第36話 退位要求
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「ああ……そうきたか」
つぶやいたのはマティアスだった。届いた要望書を読んでの感想だ。
今ここには主だった貴族たちが集まっている。暴動に対応するため元々王宮に詰めている者も多かったのだが、緊急の会議が開かれることになったのは重要な議題のせいだ。
しかしここに国王リュシアンの姿はない。何故なら政府に突きつけられた要求は――リュシアンの退位だったのだ。
「うむ――」
ラヴォー公爵はがっくりと肩を落としていた。
公爵は先王の時代に宰相となりマルロワのため尽くしてきた。リュシアンの即位後も力を惜しむことはなかったのだが、その尽力はリュシアン本人に無視されている。さらに民衆から国王を否定されてしまってはいたたまれないだろう。
「父上は精一杯のことをなさいましたよ」
マティアスの表情も硬い。いや、そう装っていた。
リュシアンを退位させたら、その次に継承権を持っているのはマティアスだ。これはマティアスを次代の王として推すべきか否かという会議なのだった。本人としては否定も肯定もしにくい。
そういう流れになるよう謀ったのはマティアス本人。だがここまで明確な形で外部から要求が出るとは。
(ギードのやつ、さりげなく焚きつけたのか?)
商人たちの不安をあおり、言説を操ったのかもしれない。頼りになる男だ。
「すまないが、我がラヴォー家はこの件について発言することはできん」
静まり返った貴族たちに、ラヴォー公爵は宰相としての職責を一時停止すると宣した。
「現在の王位継承権、一位と二位は私の息子たちだ。そんな立場では皆々さまの裁定を待つしかないと思う。ご理解いただきたい」
そこで是非うちの息子に王位を、などと言わないところがラヴォー公爵だった。もちろんマティアスもそれに倣う。
「自由に発言していただくためにも、私は席を外しましょう――マルロワの今後のため、活発な議論をお願いいたします」
――そして外に出たマティアスは、父公爵に向き直る。難しい顔だ。
「父上、私は即位を要請されると思いますか」
「マティアス――逆に問おう、今のままでよいと思うのか?」
その言葉で父の覚悟がわかった。
王家の血を引くとはいえ臣下の身から成り上がる王位。不満も敵も多く出よう。それを支えるのは並大抵のことではないが、やるしかない。ラヴォー公爵はそう言った。
マティアスはクシャ、と顔をゆがめて微笑んだ。だがすぐに――真顔になる。
「現状は打破せねばなりません。しかし――私は王位に就く気など、毛頭ありませんよ」
その言葉に凍りついた公爵は、息子の真意をはかりかね険しい視線を送った。
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ラヴォー家の父と長男が厳しいやり取りをしている頃、次男であるレオは王都にたどりついたところだった。
だがそこで異変に気づく。街の門に、普段はいない騎士団員の姿があった。
「あーっ! レオ! おっかえりー!」
ぶんぶんと手をふったのはウスターシュだ。レオが帰着するはずということで、フェルナン団長が派遣しておいたのだった。
不意の出迎えにレオは困惑する。だがウスターシュは容赦なくレオの馬の轡を取った。
「いやいや、なんだよ? 俺の手綱なんか引かなくていいぞ」
友人にそんなことをさせておけない。馬から下りるレオにウスターシュはエヘヘと笑った。
「ちょっと昨日から、市中で暴動が起きちゃっててさ」
「はあ!?」
レオは目をむく。暴動とは穏やかじゃない。そんな報告をウスターシュにさせないでほしかった。緊迫感がなさすぎて気持ちが迷子になる。
ウスターシュは苦笑いで説明した。貧民により外国商人の倉庫が襲われ、鎮圧したこと。だが似た案件がちまちまと発生していること。おかげで市場などを封鎖せざるを得ず、住民が困窮しそうなこと。
レオはため息をこらえた。王都の民が不憫な状況なのはわかっていたが、そんなことになってしまったのか。
「で、騎士団の対応は」
「俺らは道路の封鎖と巡回。警ら隊が現場の取り締まりと捕縛をやってる」
「……その程度で済んでるんだな」
レオが安堵したのは、王国軍が出て苛烈な弾圧を、という局面にはなっていないことだ。共に早馬で戻ったのは少数の従者たちだが、彼らはこれから軍に戻るのだから。
だがウスターシュは声をひそめた。
「陛下は不逞の輩など圧し潰せ、って言ったらしいけど」
「……そうか」
言いそうだと納得してしまい、レオの心はグラリとよろめいた。
「でもフェルナン団長と宰相補佐官殿がとめたんだってさ。レオのお兄さん、やるねえ」
「兄さんが……よかった」
「まあそんなわけだから、心がまえして王宮に行っておいでよ。国境での戦果はいちおう陛下に奏上するべきなんだろうけど……」
情勢が時々刻々と移り変わっているのでリュシアンはとても不機嫌かもしれない、とウスターシュに脅された。それでも行くしかないが。
「あ、それで奥方なんだけどさあ」
「セレスがどうかしたか!?」
レオからの手紙は出したが、逆はできなかったのだ。留守の間の消息は知りたくてたまらなかった。食いつかれてウスターシュがタジタジとなる。
「げ、元気だと思うよ。最近よく下町に出て、慈善事業をやってる。市中を巡回してると会うんだ」
「……そうなのか。しかし危なかろう」
「この数日は見ないな。町の雰囲気が悪くなったから館にこもってるんじゃない?」
「ならばいい」
セレスが暴徒に襲われていたらと不安だったが、レオは胸をなでおろした。するとウスターシュが照れくさそうに続ける。
「奥方の侍女のコラリーさんって面白い人だよね。彼女……結婚してる?」
「……あん?」
キナ臭い話から一転、浮かれたことを言われてレオはポカンとした。なんとか頭を切り替える。
「コラリー? いや、独り身だが……」
「本当? すっごく話が合うんどけど、脈アリかなあ」
「……さあな」
そんなこと知らない。男女のことには不器用なレオに訊かれても、どうとも答えられなかった。




