国王ファウストの困惑
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「は?何だって?」
「王宮侍女のカメーリア・モレッティ嬢をもらい受けたい」
ファウストは、宝石伯爵の異名を持つ友人、イラーリオ・ジェントーレの言葉を聞き間違えたのかと思ったのだが、聞き間違いなどではなく、ちゃんとカメーリア・モレッティ嬢をほしいと言っていた。
「まてまて、何で急にそんな風になったんだ?お前、まさかもう手を出したのか?」
カメーリア・モレッティといえば、地味だがよく働く娘として侍女長がちょっと目を付けていたはずだ。
何で知っているかと言えば、こっちに上がってくる報告書の責任者の名前でよく見かけるからだ。
王宮で働く侍女は多いので、国王といえどもその全ての人間を把握しているわけではない。
だが、侍女長が推薦してくるような人物ならさすがに覚えている。
カメーリア・モレッティは、侍女長が現場責任者の一人に指名している人物なので覚えていた。
「まだ出してない」
「まだ?というか、お前、一昨日は彼女のことを知らなかったよな?ということは、知り合ったのは昨日の夜会か?え?まさか、一目惚れとかいうやつ?」
一昨日は、侍女に気を付けろみたいな話をしていたから、その時はカメーリアの存在は知らなかったはずだ。その前だって、イラーリオは全然王宮に寄りつかなかったし。
だからきっと出会いは昨日。それも夜会。
イラーリオは出席者として、カメーリアは給仕の侍女として昨日は出ていた。
「一目惚れじゃないなぁ。うーん、一夜惚れ、かな?」
「いやいやいや、何だよ、一夜惚れって!意味深すぎるだろ!」
ファウストの言葉に首を傾げながら意味深な言葉を吐いた友人に、ツッコミが追いつかない。
何だよ、一夜惚れって。字面だけ見ると、意味深過ぎて怖いわ!
手を出していないって言った口で、よくそんなことが言えるもんだ。
「いや、だって、出会った時は、俺が酒と香水の匂いでぐったりしてた時だったし。外のベンチに案内してもらったけど、カメーリアは使用人の態度を一切崩さなかったし」
「……それのどこに惚れる要素が?」
カメーリアはちゃんと使用人として対処をしていた。
カメーリアだけじゃなくて、昨日あの場にいた侍女たちなら、誰もが同じ対応をしただろう。
適切な距離を取り、間違っても誘惑するような真似はしない。
そういう人間だけを選んだのだ。
だから、イラーリオを特別扱いしている様子はなかった。
「あくまで使用人としての態度を崩さなかったところとか、がんばって感情を隠していたけど、時々、漏れてきた怯えた感じが、ギャップがあって面白かったんだ」
「怯えていたのか?」
「そう、厄介ごとに巻き込むなって感じの怯え」
「あぁ、そっちか」
よかった。何かよく分からないけど、イラーリオの態度とか雰囲気とかじゃなくて、純粋に巻き込むな系の怯えだった。
「お前、ああいう娘がタイプだったのか?」
カメーリア・モレッティは、派手な美人とかではない。
どちらかというと、地味な女性だ。
髪は碧色だが、もっと鮮やかな、それこそエメラルドグリーンなどと比べると、ちょっと落ち着いた色だ。
立ち居振る舞いも、目を引くような派手さはなく、気が付いたらいつに間にか部屋の片隅にいるような、気配をあまり感じさせない人物だ。
「何か、小動物みたいで可愛いんだよねー」
「……そうか、小動物か……」
そういえば、この友人は小動物が大好きだった。
今は、猫やら犬やらを飼っていると聞いた覚えがある。
「リスっぽいというか」
「リス?カメーリアがか?」
そんな女性だっただろうか?
「うん」
楽しそうな笑顔のイラーリオにファウストは、これが惚れた欲目?でも、欲目にしてはリス?まさか、リスは飼っていないからちょっと飼ってみたくなったとか?いや、それよりももらい受けるってことは、彼女を後継者候補の一人として考えていた侍女長の恨みを買わないか?、などと混乱しながらも思っていた。
けれど、この友人に婚約者を作ればどうかと勧めたのもこっちだし……。
「……これは、喜ばしい、でいいのか?伯爵家の存続を考えれば、お前にそういう女性が出来たということだけでも喜ばないといけないよな?」
「王国的にも、喜んでいいんじゃないかな?」
当事者が他人事のようにそう言った。
「くそ!何故だか単純に喜べない」
「戦力を引き抜かれたからじゃないのか?」
「そう!それだ!って、引き抜いていくお前が言うな!」
あはははは、と笑う友人をグーで殴りたくなったのは仕方のないことだ。
「あー、ううん、まぁ、おめでとう、だな」
確かモレッティ家は男爵家だったはず。一番下とはいえ、貴族なのだから何とかなる。
「恋人が出来てよかったな」
ここは素直に友人を祝福しようと思ったファウストに、イラーリオがまたしても首を傾げた。
「ん?俺、まだ告白してないけど」
「は?」
おい、待てや。なら、なんで王宮から戦力を引き抜くんだ?
「告白はまだだけど、我が家に来てってお願いしたんだ」
「どういう名目でだ?」
「俺、ベネデッタ嬢に絡まれたからさ。その時、カメーリアを巻き込んだんだけど、ほら、ベネデッタ嬢はちょっと面倒くさそうじゃん。だから、巻き込んだ責任は取るっていう形の引き抜き。うちは宝石で儲かってるから給料はいいし、休みは週に一日は必ず確保するし、近くに温泉が湧いてるから温泉入りたい放題の特典も付けた」
「やべぇ、その条件なら俺も行きたい」
「陛下は真面目にここでお仕事をしててね。あと、風通しの良い職場なので、王宮みたいにどろどろしてないって言ったら、心が動いてくれたみたい」
「くそう。微妙に太刀打ち出来ない!」
王国の中心である城で働けます、っていう言葉だけなら格好よくて箔も付くかもしれないが、人間関係やら派閥やらが面倒くさいのも確かだ。しかも、イラーリオの口から出てきたベネデッタという女性は、ここ最近の騒ぎの中心にいる人物として要注意人物に認定されている女性だ。
「巻き込んだ責任は取らないと。陛下もそう思うだろ?」
にこりと笑ったイラーリオに、これからの騒動を想像してファウストの胃がじくじくと痛み出したのだった。
陛下、ファイト!




