第38話 民衆の支持
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レオは、王宮前広場にザッと足を進めた。もちろんセレスも隣にいる。
門を守る騎士団員たちが静かに道をあけた。夫婦の半歩ななめ後ろにつけたマティアスとともに、民衆の前に出る。ラヴォー兄弟、そして仮面の夫人の姿に民衆がどよめいた。
「みんな――」
仲間に対するようなレオの呼びかけ。誰もが固唾をのむ。
「どうやら大変な苦労をかけているようだ。俺はさっきビルウェンとの国境から戻ってきた。このたび街のあちこちが封鎖されたことに無力だったのを詫びよう」
軽いざわめきが起きたが、人々はおとなしく聞いていた。
セレスもおっとりと微笑み、民衆にうなずいてみせる。顔見知りの者が手を振るのには、小さく手を挙げて返したりした。
和やかな滑り出しの演説だが実は、しゃべっているレオ自身「何をやらされているのか」と困惑気味だった。
なんとなれば、言うべきことを後ろからマティアスにささやかれているのだ。その指示をそれらしく翻訳し朗々と述べるのがレオの役目。
「(敵は撃退したから安心、と大げさに)」
「マルロワの地を奪わんとした連中は、すみやかに去らせた! 国境の砦は堅牢で、なんの憂いもない!」
人々から拍手と歓声が起こるのをレオは戸惑いつつ聞いた。だってレオはただの騎士団員なのに。なんだか盛り上がってきたが、いいのだろうか。
「(これからはレオが民と王都を守る、と)」
「しぱらく留守にしていたが、俺も王都へ戻れた。またみんなのために働くことができて嬉しい。富める者、貧しい者、すべての民が幸せであれるよう力を尽くすつもりだ!」
オオーッとどよめきが広場を揺らす。
事前にマティアスからは「上の立場から語りかける感じで」と注文されていた。レオの父は筆頭公爵で、演説も幼い頃から見慣れている。そんな雰囲気でやってみたら聴衆がノリノリになってきて、レオは軽くビビった。だがマティアスは容赦ない。
「(贅沢をあらため民に寄りそうと約束しろ)」
「このところ何かと式典を行わなくてはならず、また戦も起こってしまった。みんなに負担を掛けたのはわかっている。今後は奢侈をあらためるべきだろう」
レオはそれを言う立場ではないのだが。もっともらしく話しているくせにレオ自身にも迷いがあった。でもこうなったら突っ切るしかない。
「(もうひと声。不作の年は食料輸入もすると)」
「特に今年は小麦の出来が悪かった。そのような場合は貿易も活用するべきだと思う。民を飢えさせてはならないと俺は考える」
今度は商人たちからも大きな喝采があった。関税優遇だの国庫による買上げ措置だのを期待してのことだ。
「(政を作り直し、国を支えるので今は耐えてくれと)」
「みんなには我慢ばかり強いたな。だがこれから政は変わるだろう。俺もマルロワのために存分に働こうと思う。今こうして不満を訴えたみんなの心はよくわかった。だがあと少し、時をくれないだろうか!」
拍手が起こった。歓声が沸く。「頼むぞ、レオさん!」の声。そして――「男爵夫人、いつもありがとうな!」。
「――皆さま」
自分を呼ぶ声に突き動かされ、セレスは口を開いた。いつもの市場にいるようにやさしく呼びかける。
「お願いです、今は家に帰りましょう。人が集まっていると警らに出ないわけにいきません。不穏な空気があれば市場を開けることもできません。皆が飢えてしまいます。どうか――どうか!」
真っ直ぐに訴えるセレスのひたむきさに民衆も耳を傾けた。顔を見合わせうなずき合う者たちもいる。
先ほどのレオへ向けた反応は、厚い信頼。だがセレスへ人々が寄せるのはもっと温かい何かのような気がする。
いつの間にか民に愛されていた妻のことが誇らしく、レオは戦いの疲れが癒えるように感じた。
人々の空気がやわらかく揺れたところでマティアスが進み出た。
「我らは決してマルロワの民を見捨てません。議場では今、この国を動かすため議論が尽くされているところです。信じて待っていてくれませんか」
「そのとおりだ。きっと――何かが変わる」
力強く断言するレオの言葉に、どこからともなく賛同の声援が上がった。
「レオさん万歳! セレスちゃん頑張ってくれ!」
気安い呼び名が聞こえてきてセレスは目をパチパチする。いつの間にその言い方が広まったのだろう。
ついレオを見上げて困った顔をしてしまうと、たまらず吹き出したレオと一緒に広場か笑顔に埋めつくされた。
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広場から引っ込んだセレスとレオの仕事ぶりに、マティアスは上機嫌だった。悠然とした足取りで廊下を奥へ向かう。
「悪いがまだ付き合ってもらうよ。やっと再会できたところだが……決着がつくまで帰すわけにいかなくてね」
「議論は――どうなったかな」
マティアスが中座してきた会議――リュシアンの退位についての協議はどうなったのか。レオもセレスもその行方に無関係ではない。
もしリュシアンが退位するならば、セレスの妹ミレイユは王妃の座から転がり落ちる。
そしてその後に即位するのは順当にいけばレオの兄・マティアスになるのだ。
王宮の会議場に招き入れられ、セレスは緊張に硬くなっていた。さすがに慣れない場所だ。
セレスに議論を聞く必要があるだろうか。控えの間にいた方がいいのでは。不安にかられるが、隣のレオも難しい顔だった。
会議の結果は二人とも知らない。ともに議場へ戻ってきたマティアスも。
マティアスは、ある提案を父ラヴォー公爵に預けてから広場に出ていたのだが――どうなっただろう。
「セレスティーヌ、さすが我がヴァリエ家の娘だ」
突然浴びせられた称賛の言葉は、セレスの父からだった。意味がわからなくてセレスは夫に体を寄せる。
父であるヴァリエ侯爵はいつも長女セレスを厳しく躾け、次女のミレイユは甘やかして放任していたのに。何を今さらすり寄るようなことを。
「ヴァリエ侯爵、お控え下さい」
冷ややかに制したのは宰相ラヴォー公爵だった。対照的にマティアスは勝利の笑みを浮かべる。自分の案が通ったとわかったのだ。
「父上、ではあのように?」
「うむ。皆さま方もなるほどとうなずかれた。あとは本人次第だが――」
そこにいた一堂の視線がレオに集まる。隣のセレスも一緒に注目を浴び――胸騒ぎにふるえそうだった。貴婦人としての矜持をかき集め、なんとか耐える。
何故か円卓の奥、宰相の隣席へ座らされたセレスとレオは戸惑っていた。
だが何か予感がする――新たな人生の幕が上がるような、期待と怖れが入り混じる感覚だった。
皆の着席を確かめ、自分はス、と立ち上がった宰相ラヴォー公爵。重々しく口を開く。
「我々は国王リュシアン・ド・マルローに退位を求める。そして新たな王として立つべきは――」
ラヴォー公爵は隣に座ったみずからの次男を見やった。
「継承権第二位を保持する者、レオ・ド・ラヴォーだと認定した」
異議なし、の声が議場に響いた。




