶な覚悟を固めたところで、エルはルキを連れて厩舎に向かう。周囲に誰もいないことを確認し、
「一つは、お前が竜であることを隠しとおすこと。特に、お前の母親が邪りゅ……ごほんっ」
エルは必死に言葉をごまかす。こんな幼い子供を前にして、その親をおとしめるような言葉を使うなんて残酷すぎる。
「……女王シャイターンであったことは、絶対にバレちゃ駄目だ」
「うんっ」
ルキがエルの腕にしがみついてくる。
「なんでか分かるか?」
「お母さんに言われたから?」
「あー……それはそうなんだが、それだけじゃなくて」
ルキは言葉に悩む。
(ルキは、どこまで分かっているんだろう? 人類と邪竜王陣営の竜が戦争していたことは? ここが、ルキにとっては敵地のど真ん中だってことは? 自分の母親が人間をたくさん殺してきたことは? そんな女の娘である自分が、深く恨まれる立場にあるということは?)
分かっていなさそうに見える。
「いや、いい。そのとおりだ」
まさしくそういうことを説明するために休暇を取ったのだが、エルはその大事な仕事を先送りにした。
自分自身がルキの親の仇であることに話が飛び火するのが、怖かったからだ。
「二つ目は、手に職をつけて、自分の有用性を示すことだ」
「てにしょく?」
「仕事を覚えるってことさ」
「おしごとっ」
「仕事を覚えて、『ルキはとっても役に立ついい子だな』とみんなに思ってもらえるようになる。そうなる必要があるんだ」
「どうして?」
「そうしないと、生きていけないからさ。戦争が終わって、この街はずいぶん平和になった。けど、親のいない子供が一人で生きていくには、まだまだ過酷な世界だ。俺が生きている間は、俺が無条件にお前を養ってやれるから心配しなくていい。だが、誰もが無条件にお前を愛してくれるわけじゃない。俺が死んだ場合に備えて、自分で自分を養う手段を身に着けておく必要がある」
「エルぅっ」
ルキがぎゅっとしがみついてきた。庇護欲をそそられる泣き顔。
「エル、死んじゃうの⁉」
「安心しろ。今のところ、死ぬ予定はないよ。だが、竜騎兵という仕事柄、死の危険とは隣り合わせなんだ。つい昨日、死にかけたばかりだしな」
「エルが死にそうになったら、ルキが助けに行くからっ」
「竜に変身してか? それは駄目だ。お母さんとの約束を守らないと」
「でもっ、でもぉっ……」
「わりぃ、不安にさせちまったな。あくまで、念のための話さ。とにかく俺が言いたいのは、ドラゴンライダーの仕事を覚えろってことだ」
「ドラゴンライダー?」
「リヴィに乗って、一緒に配達のお仕事したろ?」
「はいたつ……物を運ぶおしごと?」
「そのとおりだ。お前には、竜に好かれる性質と、卓越した竜言語力がある。どちらも、ドラゴンライダー見習いにとって喉から手が出るほど素晴らしい才能だ」
「うん」
厩舎に着いた。
「竜に乗る練習をしよう」
「リヴィに乗せてもらうの?」
「リヴィはお留守番だ。まだ、翼に穴が空いているからな」
「じゃあ、ガブリエル?」
「そのとおり。ガブリエルはじゃじゃ竜で乗れる奴が長らくいなかったんだが、ルキが見事に従えてみせたからな。マリアがお前の愛竜として登録してくれたんだ」
――グゥルルルァッ!
あばれ竜のガブリエルが、歓待するかのように大きく翼を広げた。ルキが檻と扉を開くと、まるで女王に臣従する重臣のように、うやうやしく礼をする。
ルキが優しい手つきでガブリエラの鼻先をなでた。
「まず、ガブリエルに鞍を着せる。ルキ、自分で鞍を選んでみろ」
「うーんうーん」
ルキが、厩舎の入口に置いてある鞍を見て回る。自分の体格に合わせて、最も小さな鞍を選んで持ってきた。
「着せてみろ」
「うん」
ガブリエルが協力的に身をかがめた。ベテランライダーでも不機嫌な竜に鞍を着せるのは苦労するというのに、ルキはすんなりとガブリエルに着せることができた。
「……エルぅ、どう?」
ルキが少し不安そうな顔で、エルを見上げる。
「聞く相手は俺じゃない。ガブリエルに聞いてみろ」
「! そっか」
ルキの目が輝いた。ガブリエルを見上げ、
「※※※鞍※※※心地※※※※※※?」
ひどく古めかしい言い回しの、竜言語。エルは辛うじて、ルキが話す言葉の主要単語を聞き分けた。
――グゥルルゥ……
ガブリエルが頭を下げ、イエスともノーとも言いがたい返事をした。
「なんて言ってる?」
「ちょっと困ってるような」
「そうだな。見てみろ、この鞍はガブリエルの首には小さすぎるんだ」
馬とは異なり、竜の鞍は竜の首の根本に着ける。竜の背中は、人間がまたがるには広すぎるからだ。
「これだと、上を向いたときに首が締まってしまい、少し苦しい。我慢できないほどじゃないかもしれないが。ガブリエルはルキのことを慕っていて、少し遠慮しているんだ」
「そうだったんだ」
慌てて鞍を外すルキ。
「ごめんねっ。ありがとう、ガブリエル」
――グゥルルルァッ!
「とはいえルキは、まだまだ体が小さい。だからそういうときは、この鞍を使うんだ」
エルは女子供用の、幅広だが腰高な鞍をルキに手渡す。鞍に厚みがあるため、子供でも過剰に脚を開かずに乗れる。
その分、竜との距離が生じて安定さを欠いてしまうが、そこはハーネスと鐙でカバーする。
ライダーが肩・腰・太ももにピッタリと身に着けたハーネスと、鞍を接続させることで、竜がどれだけ暴れてもライダーが落ちないようにする。
さらにライダーが鐙に足を掛けることで、足場を安定させる。
――グルルァッ! グルルァッ!
ルキがその鞍と鐙を着せると、ガブリエルが喜んだ。
「苦しくないって?」
「うんっ。そう言ってる!」
「よし。じゃあガブリエルに乗って、滑走路を一回り走ってみよう。くれぐれも飛ばせるんじゃないぞ?」




