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Alchemist Fantasy I  作者:
幕間 シルヴィア&ウィル サイドストーリー
6/7

Act-WILL : Classified Order 【改】

 ピピッ、という通信音が鳴った。俺の眉がぴくりと動く。


艦長席に深く腰を沈め、帽子のつばを目元まで下ろしたまま聞こえないふりをする。

どうせ碌でもない連絡だ。最近はまともに休めていない。補給報告、人員調整、各部署との会議。艦長になってからというもの、戦うより紙と向き合う時間の方が長くなった。

やっと一息つけると思ったのに。

通信音は容赦なく二度、三度と鳴り続ける。


「……しつけぇな」


 帽子を持ち上げる。見慣れたブリッジの天井が目に入った。通信士が苦笑している。


「艦長。本部からです」


「聞こえなかったことにしろ」


「直通回線です」


 嫌な予感が確信に変わる。直通回線を使う人間なんて限られている。


「繋げ」


 モニターが起動する。映し出された顔を見て、思わず舌打ちした。


『やあ』


 相変わらずだった。整った顔。涼しい目。余裕ぶった笑み。

昔から気に入らない。同期のくせに出世だけは誰より早かった男。

今じゃ上層部の一員だ。


「暇そうだな」


『忙しいよ』


「そうは見えねぇ」


『君よりは働いているよ』


「うっせぇな、俺は現場担当なんだよ」


『便利な言い訳だ』


 昔から変わらない。こいつは昔からこうだった。

頭が良くて、要領が良くて、気付けば周囲より何歩も先に進んでいる。

それでいて嫌味にならない。だから余計に腹が立つ。


「用件ないなら切るぞ」


『相変わらずせっかちだねー』


「お前との会話は疲れる」


『傷つくなぁ』


「嘘つけ」


 男は肩を竦める。その仕草すら様になるのがまた腹立たしい。


『特務命令だ』


「断る」


『まだ内容を言ってない』


「どうせ碌でもないだろ」


『鋭いね』


「長い付き合いだからな」


 男の笑みが少しだけ薄くなった。


『旧第十四研究所』


 その名前を聞いた瞬間、眠気が吹き飛んだ。

新人だった頃を思い出す。教官に言われた言葉。

近付くな。見つけても報告だけしろ。

余計な好奇心は命を縮める。そんな場所だった。


「なんで今さらヴァジュタスの巣窟にいかなきゃならん」


『発見された旧世界に、新兵器の開発に必要な機密文書という情報が入った』


「うさんくせぇ情報源だな」


『クライアントは教えられないな』


 こいつがそう言う時は本当に教える気がない。


『施設内にある対象物を早急に回収してほしい。まだその世界が現存しているうちに』


「中身も知らずに取りに行けと?」


『そうなるね』


「ふざけてんのか?」


『いつものことだろう』


 否定できなかった。現場なんてそんなものだ。

説明不足のまま放り出される。それでも何とかする。

だから現場は上を嫌う。


「危険度は」


『高い』


「敵は」


『数えない方がいいよ』


「施設の状況は」


『南口からのゲートから侵入できる。その先のことは現場判断だ』


「情報なさすぎだろ」


『信頼しているよ』


「便利な言葉だな」


 さきほどの言葉をそのまま返すと男は笑った。

俺は笑えない。モニターに座標が表示される。


『君にしか任せられない』


「断るって言っただろ」


『君が受けることは知ってる』


「お前なぁ……」


『じゃあ』


 通信が切れる。言いたいことだけ言って消えやがった。


「艦長」


 通信士が声を掛ける。


「なんだ」


「受けるんですよね」


 全員分かっている。結局やることを。俺は帽子を被り直した。


「問題児ども呼んでこい」


「いつもの三人ですか?」


「他に誰がいる」





 俺はブリッジを後にした。嫌な予感しかしなかった。そして大体こういう予感は当たる。

二階の渡り通路を歩いていると、下の格納庫から聞き慣れた騒ぎが聞こえてきた。


「だから、そういう問題じゃないんですよ!」


「動いてるだろ」


「動いてますね」


「ならいいじゃねぇか」


 手すりから格納庫を覗く。案の定だった。機体の脚部装甲を前に、アルスマーが端末を片手に何かをまくし立てている。大柄なシィムスは工具を片手に欠伸をしていた。少し離れた場所では、ユトスが黙々と剣を磨いている。あの三人にとってはいつもの光景だが、見る側はたまったものじゃない。


「また始まってますね」


 近くから声がした。マリナとシルヴィアが同じように格納庫を見下ろしていた。


「いつ見ても飽きないですよね、あれ」


「飽きない?」


 マリナが少し驚いた顔をする。


「ユトスが毎回同じことで怒られてるのに、毎回懲りてないじゃないですか。ある種の才能ですよ」


「バカなだけ」


 彼女は腕を手すりにかける。


「確かに」


「それはそれで心配なんだけど」


「大丈夫です。本番になったら切り替えるので」


「それも毎回ヒヤヒヤしてるんだけど」


「慣れましたよ」


 シルヴィアがくすりと笑った。


「……マリナさんって、先輩のこと、ちゃんと見てるんですね」


「別に、普通でしょ」


「えー?」


 マリナが視線を逸らす。格納庫の方を見るふりをしながら、耳がわずかに赤くなっていた。


「そういうことじゃないから」


「え? そんなつもりで言ってなかったですけど。どういうことですかー?」


「なっ!」


「うーん?」


「はい! 仕事しごと」


 笑っている。俺にも分かる。


「さぼってんじゃねぇぞ! シルヴィア! 仕事しろ!」


「えっ!? なんで私だけ!?」


 シルヴィアの抗議を背中に聞きながら、俺は階段を降りた。格納庫に近づくにつれて、騒ぎの内容が鮮明になる。


「効率の話をしているんです!」


「マニュアル通りやっても壊れたまんまなんだから、これでいいでしょ」


「そういうことするからあっちこっち壊れるんだ!」


 本当に元気な連中だ。


「お前もサボってんじゃねぇ」


 ユトスをどつき、三人がこちらを向く。


「やっべ」


 気まずそうにアルスマーが姿勢を正した。昔なじみのシィムスは片手を上げる。ユトスは立ち上がるだけだった。


「呼んでいるのにいつまで遊んでやがる。特務が来たぞ」


 その一言で、空気が変わった。


「場所は」


 ユトスが聞く。こいつは余計なことを言わない。だから先に核心を聞く。


「第十四研究所」


 アルスマーの眉がひそめられる。シィムスが欠伸を途中でやめた。


「……本気ですか」


「ああ」


「聞き間違いであってほしかったんですが」


「俺もだ」


「却下しなかったんですか」


「した」


「はぁ、中間管理職様々ですね」


 アルスマーが額を押さえた。嫌みったらしい。


「行きたくねぇな」


 シィムスが頭を掻く。


「同感だ」


「目的は何ですか?」


 ユトスが聞く。


「回収任務だ。開発文書らしい」


「中身は」


「知らん」


「勢力は」


「天井知らずだ」


「施設内部の情報は」


「慎重に進まんとな」


 三拍の間があった。さっきもこのやりとりしたな。


「無い物ねだりしても困りますよ」


 アルスマーがため息をついた。それでも端末を畳み、さっさと準備へ向かう。文句を言うのも仕事のうちだとでも思っているらしい。


「ウィル、生きて帰れたら酒な」


 シィムスが笑う。


「縁起でもねぇな」


「だって飲まねぇとやってられねぇだろ」


「お前はいつも飲んでるだろ」


「違ぇねぇ」


 シィムスが豪快に笑った。


「まぁ、今回は土産も買わねぇといけねぇしな」


「土産?」


 アルスマーが眉を上げる。


「娘がうるせぇんだよ。また約束忘れたのかってな」


「忘れたんですか」


「忘れた」


「最低ですね」


「お前味方しろよ」


「しません」


「この前なんて三日口きいてもらえなかったからな。どこに寄るか……。近くにエブステンっていう地下都市があったよな?」


「ありますけど、どうせガラクタ買うんでしょ?」


「あぁ、そうならないように、おまえらも付き合えよー」


「めんどくせぇー」


 二人とも笑いながら、装備ラックへ向かった。三人とも、いつも通りだった。

任務前だからといって気負うわけでもない。無駄に気合いを入れるわけでもない。

やることをやって、帰ってくる。それだけだ。

俺は帽子を被り直し、格納庫を見渡した。

整備班がいる。オペレーターがいる。新しくマリナとシルヴィアもいる。

騒がしい連中ばかりだ。だが、それでいい。アシャルは俺たちの帰る場所。

誰一人として、それを疑っていなかった。

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