第32話 陰謀が始まる
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レオの「イタズラ」に翻弄されたべーレンツ伯はしびれを切らし、ビルウェン中央の援軍なしで動いた。不安に駆られた将兵からの突き上げで動かざるを得なかったのだ。
マルロワ軍の主力は砦にこもっている。
数としては同等か、あるいはベーレンツ伯軍が上まわっていると斥候は上申した。
斥候が帰ってくるのだから、森も制圧されているわけではない。
――街道より正面突破。同時に軽装歩兵を森に展開し、側面を警戒せよ。
ベーレンツ伯はそう命じた。
相手が全軍をあげて動いたのは、すぐ砦のレオに伝わった。こちらも街道に騎兵部隊を集結、進軍させ迎え撃つ。
しかし実はこの時点ですでに、トマたち砦の警備隊は森をほぼ押さえていたのだ。
ベーレンツ伯の放った斥候が無事に帰ったのは、泳がされていただけ。そこここに仕掛けられた罠、そしていきなり飛んでくる矢により、伯軍の森林部隊は遅々として進めなかった。
街道の本隊の方ではマルロワが劣勢だった。
広くもない道のこと、先陣同士でやり合うしかない。だが先頭に立つ騎馬隊は何故か戦意が高くなかった。少しベーレンツ伯軍と剣を合わせたかと思うとすぐに退き、弓兵の斉射によりさらに退き……とじりじり砦近くまで押されてしまう。
その時だ。
マルロワ軍の先頭にいた栗色の髪の指揮官――レオが「撃てッ」と叫んだ。同時に騎馬隊が散開する。
ドオォーンッ!
轟音は伯軍の先頭に着弾した岩によるものだった。砦の上から投石器で狙ったのだ。続いて一撃、二撃。初弾ほどの大きさではないが石が降ってくる。
浮足立ったベーレンツ伯軍へ、マルロワの弓兵から斉射が浴びせられた。弓で応戦しようにも投石から逃れる騎馬兵が邪魔をする。それにこの距離では砦の上に矢は届かないのだ。
誘い込まれた。
ベーレンツ伯は舌打ちする。ここはいったん退いて立て直そう。
伯は後退を指示するが、そこへいきなり森の中からも射掛けられた。兵は混乱し、我先に走り出す。
こうなると収拾がつかない。元より戦意が低かったベーレンツ伯軍は一気に壊走し、張っていた陣も放棄し逃走したのだった。
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「――なるほど。レオが役目を果たしてくれましたか」
報告に目を通しマティアスは安堵の笑みを浮かべた。うなずいた将軍も同様だ。
「優秀な男だが、実戦の指揮は初めてでしたからな。送り出してからは胃が痛かった。彼が失敗すれば私も軍を辞するつもりでおったよ」
腹をさすってみせられ、マティアスは頭を下げた。
「弟に目をかけていただき感謝します。いや、将兵を死なせないよう策を練ると書いて寄越された時には、長期化するのかと気を揉みました。補給の問題もありますので」
「あくまで補佐官としての物言いをされるが、言ってもよいのですぞ。兄君として心配だったと」
「――そうですね。あんなにデカくなった弟に言うのもなんですが、私はあいつが可愛いんですよ。子どもの頃からずっと」
やわらかく目を細めるマティアスを見て、将軍はハッハッと大きく笑った。公爵家の兄弟が、得意分野は違えど仲良く国に尽くしている姿は頼もしい。マティアスは書簡をしっかりと読み返しながらホッとした顔だった。
「――国境の監視は続けさせつつ、レオはすぐに戻るのですね。報告と今後の相談のため、ですか」
「新婚の愛妻も安堵なさろう。それに――王都の雰囲気がよくないのも気になる。騎士団に彼がいてくれた方がよいと思っていたのだ」
ピリピリする騎士団と警ら隊、不満が噴出する宮廷。そんなものを憂う将軍の表情にマティアスは強く同意した。
暴動が発生する時にはレオにも王都に居合わせてほしいと思い、実行の日程を遅らせたのだ。レオがすでに進発しているならば、ギリギリ間にあうだろうか。
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王都とはいえ下町になれば、町並みはごちゃごちゃしたものだ。
細い路地がいり組んだ奥ならどこにでも、雑な食事と酒を出す場所がある。その日の仕事にありつけなかった連中がクダを巻きながら暖をとるのが日常の店だ。村で食えなくなり流れてきた者や異国から逃げてきた者も多い。
そんな界隈で最近、物騒な話を持ちかける男がいると噂があった。
「俺はビルウェンの商人にだまされて財産を巻き上げられた」
そう不満をぶちまけては、その商人の倉庫を潰さないかと仲間に誘うのだ。
「あいつに復讐したいんだ。倉庫には食料もたんまりあるぞ。こんど王宮で開かれるパーティーにも、その商人がいろんな物を売り渡すはずだ」
そんなことを言ってチビチビ酒を飲む男は不思議なことに、会った人間によって風貌がいろいろに言われていた。
痩せた小男。いや、背は高かった。太っちょだ。黒髪だった。ハゲていた。
これはギードが送り込んだ男が三人いたせいなのだ。首謀者を絞り込ませないためのズルいやり方。
だが誘われた人間は、そんなことどうでもいい。とにかく金が手に入る話があるなら乗るしかないのだ。盗みでもしないことには飢えるしかない。
それにここはマルロワだ。よそ者のくせに儲けているビルウェン商人がいるのなら、ちょっとぐらい富を分けてもらってもいいだろう。
そう言い訳をして話に乗った連中が、川岸に集まってきていた。
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「――倉庫街で暴動だと!?」
警ら隊の急報がもたらされた王宮で、国王リュシアンは悲鳴をあげた。
国王執務室にいるのはリュシアンとマティアス。そして報告に来た騎士団長フェルナンだ。上品な風格ただようフェルナンは、そこはかとなくリュシアンをさとす口調になった。
「暴動とまでは……貧しい者達が食べ物を求めている、ぐらいのことかと」
「しかし襲撃したんだろう! そんな無法を働く者ども、すぐに排除せよ」
ヒステリックに叫ぶリュシアンをマティアスはなだめる。
「まあまあ陛下。フェルナン殿がお知らせに上がったのですから、もう騎士団も動いているのです。どうぞ続報をお待ちください」
「う、うむ……」
ひとまず黙るリュシアンだったが、指が苛々と机を叩いた。
リュシアンは、結婚祝賀舞踏会の時に倉庫街で火事があったのを実は気にしていた。民衆に祝福されない国王だと笑い者にされたように思い、ずっと根に持っている。
だったら民に愛されるように行動すればいいものを、とマティアスは内心あきれていた。地位にふさわしく振る舞うこともせず、民心だけを求める王などマルロワにはいらない。
「フェルナン殿、賊はどの程度の規模でしょう」
「当初は十数人だったと警ら隊からは。しかし倉庫にある物資を求めて老若男女が集結しつつあるとかで、手が出せんのです」
「ああ、それは……」
難しい顔をしながら、マティアス腕を組んだ。本当はその展開も予定通りだが。
「女子供をどうこうするのは騎士道にもとりますからね」
「そのとおり。新しく群衆を近づけないように付近を封鎖していますが、手をこまねいているのが実情ですな」
「そんな連中どうでもよかろう、さっさと蹴散らせ! 騎士団ができないというなら王国軍を差し向けるぞ!」
憎々しげに吐き捨てるリュシアンを、マティアスはまたたしなめた。
「陛下、彼らは我が国の民です。これは反逆というより、飢えた人々が物乞いに集まっただけ。王者の慈悲を見せ、これ以上の騒ぎにせぬのがよろしいかと」
「どうしろというんだ! ならばマティアス、おまえが行ってこい!」
駄々っ子のようにわめかれて、マティアスとフェルナンは言葉をなくした。




