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12「英雄、子どもの正体を悟る」

「エル⁉」


 竜の姿をしたルキが、ルキの声そのままで言った。いや、正確には、ルキの声がエルの頭の中に直接響いたのだ。

 みるみるうちに、ルキの体が人間の――少女のそれへと変化していく。ものの数秒で、見慣れたルキの姿になった。驚くべきことに、服もそのままだ。


(いったいぜんたい、こりゃ何の魔術だ?)


 などと考えながらも、エルには答えが分かっていた。


(そうだ。これは、魔術。金等級の竜――数百年を生きる長老竜か、半ば伝説の存在であるエンシェントドラゴンにのみ許された秘術、【竜変身】)


「エルぅ~~~~っ!」


 ルキが無性に、エルに抱きついてくる。エルはそんなルキの頭をなでつつも、必死に頭を整理させていた。


(ルキのことを考察するのは、後だ。今は、この戦闘を集結させなければ。敵指揮官の首は?)


 ない。ルキのドラゴンブレスで灰と化してしまった。だが、指揮官が使っていたクロスボウがあった。

 見れば、片翼を貫かれたリヴィがのたうち回っている。エルはすぐさま駆け寄ってやりたいが、物事には優先順位というものがある。ぎゅっと唇を噛んで、ガブリエルの元に駆け寄った。


「ガブリエル! 【これを携え・我とともに・空を駆けよ】」


 魔力を載せた竜言語により、ガブリエルがエルに従属した。ガブリエルが敵指揮官のクロスボウをつかみ、エルを乗せる。


「敵将は討ち取った!」


 エルは戦場を飛び回りながら、高らかに宣言した。


「キュクロプスどもよ、犬死にしたくなければ、逃げ帰るがいい!」





   ◆   ◇   ◆   ◇





 戦いは、マグダラ協会軍の勝利に終わった。

 キュクロプス軍は死者十八体(指揮官含む)、残りは潰走。

 マグダラ協会軍は幸いなことに――本当に幸いなことに、人・竜ともに死者ゼロだった。片翼を貫かれたリヴィも、今はべそをかきながら厩舎で治癒魔術師の世話になっている。一ヵ月もあれば、戦線に復帰可能だろう。


 エルは、ルキのことを全力で隠しとおした。幸いにして、ルキが敵指揮官を倒したのは戦場の最奥だったため、ルキの【竜変身】を見た者はいなかった。

 ……はずである。マリアが【千里眼】の魔術で視ていた場合、その限りではない。が、少なくともこうして戻ってきて夕食を食べ、風呂に入り、自室でルキの髪を乾かしている今現在において、マリアはエルに何も言ってきていない。


(どうしよう……どうすれば?)


 ルキが無性に抱きついてきて、スンスンと鼻を鳴らしている。

 この数日ですっかり習慣づいたとおり、ルキの髪を優しく乾かし、ルキに夜食を与えて、歯磨きを手伝ってやり、トイレについて行き、ルキをベッドに入れて子守唄を歌い、すべてをこなしたエルである。


 キュクロプス軍の襲撃を見事はね返した英雄エル――。

 世間はそんなふうに受け止めている。リヴィの翼の傷は、名誉の負傷なのだと。

 けれど実態は、とんでもないことだった。


(ルキが数百年を生きた老齢の竜? いや、こうして一緒に暮らした感じでは、その可能性はゼロだ。つまり、ルキは生まれながらにして秘術【竜変身】を使える種族――まぼろしのエンシェントドラゴンということになる。あの、ダヴィド全土を恐怖のどん底に陥れた邪竜王と同じ、エンシェントドラゴンだ。こんな偶然、あるだろうか?)


 いや、分かっている。この思考は、情けない現実逃避にすぎない。

 数日前、ルキに言葉を覚えさせるために、と大量に借りてきた絵本や物語本の中に紛れていた一冊の小説。


(現実は小説よりも奇なり、なんて嘘だ)





   ◆   ◇   ◆   ◇





 エルは、悩んだ。

 ルキがぐっすりと眠ってから、たっぷり悩んだ。

 深夜、エルはたまらずマスケットを手に取り、その銃口をルキの頭部に押し当てた。


「ふー……っ、ふー……っ」


 今、引き金を引けば、マスケットに備え付けられた火打ち石(フリントロック)が火を吹き、ルキの頭が吹き飛ばされる。

 簡単だ。ほんの数アツバオット(数センチ)指を引けばいい。それだけで、この悩みはすべて解決するのだ。

 引き金にかけた指が、震える、震える。どうしようもないほどに。


「くっ……うぅ……うぅぅぅうっ!」


 エルには、できなかった。

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