Act-Marina's Heart
艦内放送が二十二時を告げた頃には、私はもう三回目のため息をついていた。
訓練。夕食。巡回。そして、各自の自由時間。繰り返すだけの毎日。
そんな中、私は端末の画面を睨みながら眉間を押さえた。
「またか……」
表示されている居場所確認システムには、ユトスの識別信号が映っていない。
正確には、途中で切れている。最後に確認された場所は第三整備区画。
そこから先は不明。不明というより、たぶん意図的に切った。
毎回そうだ。
誰も見ていない隙を見つけては、ふらっと消える。
任務中もこれだ。
「ほんと何なのよ、あいつ……」
呟きながら立ち上がる。探さなければいい。放っておけばいい。
そう思う。実際、そう言われたこともある。
『そのうち戻ってくるだろ』
『ユトスだし』
『気にしすぎじゃない?』
みんなそう言う。
でも私は知っている。あいつは戻ってくるけど、それは誰かが探さなくていい理由にはならない。
端末を閉じて部屋を出ると、居住ブロックの夜は静かだった。
天井照明は半分ほど落とされ、白い通路は薄い青色に染まっている。
遠くから機関部の低い振動が伝わってくる。巨大な艦が生き物みたいに呼吸している音だった。
第三整備区画へ向かう。整備員たちはほとんど帰っていた。工具の片付けをしている年配の整備士がこちらを見る。
「どした嬢ちゃん」
「ユトス見ませんでした?」
「ああ、一時間くらい前に……」
「どこ行ったんですか」
「知らん」
知らないならそんなに自信満々に言わないでほしい。整備士は肩をすくめた。
「ぼーっとしてたぞ」
「また?」
「まただな」
思わず額を押さえた。標準イノベルムの格納スペースを見渡す。そこには誰もいなかった。
冷たい照明だけが機体の装甲を照らしている。整備士は苦笑した。
「心配か?」
「別に」
「そうかそうか」
「何ですかその顔」
完全に面白がっている。私は軽く睨みつけてから踵を返した。
「おおこわ」
笑いまじりの声。別にそんなんじゃないし。観測ブロック。なんとなくそんな気がした。
理由はない。ただ経験則だった。何度も探していると、行きそうな場所くらい分かる。
階段を上がる。通路を曲がる。人気が減っていく。
艦の外壁近くまで来ると窓が増える。
その向こうには星々が広がっていた。静かな宇宙。果てのない闇。
私は昔から好きじゃない。見ていると、自分がどこにいるのか分からなくなるから。
無機質で、なにもない。
なのに。あいつはよくここにいる。
観測デッキの自動扉が開いた。真っ白な室内。
「いた」
思わず声が出た。大きな観測窓の前に立つ彼。手すりにもたれ、外を見ている。振り返りもしない。
私が来たことに気づいているはずなのに。
「探したんだけど」
「なんで」
「悪い?」
「いや……なんか用があるのか?」
「別に」
なんも分かってなさそうな声。私は隣まで歩いていく。
窓の外には無数の星が浮かんでいる。遠い光。何百年も前の光。
もう存在していないかもしれない光。私は視線を戻した。
「何見てるの?」
「記憶」
「またそれ? 意味わかんない」
会話にならない。でも、これもいつものことだった。しばらく沈黙が続く。機関音だけが遠くで響いている。
やがて彼がぽつりと言った。
「静かだからな」
「は?」
「ここ」
窓の向こうを見たまま続ける。
「静かでいい」
それだけだった。私は少しだけ拍子抜けした。もっと難しい理由があると思っていた。
考え事とか。悩みとか。何か特別なものとか。
でも。
たぶん違う。こいつは本当に静かな場所が好きなのだ。
騒がしいのが嫌いで。人混みが苦手で。
面倒事ばかり抱えるくせに、一人になりたがる。
矛盾だらけだ。
「気持ち悪い」
「ひっで」
ユトスは少しだけ笑った。本当に少しだけ。
見逃しそうになるくらい。私はその横顔を見る。
いつも通りの顔だった。
無愛想で。不器用で。時々、何を考えているのか分からない。
ちゃんとここにいる。無事でいる。
それだけで、自分でも呆れるくらい肩の力が抜けた。
窓の向こうでは星が流れていた。
艦が進んでいるのか。星が動いているのか。ただ。
この時の私は知らなかった。
数日後。
旧七番区画で。
あの背中を追いかけることになるなんて。
平手打ちをするほど腹を立てるなんて。
そのあと、あいつが抱えていたものを知ることになるなんて。
まだ知らなかった。
彼は同じもの見ているはずなのに、遠くにいる。




