第37話 再会
ウスターシュと共に、レオは王宮へ向かった。早く館に帰りセレスの顔が見たいが仕事は完遂しなくてはならない。
途中、街路の寒々しさに胸が苦しくなった。真冬のこととはいえ、こんなにひっそり――いや、ピリピリしているのを見たことがあるだろうか。人々が道端にうずくまったり、扉の隙間から様子をうかがったりしている。
行きあった騎士団の仲間たちはレオに戦勝の祝福を伝えてくれた。こんな状況にあると、レオの帰還は心を軽くしてくれる報せなのだ。
「……こちらも大変だったんだな」
「だねー。まあ俺らは指示に従うだけだよ。飛び回ってるフェルナン団長と宰相補佐官殿は苦労してそうだけど」
ウスターシュはニカッと笑う。
「補佐官殿、ずっと陛下をなだめすかして働かせてるんだってさ。団長が同情してた」
「同情……はは……」
その感想は喜べない。
今回の騒ぎでリュシアンへの評価が各所で決定的に悪化したのだと知れた。
王宮前の広場には人が集まってきており、警戒の騎士団員が何重にも門を守っていた。
物資を配給するという話に期待して来た貧しい者が多い。だが身なりの整った連中もいて、それは商会から寄越されたのだろう。提出した要望書への反応をうかがっているのだ。
「……これは何を待ってるんだ?」
「うーん。配給じゃなさそうな人もいるね」
退位要求があったことを末端のウスターシュはまだ知らない。レオと一緒に首をひねった。
広場に馬を曳いてやって来たレオの姿は目立つ。旅装のその人が「騎士団のレオさん」だとわかり広場はざわついた。国境で勝ったらしいと噂になっていたのだ。小さく歓声があがり、レオは手を挙げて応えた。
門をくぐったレオは、騎士団に戻るウスターシュと別れた。そして独り、国王リュシアンへの取り次ぎを願い出たのだが――案内された控えの間には先客がいた。
「レオさま!」
「セレス?」
はじけるように立ち上がったセレスが瞳を潤ませる。いきなりの再会にレオは自分の頬をはたいた。
「夢じゃないのか? どうして王宮にセレスが」
脱いだマントを放り出し、レオは妻の元に駆け寄る。おそるおそる触れた頬は、確かにセレスだ。たまらずにグイ、と抱きしめた。セレスも愛おしい胸に顔をうずめる。
戦地へおもむく夫を見送った朝からの緊張が溶ける気がした。やっと帰ってきてくれた。無事でよかった。だが頭の上から降ってくるレオの声に心配がにじんでいる。
「セレス、こんなところで俺を待っていたのか。王都は危ないのだろうに、館にいなきゃ駄目じゃないか」
「……私、陛下にお願いがあって来たのです……はねつけられましたけど」
「陛下?」
セレスは寂しそうに目を伏せる。民に寄り添ってほしいという願いは国王夫妻に届かなかった。
「レオさまが帰るまでにこの混乱を鎮めたくて。でも力が及びませんでした」
「セレス……」
申し訳なさそうにするセレスだが、レオはそんなことどうでもよかった。元気にしていてくれればいい。そっと唇をついばもうとしたのだが、そこでコンコンとドアが鳴り二人は飛び離れた。
「……お邪魔かな?」
ヒョイとのぞいたのはマティアスだ。
「兄さん!」
「やあレオ、お帰り」
言葉は軽いが、マティアスもさすがにホッとしている。弟を戦地に追いやる陰謀を企んだのはマティアスなのだ。
「無事でなにより。いいところに帰ってきてくれたよ」
「兄さん、こっちの情勢はどうなってる?」
「すまんな、帰るなり心配させて――商組合や有力商人に沈静化への協力を求めているんだが、さっき向こうから条件を付けてきた」
「どんな?」
訊き返され、マティアスはセレスのこともチラリとする。
「……陛下の退位だ」
「なっ……!」
「まあ……!」
男爵夫婦は絶句した。そこまでの事態になったのか。先ほど宰相がマティアスを呼びに来た理由が判明し、セレスは身ぶるいする。自分は政変のただ中にいるのだ。
だがしかし。そうなると。
「兄さんが、その後を……?」
「私は柄じゃないと思うんだがなあ。今、高位の貴族たちで会議中さ。当事者なので中座してきた」
「ああ……いや、しかし兄さんなら立派に」
「まあまあ」
マティアスは軽い調子で笑うとレオの背を押して部屋の外へうながした。どこへ行くのかセレスのことも手招きし、二人に上着を持たせた。
向かうのは王宮の門だ。今は謁見などできない。ここで待機していても無駄だった。
「陛下は何も知らされず部屋に軟禁されているよ。レオが戦果を奏上する相手は未定だ」
「……なんてこった」
廊下を歩きながらレオはクシャ、と髪の毛をかき回した。
カツカツという三人分の足音がむなしく響く。王位とはこんなにあっけなく奪われるものなのか。豪奢な王宮などただの張りぼてだと身にしみた。
「……驚いたろう。戦いに行ってる間に、すまん」
マティアスは弟を優しい目で見た。
「俺の留守にそんなところまで……だがその要求が馬鹿げていると言い切れない空気なんだな」
「ははは、そうなのさ。会議に集まった連中も、明らかに退位に反対の顔をしてたのはヴァリエ侯爵だけだった」
「申し訳ありませんわ」
セレスが謝罪した。
ヴァリエ侯爵。セレスの父。ミレイユの父でもあるので、せっかく娘が手に入れた王妃の座を惜しむ思いがあるのだろう。レオは苦言を絞り出した。
「俺の義父でもある人だが。そういう私利私欲にかまけているから、こうなるんだろうに」
「同意だ」
マティアスは王宮の門をのぞむ所まで二人を連れていった。外には群衆が詰めかけている。
(……どんどん人が増えてるな)
レオは危機感を抱いた。このまま人々が王宮になだれ込むようなことがあれば――王権そのものが崩れかねない。
マティアスも眉を下げる。だがその顔には焦りなど欠片も浮かんでいなかった。
「ちょっとマズい感じだろう? だからレオ、ひとつ演説をぶってくれ。できれば男爵夫妻で寄り添ってやらかしてほしいんだ」
「は?」
兄の言う意味がわからずに、レオは怪訝な顔になった。




