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パトロールでござる

「……話を戻しますが、私は今後しばらく、手分けしてダンジョンのパトロールをするのがいいのではと考えています」


 正勇団。

 特に反対意見が出ることもなく、流れるように採用されたその名前が、今の俺達の呼称となった。ガチマルが満足げに頷くのを見届け、キノは再び本題へと戻る。


「その理由ですが、皆さんはゲームのガチャで新しいキャラクターを手に入れた場合、どうしたいと思いますか?」

「そりゃあ、すぐに使ってみたいと思うんじゃないですかね。あるいはまず育成か……ああ、なるほど」


 メンバーの一人が言う。

 ガチャで入手した新しいキャラクター。俺はひとまず育成しないと気が済まない性質だが、中には出た時のまま、未育成の状態でもひとまずレベルの低いダンジョンに行き試験運転をしたい、というプレイヤーだっているだろう。

 その可能性は、確かにありそうだ。

 キノもその意見に頷く。


「ええ、私もそう考えました。誘拐犯……仮に誘拐犯という呼び方をさせてもらいますが、彼らはきっと、何かしらの方法で脅しキャラクターを従わせていると見た方がいいでしょう。たとえば、“ボスを倒すのに協力したら元のホームに帰してやる”、とか」

「ボス……確かにイベント中って時期的にもボスダンジョンって可能性は高そうだ」

「ゲリラダンジョンはどうやらプレイヤーごとに個別なので見張りは無理です。だからそれ以外、ボスダンジョンと、第一から第二十くらいのダンジョンを交代でパトロール、と思ったんですがどうでしょう?」

「悪くないと思う」


 俺はキノの言っていることに頷いた。

 ただ……


「その場合、情報を共有するための拠点が必要だろう。全員が出払ってちゃ他がどうなってるのかわからなくなる」

「そうですね、それなら……その役割は私がしましょう。今日使ったこの場所はしばらく借りることが出来るよう、クランタウンの住人と交渉しておきました。今いるのは二階ですが三階には鍵のかかる個室があるので、捕まえた人を拘束することもできるでしょう。ここを仮に……『正勇団』でしたか。その本部として活動しようと思います。誘拐犯を捕まえることが出来た場合はここへ連れてくる。また発見できなかった場合も、その日の終わりにメール機能でいいので私まで連絡お願いします」


 あいわかった。

 他のメンバーも異論はないらしい。おのおの頷き、キャラクター達と目くばせする。


「では、今日のうちに皆さんの役割分担を決めましょう、まずは……」


     *


 翌朝。まだ早い時間から俺達はボスダンジョンへと来ていた。

 人の気配を感じたからか、ルンルンと鼻歌を歌いながらダンジョンの入り口までやって来たソーニャが、俺達の顔を見てむくれっ面へと変わる。


「……なんだ、またお前らか。小菊なら今日はまだいないぞ。挑戦する気がないならとっとと帰れ。確かに今までいろいろ食べ物とかを持って来てもらったが、それくらいで心を開くアタシじゃないやい」

「そう邪険にすんなって。今日はちょっと事情が違うんだ」

「ってことは勝負か!?」

「いや、そうじゃないけどさ」

「くう……」


 この様子じゃ、昨日も誰も来ていないらしい。

 あわれ、ダンジョンボス。強すぎるというのもそれはそれで苦労があるんだなと俺の知らない類の苦労を想い少しだけ同情する。だからと言って挑戦するわけじゃあないけど。

 まあしかし、イベントが終わるまでには挑戦してやるから首を洗って待ってな。


 ソーニャは下唇を突き出し、半眼で俺を見る。


「……じゃあなんで来たんだよぅ」

「なに、ここにプレイヤーが来るかもしれないからその見張りだ」

「え、来るの?」

「さあ、それは俺にもわからんけど……」


 誘拐犯、それを探すための役割分担として俺が請け負ったのは第一と第二のダンジョン、そしてここ、イベント中限定で出現するボスダンジョンの三つだった。そのため俺達はひとまず、ボスダンジョンならソーニャに来た人間を引き留めてもらうこともできるんじゃないかと思ってボスダンジョンへ来たわけだ。


 最初はニンゾー、ブリキ、リンの三人を分けて配置してそれぞれ見張ることも考えた。

 俺がこの世界で生きている限り、キャラクター達は単独でもダンジョンに入れるし、同じようにリタイアすることもできるから。

 ……ただやはり、俺が何かしらの事情で倒れた場合三人がそれぞれダンジョンの中に取り残されるという可能性を考えると、それは少しためらわれた。また、ブリキなんかは不意を突かれて連れて行かれることもありそうだ。ニンゾーやリンと違い、動きの速い方ではない。

 ミイラ取りがミイラにではないが、誘拐犯を追って誘拐されたんじゃ本末転倒。

 そこまでのリスクを背負う義務は、今の俺達にはまだないはずだから。


「ははあん、なるほどねえ……」


 ソーニャは俺達の話を聞いて顔をしかめる。


「あんまり気持ちのいい話じゃないな。小菊には今日は家でおとなしくしてるよう言っておくか」

「そっちの方がいいでござろうな」


 前のバルトロムの時のような思いをさせたくはない。


「……しかしな、アタシだってただでお前らに便利に使われたんじゃボスとしての威厳がだな」

「そんなの元からあってないようなもんじゃない?」

「リンさん、その言い方はちょっと……」

「あーあ、そう言うこと言うんだ。へん、じゃあアタシは協力しない。ここを見張りたいってんなら自分らで勝手にしな」

「子供でござるか……」


 へそを曲げるソーニャ。あちゃあ、とリンが申し訳なさそうにこちらを見た。

 やれやれ、俺は肩をすくめる。


「まあいいさ。元から頼めたらってことだったし、今日のところは朝にボスダンジョン、昼にゲリラダンジョンでレベル上げしてから第一、第二と順番に見まわりに行くとしようぜ」

「……それでもやはり、ゲリラダンジョンには行くんでござるな」

「なに、ニンゾーあれ嫌いなの? いいじゃん、楽に強くなれて」

「それがおかしいんでござるよ。あれだけ単純な作業で強くなるというのが、なんとうか、不可思議で気持ち悪いというか……」


 ゲリラダンジョンについては各々意見があるだろう。俺もどっちかというとニンゾー派だ。やはり人間、苦労してこそ育つのだとは思う。

 しかしゲーム“タップ&ブレイバーズ”を知ってる以上、行かずにはいられない。

 一般ダンジョンとゲリラダンジョンじゃ、経験値効率が雲泥の差ではきかないからな。それは月泥の差か、あるいは陽泥の差か。


「うし、じゃあひとまず予定は決まったし、俺達はダンジョンの目立たないところで茶でも飲みながら待ってるか」

「そうでござるな」

「ねえブリキ、今日はなに持って来てるんだっけ?」

「水筒にアイスのコーヒーと紅茶がありますよ。あと、クッキーが少しですかね」

「あ、ボクは紅茶がいいなあ、ニンゾーは?」

「拙者も紅茶がいいでござる」

「なんだニンゾー、まだコーヒーが飲めんのか」

「うむ……あれはやはり、拙者には苦過ぎるでござるよ」


 それがうまいんだろうに。苦くないとコーヒーじゃないだろう。


「私はコーヒーですかね。ハトリさんもそうですよね」

「おう。ミルクと砂糖は……」

「砂糖は入れずミルクだけ、でしたっけ?」

「そうそう」


 好みを覚えてくれてるというのは、なんとも照れくさい。


「……な、なあ?」


 そんな俺達の様子を遠くから見ていたソーニャが口を開く。伏し目がちに、頬をかきながら。


「その、なんだ、どうせボスダンジョンって言ってもやることないし、アタシもそっちに混ぜ……」

「あれあれー、いいの? ボクにはボスの威厳がなんたらって言ってたのにぃ?」

「うぐ、ぐぐぐぐ……」


 ダンジョンボス、完全にリンのおもちゃである。


「いいじゃないですかリンさん。ソーニャさんもよかったらどうぞ。紅茶とコーヒー、どっちがいいですか?」

「……コーヒーってのは飲んだことがないから、そっちがいい」

「砂糖とミルクはいりますか?」

「何言ってるのブリキ! ま、さ、か、『ダンジョンボス様』がそんなおこちゃまみたいなの入れるわけないでしょ~! ね、そうだよね?」


 にやにやと、意地悪な笑みとともにリンが煽る。


「と、当然だ。アタシはそのままで頼む」


 オチが読めた。あわれ、ダンジョンボス。


     *


 ソーニャの顔は例えようがないほど歪んでいた。


「……うぇぇ、苦いの……」

「無理せず砂糖いれりゃいいのに」

「い、いいんだ! アタシは何も入れないぞ!」

「あの、私も砂糖いれますし、別に入れたから子供ってわけじゃ……」

「いいのっ!」


 強情なこって。なるほど、この姉妹はうまい具合のバランスで保たれているのだろう。

 年に似合わず大人な小菊ちゃん(いもうと)と、年に対して幼いソーニャ(あね)


「そういえばソーニャって何歳なんだ?」


 見張りと言ってもボスダンジョンに人がくる気配はない。なので俺はふと思いついたことを聞いてみる。

 ちなみにうちのパーティはというと、俺が二十、ニンゾーが十八、ブリキが十七、リンも十七といった具合で、俺を除けばニンゾーが最年長という見た目とは正反対の結果になっている。

 ソーニャは……スタイルも良いし、言動を除けば俺と同じくらいに見えなくもないが。


 ソーニャはグイッと勢いよくブラックコーヒーのカップを傾け、涙目で口元をもごもごさせながら、ん? と首を傾げる。


「アタシは十六だけど……?」


 なんと、まさかの最年少。

 その言葉にリンと、何よりニンゾーが渋い顔をする。


「……ボクより下……?」

「ずず……ブリキ、紅茶のおかわりを頼むでござる」

「あ、はい、どうぞ」

「うむ、ありがとう。ずず……ブリキ、もう一杯」


 動揺しまくりじゃねえか。わんこそばじゃねえんだぞ。


「でもアタシはお前らと違って“妖精”だからな。年なんざ比べようがないだろ。寿命ってとこじゃ人間の数倍はあるし、何より死ぬ直前まで見た目は変わらない」

「そうなんですか?」

「じゃあ小菊ちゃんはずっとあのままなのか? それにしちゃソーニャとずいぶん違うが」

「いや、小菊はまだ成長途中だからな。もう二、三年したらアタシと変わらなくなるんじゃないか?」


 ソーニャとそっくりに成長した小菊ちゃん……

 どうしてだろう、その姿の傍らには、悔しさに涙を呑むオキナの姿がはっきり見えた。いや、あるいはあいつなら心が幼女なら見た目は関係ないと言い切るのだろうか。俺は変態じゃないからそこのところはよくわからんが。


「あの小菊が、数年で……?」


 ニンゾーさんや、戻っておいで。


「……ねえ、ソーニャ。普段はどんなものを食べてるの? それと、毎日習慣にしてることとかも教えて。ほら、髪と肌のケアとか。なにか、なにか秘密があるはず……」


 リンの向上心には舌を巻くばかりだ。しかしなんだな、こうして改めて注目してみると確かにソーニャはスタイルがいいだけでなく髪も肌も健康的でつやがある。

 突然の質問に、ソーニャは困ったように眉間にしわを寄せる。


「……さ、さあ? 別に食べ物って言っても森で取れる山菜とか食べてるだけだし、今はダンジョンボスだから毎日ここまで来てるけどそれまでは朝起きて夜寝るってくらいで……あ、強いて言うなら」

「強いて言うなら?」

「……光合成?」

「参考にならない……」


 さすが花の妖精か。体の構造からどうやら俺達とは違うらしい。

 そういえば遊びに行ったとき小菊ちゃんがひなたぼっこをしているのを時々目撃したが、あれはそうか、光合成だったのか……

 求める答えが手に入れられず、がっくりとうなだれるリン。

 でも、と俺は芝生の上にかいた胡坐の上に片肘を立てリンを見る。相変わらずスリットから覗く長く伸びた足は、こう、男心に来るものがあるし、胸だってそりゃブリキやソーニャと比べたらあれだが、ないわけではない。


「リンは別に気にする必要ないと思うぞ? いまのままで充分だって」

「……ほんと?」

「ほんとほんと」

「ボク、えろい?」


 なぜかわいいではないのか。

 しかし頷いておこう。実際、えろい。


「ああ、えろいえろい」

「えへへ~、そっか、ボクえろいのか~、いやあ、参っちゃうなあ」

「主殿、拙者はどうでござるか?」

「あ、ブリキ、コーヒーのおかわりもらえるか?」

「え? はい、どうぞ……」

「主殿、拙者は……」

「なんかブリキは日に日にコーヒー淹れるのがうまくなってる気がするな。なんかコツとかあるのか……って、く! おいニンゾー、カップ持ってるときに手裏剣二本同時はやめろ」

「それでもキャッチしちゃうんだ。しかも足の裏で挟むって……なんて器用な……」


 最近妙に体が軽いから、つい大道芸のようなことをしてしまった。

 俺は両足の裏で挟んだ手裏剣をそっと地面に落とし、それからカップをもたない左手で取ったのと合わせて束ねる。棒手裏剣だったのも取りやすかった一因だが、我ながらよくできたな。まあ十字や卍字なら角度の関係で取れなかったかもしれないけど。


 俺も日々のダンジョン通いで昔の感覚を取り戻しつつあるのかもしれない。


「まったく、最近は投げてこないと思えばこれだ」

「ちゃんと動かなければ当たらないところに投げたでござる」

「それでもだ」

「ふん、主殿がいけないのでござろう。まったく、主殿は“で()()しい”がないから……」

「デリカシーな」

「………………」

「照れ隠しに手裏剣を投げるな」


 やんややんや。

 一体何度目になるだろう、カップを傍らに置き、俺対ニンゾーの取っ組み合いが始まる。

 ブリキは自分のコーヒーカップにゆっくり口をつけながら微笑んだ。


「やっぱり、お二人と言えばこれですよね」

「……ブリキってなんかすごいよね。きっとボク等の中で一番大人だよ」


 その一言に俺とニンゾーはしばし見つめ合い、静かにそれぞれ元の位置に戻った。


「「……ブリキ、コーヒー(紅茶)のおかわりを頼む」でござる」

「はいはい、でもあんまり飲みすぎても駄目ですよ」


 ブリキ様万歳。

 俺も年相応の落ち着きを持とう。



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