Act-WILL : Classified Order 【改】
ピピッ、という通信音が鳴った。俺の眉がぴくりと動く。
艦長席に深く腰を沈め、帽子のつばを目元まで下ろしたまま聞こえないふりをする。
どうせ碌でもない連絡だ。最近はまともに休めていない。補給報告、人員調整、各部署との会議。艦長になってからというもの、戦うより紙と向き合う時間の方が長くなった。
やっと一息つけると思ったのに。
通信音は容赦なく二度、三度と鳴り続ける。
「……しつけぇな」
帽子を持ち上げる。見慣れたブリッジの天井が目に入った。通信士が苦笑している。
「艦長。本部からです」
「聞こえなかったことにしろ」
「直通回線です」
嫌な予感が確信に変わる。直通回線を使う人間なんて限られている。
「繋げ」
モニターが起動する。映し出された顔を見て、思わず舌打ちした。
『やあ』
相変わらずだった。整った顔。涼しい目。余裕ぶった笑み。
昔から気に入らない。同期のくせに出世だけは誰より早かった男。
今じゃ上層部の一員だ。
「暇そうだな」
『忙しいよ』
「そうは見えねぇ」
『君よりは働いているよ』
「うっせぇな、俺は現場担当なんだよ」
『便利な言い訳だ』
昔から変わらない。こいつは昔からこうだった。
頭が良くて、要領が良くて、気付けば周囲より何歩も先に進んでいる。
それでいて嫌味にならない。だから余計に腹が立つ。
「用件ないなら切るぞ」
『相変わらずせっかちだねー』
「お前との会話は疲れる」
『傷つくなぁ』
「嘘つけ」
男は肩を竦める。その仕草すら様になるのがまた腹立たしい。
『特務命令だ』
「断る」
『まだ内容を言ってない』
「どうせ碌でもないだろ」
『鋭いね』
「長い付き合いだからな」
男の笑みが少しだけ薄くなった。
『旧第十四研究所』
その名前を聞いた瞬間、眠気が吹き飛んだ。
新人だった頃を思い出す。教官に言われた言葉。
近付くな。見つけても報告だけしろ。
余計な好奇心は命を縮める。そんな場所だった。
「なんで今さらヴァジュタスの巣窟にいかなきゃならん」
『発見された旧世界に、新兵器の開発に必要な機密文書という情報が入った』
「うさんくせぇ情報源だな」
『クライアントは教えられないな』
こいつがそう言う時は本当に教える気がない。
『施設内にある対象物を早急に回収してほしい。まだその世界が現存しているうちに』
「中身も知らずに取りに行けと?」
『そうなるね』
「ふざけてんのか?」
『いつものことだろう』
否定できなかった。現場なんてそんなものだ。
説明不足のまま放り出される。それでも何とかする。
だから現場は上を嫌う。
「危険度は」
『高い』
「敵は」
『数えない方がいいよ』
「施設の状況は」
『南口からのゲートから侵入できる。その先のことは現場判断だ』
「情報なさすぎだろ」
『信頼しているよ』
「便利な言葉だな」
さきほどの言葉をそのまま返すと男は笑った。
俺は笑えない。モニターに座標が表示される。
『君にしか任せられない』
「断るって言っただろ」
『君が受けることは知ってる』
「お前なぁ……」
『じゃあ』
通信が切れる。言いたいことだけ言って消えやがった。
「艦長」
通信士が声を掛ける。
「なんだ」
「受けるんですよね」
全員分かっている。結局やることを。俺は帽子を被り直した。
「問題児ども呼んでこい」
「いつもの三人ですか?」
「他に誰がいる」
*
俺はブリッジを後にした。嫌な予感しかしなかった。そして大体こういう予感は当たる。
二階の渡り通路を歩いていると、下の格納庫から聞き慣れた騒ぎが聞こえてきた。
「だから、そういう問題じゃないんですよ!」
「動いてるだろ」
「動いてますね」
「ならいいじゃねぇか」
手すりから格納庫を覗く。案の定だった。機体の脚部装甲を前に、アルスマーが端末を片手に何かをまくし立てている。大柄なシィムスは工具を片手に欠伸をしていた。少し離れた場所では、ユトスが黙々と剣を磨いている。あの三人にとってはいつもの光景だが、見る側はたまったものじゃない。
「また始まってますね」
近くから声がした。マリナとシルヴィアが同じように格納庫を見下ろしていた。
「いつ見ても飽きないですよね、あれ」
「飽きない?」
マリナが少し驚いた顔をする。
「ユトスが毎回同じことで怒られてるのに、毎回懲りてないじゃないですか。ある種の才能ですよ」
「バカなだけ」
彼女は腕を手すりにかける。
「確かに」
「それはそれで心配なんだけど」
「大丈夫です。本番になったら切り替えるので」
「それも毎回ヒヤヒヤしてるんだけど」
「慣れましたよ」
シルヴィアがくすりと笑った。
「……マリナさんって、先輩のこと、ちゃんと見てるんですね」
「別に、普通でしょ」
「えー?」
マリナが視線を逸らす。格納庫の方を見るふりをしながら、耳がわずかに赤くなっていた。
「そういうことじゃないから」
「え? そんなつもりで言ってなかったですけど。どういうことですかー?」
「なっ!」
「うーん?」
「はい! 仕事しごと」
笑っている。俺にも分かる。
「さぼってんじゃねぇぞ! シルヴィア! 仕事しろ!」
「えっ!? なんで私だけ!?」
シルヴィアの抗議を背中に聞きながら、俺は階段を降りた。格納庫に近づくにつれて、騒ぎの内容が鮮明になる。
「効率の話をしているんです!」
「マニュアル通りやっても壊れたまんまなんだから、これでいいでしょ」
「そういうことするからあっちこっち壊れるんだ!」
本当に元気な連中だ。
「お前もサボってんじゃねぇ」
ユトスをどつき、三人がこちらを向く。
「やっべ」
気まずそうにアルスマーが姿勢を正した。昔なじみのシィムスは片手を上げる。ユトスは立ち上がるだけだった。
「呼んでいるのにいつまで遊んでやがる。特務が来たぞ」
その一言で、空気が変わった。
「場所は」
ユトスが聞く。こいつは余計なことを言わない。だから先に核心を聞く。
「第十四研究所」
アルスマーの眉がひそめられる。シィムスが欠伸を途中でやめた。
「……本気ですか」
「ああ」
「聞き間違いであってほしかったんですが」
「俺もだ」
「却下しなかったんですか」
「した」
「はぁ、中間管理職様々ですね」
アルスマーが額を押さえた。嫌みったらしい。
「行きたくねぇな」
シィムスが頭を掻く。
「同感だ」
「目的は何ですか?」
ユトスが聞く。
「回収任務だ。開発文書らしい」
「中身は」
「知らん」
「勢力は」
「天井知らずだ」
「施設内部の情報は」
「慎重に進まんとな」
三拍の間があった。さっきもこのやりとりしたな。
「無い物ねだりしても困りますよ」
アルスマーがため息をついた。それでも端末を畳み、さっさと準備へ向かう。文句を言うのも仕事のうちだとでも思っているらしい。
「ウィル、生きて帰れたら酒な」
シィムスが笑う。
「縁起でもねぇな」
「だって飲まねぇとやってられねぇだろ」
「お前はいつも飲んでるだろ」
「違ぇねぇ」
シィムスが豪快に笑った。
「まぁ、今回は土産も買わねぇといけねぇしな」
「土産?」
アルスマーが眉を上げる。
「娘がうるせぇんだよ。また約束忘れたのかってな」
「忘れたんですか」
「忘れた」
「最低ですね」
「お前味方しろよ」
「しません」
「この前なんて三日口きいてもらえなかったからな。どこに寄るか……。近くにエブステンっていう地下都市があったよな?」
「ありますけど、どうせガラクタ買うんでしょ?」
「あぁ、そうならないように、おまえらも付き合えよー」
「めんどくせぇー」
二人とも笑いながら、装備ラックへ向かった。三人とも、いつも通りだった。
任務前だからといって気負うわけでもない。無駄に気合いを入れるわけでもない。
やることをやって、帰ってくる。それだけだ。
俺は帽子を被り直し、格納庫を見渡した。
整備班がいる。オペレーターがいる。新しくマリナとシルヴィアもいる。
騒がしい連中ばかりだ。だが、それでいい。アシャルは俺たちの帰る場所。
誰一人として、それを疑っていなかった。




