伯爵邸での新しい仕事①
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旅は順調に進み、領都に着いたのはそれから十日ほど経った頃だった。
ジェントーレ領の中心部である領都・リンクス。
山猫を冠される都。
ちょうど領都の真後ろにそびえ立つ山が猫のように見えるから、その麓の街にその名が付いたのが始まりだと言われている。
「うーん、猫ちゃんには見えないです」
カメーリアの素直な感想はそれだった。
そもそも山が大きすぎて、猫のサイズじゃない。
「昔はもっと猫っぽかったらしいよ。ほら、あのくびれの辺りが首っぽくて頭が付いているように見えるだろう?」
「そう言われれば……でも、ちょっと強引過ぎる気もしなくもないです」
「あははは、いいんだよ。その程度の所以で。だいたい自然の何かを別の何かに見立てる時は、強引なのが多い」
「はぁ、まぁ、そうですね」
「けれど、うちの先祖はあの山の恩寵に与ってきた。時には敵の侵入を防ぎ、時には新しい宝石を生み出してくれるあの山を、ジェントーレでは一番大切にしているんだよ」
断崖絶壁も多く、山自体が自然の要塞のようなものだ。
道を知らなければ、リンクスに降りることも出来ない。
見かけは可愛い猫だが、中身はとんでもなく凶悪な山である。
「でも、すっごく大きな街ですね」
リンクスは遠目から見た方がその大きさが理解出来る。
街全体を壁が覆っているのだが、その長さがとんでもなくあり、壁の高さもすごい。
王都に次ぐ賑わいを見せている、とまで言われるのは当たり前だと思えた。
「屋敷は奥の方にあるから、領都に入ってもちょっと時間がかかるよ」
「お偉い様は、昔っから奥にいるのが定番ですね」
「それもあるけど、今の屋敷のある場所が、一番最初のリンクスの街の縄張りなんだよ。つまり、うちの始まりの地でもある」
「始まりの地っていう単語、何だかカッコイイですよねー」
その言葉を聞いただけで、何だかワクワクする。
別にそこから冒険に出るわけでもないし、カメーリアの何かが変わるわけでもないのだが、その言葉だけで気分が上がる。
「普通の屋敷だよ。まぁ、ちょっぴり広いし、建物も無駄に大きいから最初のうちは戸惑うかもしれないけど、その内慣れる。ちなみに、夏は暑くて冬は寒い」
「季節に忠実なお屋敷なんですねー。材質の問題ですか?」
「見た方が早い」
門は当然ながら領主権限でさくっと通過させてもらって街中に入ると、人と物が溢れて活気づいていた。
イラーリオの馬車は途中から貴族街に入ったのだが、それまでの間に見せられた街の活気に、カメーリアは心を弾ませた。
「楽しそうだな」
「はい。昔、祖母に教わったんです。その地の領主がどういう領主かは、街を見ればすぐに分かるって。重税で苦しめている領主の民に笑顔はない、って言っていました。その点、ここはとてもいい環境だと思います」
そうやって笑顔で街を見ていたカメーリアだったが、馬車から降りた瞬間に固まった。
「……え?大きくありませんか?本当にただのお屋敷?」
カメーリアの前に、大きめの屋敷、というか宮殿(?)っぽい建物が現れた。
「歴代の伯爵の趣味が色々反映された結果、建物が大きくなっただけだよ」
「それにしても、なかなかな大きさじゃありませんか?」
「見て回ると分かるけど、稀少な宝石を保管してある倉庫や、職人たちが仕事をしている区画もあるんだ。基本的に自分の工房で仕事をしているが、それが稀少な宝石だった場合、それを狙う者も現れるから工房では守り切れない。家人も危険にさらしてしまうことになるしね。そういう時は、ここの工房を使っているんだよ。護衛には騎士が付くし、管理もしっかりしている。作った物も引き渡すまでここで保管していいんだ」
「そうやって職人さんたちを保護しているんですね」
「そう。彼らの技術は失われてしまったら大損害になるから。一朝一夕で身に付くものじゃない。出来るだけ技術を次の代に継承させたいから、自分たちの弟子以外にも、ここでたまに講習なんかもやってもらっている」
「すごいですね。そこまでちゃんと考えている領主様は、なかなかいらっしゃいません。ジェントーレ伯爵家が栄えている理由が少しだけ分かりました。ここまでやるから、領主家と職人さんたちの距離も近いのですね」
腕の良い職人の保護は、領主の役目だ。時には商人との間に入ることもある。
不当な金額で買い上げられないように。その技術が失われないように。
代々のジェントーレ伯爵が行ってきたことだ。
イラーリオ自身、当たり前だと思ってきたことだが、外から来たカメーリアにこうやって褒められると悪い気はしない。
「そう言ってもらえると、さらにやる気が起きるよ」
「本当ですか?私でよければ、いつでも言いますよ」
「いつでも?」
「はい」
「ふーん、そっか」
その『いつでも』という言葉に期限は設けなくてもいいのかな?
イラーリオは、ちょっぴり迂闊なカメーリアに、にこりと笑いかけたのだった。




