2「英雄、静かに決意する」
真っ先にすべきなのは、ルキに『自身の立場の危うさ』を理解させることだった。
翌日、エルはマリアから休暇をもらった。
リヴィの世話と自分たちの食事を済ませたあと、自室でルキと話をすることにした。
「ぶどうジュース、美味しいか?」
「うんっ」
ルキの笑顔。
「今日は、ルキとたくさんおしゃべりしたいんだ。どうだ?」
「うんっ、ルキもおしゃべりしたい」
「言葉、だいぶ覚えたもんな」
「エルとおしゃべりしたいから、ルキ、たくさんがんばったよ」
エルとルキは、仲良くベッドに腰掛けている。
エルは、隣に座るルキの頭をなでた。
ルキはエルに無性に甘えてくる。エルの脇腹に頭をグリグリと押しつけてきた。
「なぁルキ、ルキは竜なのか?」
「うん」
「それ、人に言わないようにって親に言われなかったか?」
「言われたよ」
「えっ」
「でも、エルにはもうバレちゃったし」
「あぁ、そういうことか。他の人に言うつもりはないんだな?」
「ないよ。お母さんとお母さんと、約束したから」
「お母さんとお母さん?」
「ルキのホントのお母さんと、育ててくれたお母さん」
(邪竜王と乳母ってことか)
エルはうなずく。
「どんな約束をしたんだい?」
「家族以外に、自分がエンシェントドラゴンであることを話してはなりません、って。もしバレてしまったときは、相手のにおいを確かめなさい、って」
「におい?」
「嘘のにおいがしなかったら、その人を頼りなさい、って」
そういえば昨日、ルキはやたらとエルに抱きついてきて、スンスンと鼻を鳴らしていた。
あれは、エルが嘘をついていないか――つまり、甘い顔を見せておきながら、ルキを突き出す算段をしていないか、確かめていたのだ。
「そ、そんなことが分かるのか?」
「なんとなく?」
「なんとなくかぁ~」
「お母さんもいろんなことが分かったよ。だから、ルキにもいろんなことが分かると思う。エルが死んじゃいそうになるのも分かったんだよ。ルキ、びっくりしたんだよ。夢かもって思ったけど、どうしても不安だったから、エルのところまで来たの。そしたらエル、本当に踏み潰されそうになってるんだもん」
ルキとガブリエルがエルたちを助けにきたのは、そういう経緯だったのだ。
(予知能力? そもそも、ルキはどうやって俺とリヴィの居場所を知った? 偉大な竜は『過去と現在と未来を見通す力』を有する、と伝説にあるが)
「お母さんはホントにいろんなことが分かってたんだよ。でも、『分かっていても、どうしようもないことがある』って言ってた。だから、お母さんはルキをカペナウムの村の外れに隠したの」
「なるほど……」
邪竜王の本拠地は、カペナウムのさらに北のコラジンだ。
普通に考えるなら、大切な娘は最も守りの厚い本拠地で大切に育てるはず。
なのに邪竜王は、娘をわざわざカペナウム――自身の支配力がギリギリ及ぶ、最前線に隠した。
(ルキの存在が疎ましかったから? 違うな。ルキの話しぶりを見るに、愛されていたように思える)
ということは、つまり。
(邪竜王は、いずれ自分が敗れることが『分かって』いた? そして、自分が敗れたそのときに、愛する娘を戦勝国の民であるダヴィドの民に託そうとした)
敗戦国の民の境遇というのは、過酷である。しかもルキは敗戦国の王女なのだから、見せしめに処刑される可能性だって高い。
(自分が敗れる未来が視えていたからこそ、ルキが生き延び、幸せになれる可能性に賭けたというわけか? あるいは、こうなる未来まで視えていたと? 事実、ルキは親と乳母を殺された現場から見事逃げ延び、数ヵ月間も山の中で生き延び、こうして俺に拾われたのだから。すべて憶測にすぎないが……)
エルは、自分の両手を見つめる。
あの日、あの時、自分は愛銃の銃剣で邪竜王の心臓を突き刺し、引き金を引いて弾をぶち込んだ。
間違ったことをやったとは思っていない。これは国と国との戦争だったのだから。
だが。
(あの時、邪竜王は【竜変身】しようとしなかった。竜の姿になったら、俺に殺されることもなかっただろうに。なぜ? ――あ)
思い出した。邪竜王と乳母が、不自然な動きでクローゼットから距離を取ったことを。
(あの時、ルキがクローゼットの中に隠れていた? あの場で変身したら、ルキが圧死してしまうと分かっていたから? だとすれば)
ぞくり、と寒気を覚えた。
(ルキは、俺が自分の母親を殺した瞬間を、その目で見ていた? いや……)
今、ルキは自分の親の仇に頭をぐりぐり押しつけて、無性に甘えてきている。エルが頭をなでてやると、顔全部をエルの胸にうずめて、ぎゅーっと抱きついてきた。
(ルキは、あれが俺だったと気づいていない。気づかせるべきではない。ルキが独り立ちするまでは)
だが、
(隠し続けるわけにもいかないだろう。ルキが成人し、独り立ちする目処が立ったその時に、話すことにしよう。それでもし、ルキが親の仇を討ちたいと願うなら……そのときどうするかは、未来の俺に委ねよう)




