10「英雄、死に瀕する」
カペナウム村落跡で接敵した。
接敵時、キュクロプスは見えるだけでも五十七体いた。
対するマグダラ竜騎兵軍は五十九騎。
即応可能な人員をかき集めた結果がこれだったのだ。周辺哨戒などの絶対に外せない任務に出動中の者もいるし、体調不良中の竜もいる中、総員の半数をこれほど素早く集められたという事実が、マグダラ協会の練度の高さを物語っている。
最初、戦いはマグダラ軍の圧倒的優位で推移していた。ソラからの一方的なドラゴンブレスを前に、キュクロプス兵たちは鉄の大盾の影に隠れることしかできなかった。
(遠からず、敵は潰走しはじめるはず)
指揮官のマリアは勝利を確信していた。
が、竜が一騎、また一騎と墜落し始めたことに気づいた。
マリアは高度を一気に上げ、
「【竜の瞳・遠くを見通す瞳・千里眼】」
ゴーグルで守られた瞳に竜言語魔術をまとわせる。
視力が数十倍化した視界の中、マリアは森の中に潜む巨大な狙撃手の存在に気づいた。キュクロプスのクロスボウ使いだ。キュクロプスは一見野蛮な民族だが、製鉄技術に優れている。奴らが放つ鉄の矢は、太く、高速で、竜の翼すら貫く。
「十二時方向、距離二百キュビトに狙撃手一! 第二・第三小隊、排除せよ!」
マリアの号令に従い、二小隊四騎が狙撃手を攻撃しようとする。が、壁のように立ちふさがる巨人たちに阻まれ、思うように前進できない。
巨大な棍棒の振り下ろしを避けるのに手一杯だった一騎が、狙撃手に撃ち落とされてしまった。
◆ ◇ ◆ ◇
「俺が行く!」
堕ちていく戦友たちを目の当たりにし、ルキはたまらず叫んだ。
「許可する」
マリアがうなずく。
「第二・第三小隊、負傷者の収容を急げ!」
「行くぞ、リヴィ! 【太陽を・背負って・飛べ】!」
――キュゥゥイッ!
リヴィが急加速・急上昇した。巨人たちがリヴィの前進を阻止しようとするが、できない。
リヴィの姿が見えなくなってしまったからだ。リヴィとエルが、太陽を背にしているからだ。
風のごとき速さを誇るリヴィと、加速度に強い体質を持つエルにのみ許された曲芸だ。エル騎はこの曲芸のおかげで、何度も死地から戻ってくることができたのだ。
エルとリヴィは巨人たちの防御網を飛び越え、狙撃手の目の前に到達した。
「リヴィ、【ドラゴンブレス】!」
リヴィが大きく息を吸い、そして、
――ゴォァアアアアアアアアアッ!
灼熱の炎が一つ目の巨人を飲み込む。狙撃手は炭になって倒れ伏した。
(よし! これで安全は確保された――)
エルの思考が停止した。倒れた狙撃手の背後から、さらにもう一体の狙撃手が現れたからだ。腰巻きしか身につけていないキュクロプスの集団にあって、唯一長衣を身に着けている個体。
(指揮官だ! いや、そんなことより――)
ゆっくりと引き伸ばされた時間の中で、指揮官がクロスボウをこちらに向けてきた。
「リヴィ、回避っ」
エルの言葉に反応したリヴィが、素早く回避運動に入ろうとした。
が、間に合わなかった。
放たれた鋼鉄の矢が、リヴィの右の翼を貫いた。
――キュイィィイイイッ!
リヴィがきりもみしながら落下する。
「【風・柔らかな風・エアクッション】!」
エルは、接触ギリギリに地面とリヴィの間に空気の層を生じさせることができた。かろうじて、リヴィは墜落死を免れた。
だが、エルは地面に投げ出されてしまった。
「かはっ……ぁぐっ……!」
呼吸が上手くできない。エルは立ち上がれずにいる。
そんなエルを、キュクロプス軍の指揮官が見下ろしてきた。一つ目の鬼がニタリと笑い、大きな足を持ち上げた。
あんな足に踏まれたら、エルの背骨は折れ、エルの内臓という内臓が口から飛び出てくるだろう。
(くそっ、くそくそくそったれ!)
巨人の足が、やけにゆっくりと振ってくる。
時間の流れがゆっくりだ。
ゆっくりと、だが確実に、死が迫りつつある。
エルは兵士だ。死にゆく仲間を何度も看取ってきたし、自分もいずれは戦場で死ぬのだろうと覚悟してきた。
だが、
(駄目だ! 今はまだ、死ねない。ルキが独り立ちするまでは――!)




