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Alchemist Fantasy I  作者:
幕間 マリナ サイドストーリー
3/7

Act-Marina's Heart

 艦内放送が二十二時を告げた頃には、私はもう三回目のため息をついていた。

訓練。夕食。巡回。そして、各自の自由時間。繰り返すだけの毎日。

そんな中、私は端末の画面を睨みながら眉間を押さえた。


「またか……」


 表示されている居場所確認システムには、ユトスの識別信号が映っていない。

正確には、途中で切れている。最後に確認された場所は第三整備区画。

そこから先は不明。不明というより、たぶん意図的に切った。


 毎回そうだ。

誰も見ていない隙を見つけては、ふらっと消える。

任務中もこれだ。


「ほんと何なのよ、あいつ……」


 呟きながら立ち上がる。探さなければいい。放っておけばいい。

そう思う。実際、そう言われたこともある。


『そのうち戻ってくるだろ』


『ユトスだし』


『気にしすぎじゃない?』


 みんなそう言う。

でも私は知っている。あいつは戻ってくるけど、それは誰かが探さなくていい理由にはならない。

端末を閉じて部屋を出ると、居住ブロックの夜は静かだった。

天井照明は半分ほど落とされ、白い通路は薄い青色に染まっている。

遠くから機関部の低い振動が伝わってくる。巨大な艦が生き物みたいに呼吸している音だった。


 第三整備区画へ向かう。整備員たちはほとんど帰っていた。工具の片付けをしている年配の整備士がこちらを見る。


「どした嬢ちゃん」


「ユトス見ませんでした?」


「ああ、一時間くらい前に……」


「どこ行ったんですか」


「知らん」


 知らないならそんなに自信満々に言わないでほしい。整備士は肩をすくめた。


「ぼーっとしてたぞ」


「また?」


「まただな」


 思わず額を押さえた。標準イノベルムの格納スペースを見渡す。そこには誰もいなかった。

冷たい照明だけが機体の装甲を照らしている。整備士は苦笑した。


「心配か?」


「別に」


「そうかそうか」


「何ですかその顔」


 完全に面白がっている。私は軽く睨みつけてから踵を返した。


「おおこわ」


 笑いまじりの声。別にそんなんじゃないし。観測ブロック。なんとなくそんな気がした。

理由はない。ただ経験則だった。何度も探していると、行きそうな場所くらい分かる。

階段を上がる。通路を曲がる。人気が減っていく。

艦の外壁近くまで来ると窓が増える。


 その向こうには星々が広がっていた。静かな宇宙。果てのない闇。

私は昔から好きじゃない。見ていると、自分がどこにいるのか分からなくなるから。

無機質で、なにもない。

なのに。あいつはよくここにいる。


 観測デッキの自動扉が開いた。真っ白な室内。


「いた」


 思わず声が出た。大きな観測窓の前に立つ彼。手すりにもたれ、外を見ている。振り返りもしない。

私が来たことに気づいているはずなのに。


「探したんだけど」


「なんで」


「悪い?」


「いや……なんか用があるのか?」


「別に」


 なんも分かってなさそうな声。私は隣まで歩いていく。

窓の外には無数の星が浮かんでいる。遠い光。何百年も前の光。

もう存在していないかもしれない光。私は視線を戻した。


「何見てるの?」


「記憶」


「またそれ? 意味わかんない」


 会話にならない。でも、これもいつものことだった。しばらく沈黙が続く。機関音だけが遠くで響いている。

やがて彼がぽつりと言った。


「静かだからな」


「は?」


「ここ」


 窓の向こうを見たまま続ける。


「静かでいい」


 それだけだった。私は少しだけ拍子抜けした。もっと難しい理由があると思っていた。

考え事とか。悩みとか。何か特別なものとか。


 でも。

たぶん違う。こいつは本当に静かな場所が好きなのだ。

騒がしいのが嫌いで。人混みが苦手で。

面倒事ばかり抱えるくせに、一人になりたがる。

矛盾だらけだ。


「気持ち悪い」


「ひっで」


 ユトスは少しだけ笑った。本当に少しだけ。

見逃しそうになるくらい。私はその横顔を見る。

いつも通りの顔だった。

無愛想で。不器用で。時々、何を考えているのか分からない。

ちゃんとここにいる。無事でいる。

それだけで、自分でも呆れるくらい肩の力が抜けた。


 窓の向こうでは星が流れていた。

艦が進んでいるのか。星が動いているのか。ただ。

この時の私は知らなかった。


 数日後。

旧七番区画で。

あの背中を追いかけることになるなんて。

平手打ちをするほど腹を立てるなんて。

そのあと、あいつが抱えていたものを知ることになるなんて。

まだ知らなかった。




彼は同じもの見ているはずなのに、遠くにいる。

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