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15.青い空の下で

 地球。

 東京。

 街は混乱の渦に包まれていた。

 ビル。

 爆発。

 炎。

 逃げ惑う人々。

 悲鳴。

 警察車両。

 そして。

 忽然と現れた一人の女が、街を破壊していた。

 これは映画のワンシーンなどではない。

 今、この瞬間、現実に起こっていることなのだ。

 女の名はエルザーレ。

 しかし。

 その身体を支配しているのは、人の意思ではない。

 人工機械生命体だった。

 警察がエルザーレを止めようとした。

 だが通用しない。

 銃声が鳴り響き。

 人々の悲鳴。

 吹き飛ぶ警察車両。

 倒れる警察官。

 誰も止められなかった。

 エルザーレはゆっくりと歩く。

 炎。

 瓦礫。

 逃げ惑う人々。

「……マザラス。やっと帰ってきた」

 空を見上げる。

 その時だった。

 空が歪む。

「……?」

 バチッ。

 バチバチバチッ!!

 空間が裂ける。

 空中。

 穴。

 そして。

「うわああああ!!」

「え?」

 人影。

 落下。

「どけええええ!!」

 ドゴォォォォン!!

 道路陥没。

 土煙。

 沈黙。

「痛ったあ……」

 瓦礫の中から手が出る。

「着地まで考えてなかった……」

 恭子だった。

「私を追ってきたの?」

 と、エルザーレが言う。

「当たり前でしょ!」

 恭子は指を突きつける。

「街をめちゃくちゃにして! 警察まで吹っ飛ばして! 何やってるのよ!」

 エルザーレは少し考えた。

「帰省?」

「そんな軽いノリで地球壊すな!」

 エルザーレが真顔になる。

「……でも、邪魔するなら排除する」

 エルザーレが動く。

 速い。

 人間の動きじゃない。

 踏み込み。

 拳。

 蹴り。

 連撃。

 だが。

 当たらない。

 恭子は半歩だけ下がる。

 避ける。

 身体を捻る。

 紙一重。

 髪が揺れる距離。

 その全てを見切る。

「右」

 回避。

「次、左」

 回避。

「その次は——」

 拳。

 ドゴッ!

「がっ!?」

 エルザーレの腹部にカウンターが突き刺さる。

 止まらない。

 恭子は追わない。

 待つ。

 エルザーレが踏み込む。

 避ける。

 叩き込む。

 避ける。

 叩き込む。

 攻撃の隙を与えない。

 被弾寸前で回避し、確実にダメージを積み重ねる。

 エルザーレの表情が初めて変わった。

「……何?」

 エルザーレは後ろへ跳ぶ。

 距離。

 取る。

 腹部を押さえる。

 理解できない。

 そんな顔だった。

「なんで当たらないの?」

「なんで私の攻撃だけ避けるの?」

 恭子は構えたまま。

「企業秘密」

「何それ」

 次の瞬間。

 エルザーレが地面を蹴る。

 ドン!!

 アスファルトが爆ぜる。

 破片。

 砂。

 ガラス。

 紙切れ。

 全部が空へ舞い上がった。

 そして。

 ふわり。

「……?」

 紙切れ。

 落ちない。

 いや。

 違う。

 落ちる速度が異常に遅い。

 砂。

 ガラス片。

 全部。

 空中で止まったみたいだった。

 世界が静かになる。

 違う。

 遅くなったのは世界の方。

 レイクローディ。

 恭子が前へ出る。

 エルザーレの動き。

 肩。

 視線。

 重心。

 全部見える。

「これが私の本気」

「……面白い」

 エルザーレは腹部を押さえたまま立ち上がる。

 少し考える。

「なるほど。速さが足りないのね」

 次の瞬間。

 一歩。

 踏み込む。

「……!」

 恭子の目が見開かれる。

 空中。

 紙切れ。

 砂。

 ガラス片。

 全部。

 止まったみたいな世界。

 その中を。

 エルザーレが歩く。

 一歩。

 また一歩。

「嘘……」

 速い。

 違う。

 レイクローディじゃない。

 加速してる。

 止まりかけた世界に。

 無理矢理追いついてきている。

 そして。

「……!」

 恭子が目を見開く。

 歩いているように見えた。

 違う。

 違う。

 速すぎる。

 レイクローディで減速された結果。

 そう見えているだけだ。

 一歩。

 また一歩。

 その度に。

 アスファルトが砕ける。

 空気が爆ぜる。

 距離が消える。

(来る!)

 一歩。

 また一歩。

 見えている。

 見えているのに。

 身体が追いつかない。

(ダメ……!)

 拳。

 来る。

 その瞬間だった。

「……!」

 違和感。

 右足。

 本当に僅か。

 一瞬だけ。

 沈む。

 重心。

(違う)

 速度じゃない。

 踏み込み。

 体重移動。

 身体の癖。

(そこ!)

 半歩。

 横へ。

 紙一重。

 ドゴォ!!

 エルザーレの拳が恭子の頬を掠める。

 髪が舞う。

 避けた。

 今のを。

「え?」

 エルザーレの表情が変わる。

 恭子は身体を捻る。

「そこ!」

 ドゴッ!!

 拳。

 カウンター。

 エルザーレの腹部へ直撃。

 一瞬。

 止まる。

 そして。

 ドゴォォォォォン!!

 エルザーレの身体が吹き飛ぶ。

 道路。

 街路樹。

 信号機。

 全部巻き込みながら一直線。

 数十メートル先。

 ビルの壁へ激突。

 轟音。

 コンクリートが砕け散る。

 瓦礫。

 煙。

 そして。

 エルザーレは崩れ落ちた。

「はぁ……はぁ……」

 恭子は息を整える。

 空中。

 紙切れ。

 砂。

 ガラス片。

 まだ世界は遅い。

 だが。

(見えた……。速さじゃない。癖がある)

 その時だった。

 ふっ。

「……あ」

 空中。

 止まっていた紙切れ。

 砂。

 ガラス片。

 一斉に動く。

 ザァァァッ!!

 雨みたいに降り注ぐ破片。

 遅かった世界。

 止まっていた時間。

 全部。

 一瞬で元に戻る。

 レイクローディ解除。

「いたっ!」

 紙切れ。

「うわっ!」

 砂。

「目っ、目ぇぇ!!」

 ガラス片は避けた。

 崩れ落ちたエルザーレ。

 動かない。

 恭子は息を整える。

「……終わり?」

 返事はない。

 一歩。

 近付く。

 その時だった。

 ピシッ。

「……?」

 音。

 エルザーレの身体。

 腕。

 胸部。

 頬。

 亀裂。

「え……」

 光。

 赤い光。

 全身。

 亀裂の奥から漏れ出していく。

「まさか」

 エルザーレの口が動いた。

「……マザラス……」

 声。

 違う。

 エルザーレじゃない。

 人工機械生命体。

「帰り……たかった……」

 次の瞬間。

 ドゴォォォォォォン!!

 爆発。

 衝撃。

 爆風。

 砂埃。

 恭子は腕で顔を庇う。

 やがて、煙が晴れる。

 が、そこには何も残っていなかった。

「終わった……、終わったんだ……」

 恭子は背中から倒れて仰向けになる。

「はあ……」

 疲労からのため息。

 視界に広がるのは、どこまでも青い空だった。


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