第31話 謀略の準備
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王都ではビルウェン商人ギードが乾いた笑いを漏らしていた。
「……王妃の誕生パーティーですと?」
敬称をつけるのも忘れ、呆れ声になる。その相手は満面の笑みのマティアスだった。
「そうなんだ。陛下が周知させていないのは、いきなりのお祝いで妃殿下を驚かせたいからで」
「はあ……王妃、愛されてますなぁ……」
ギードは冷笑するのさえ面倒くさくなり、投げやりだった。
国境では紛争、王都でも不満うずまくこのご時世。なのに愛妃へのサプライズパーティーを企画する馬鹿王とは。どれだけ世情にうといのか。
ここは再び、ギード商会の応接室だった。
マティアスから王都で起こす暴動の延期を申し入れられ、ギードは説明を求めた。そしてやって来たマティアスが暴露したのは、パーティーの計画。
「この件が広まったら、暴動のきっかけとして申し分ないよ。自然な流れでないと。疑念をもたれたくないからね」
「まったくで」
「でもあんまり自然すぎて、君が暗躍するまでもなかったかもしれないな」
「……タダ働きはご勘弁を」
ギードは念のため釘を刺す。ギード自身とビルウェン王国に益があるからこその謀略だ。言われたマティアスは機嫌良さそうに笑った。
「もちろん。私がいちばんの高みに上ったら、という約束は忘れていない。こちらも信用問題だからな」
「お願いしますよ」
「ああ。で、陛下が明日にも通達を出すはずだ。貴族にはパーティー出席要請、商人には急な仕入れの依頼。もちろん王妃には内緒にせよ、という甘ったるい指示も含めてね」
「そして下々の不満爆発、と」
「そんな流れだ。騒ぎが広がりすぎないように抑える方が重要になるかもしれないな……」
マティアスはそこだけ真顔になった。民や街に被害が広がっては困る。
ギードも深々と頭を下げ同意した。マティアスがすみやかに収拾し、名を上げてもらうために起こす事件なのだから。
二人は細かく打ち合わせる。
主に市中で動くのは、ギード商会の人間として滞在しているビルウェンの連中だ。彼らは事件がマルロワをかき回す陰謀だとは認識しているが、宰相補佐官マティアスが裏にいるのは教えられていないという。
「もし彼らの身柄が拘束されるようなことがあったら、私が内々に手を回そう」
「お願いいたします」
協力者へのそんな気づかいも欠かさないマティアスは、それなりの王になるだろう。
マルロワ王に恩を売ったギードは今後、二国間の貿易で有利に立ち回れる見込み。謀略の片棒をかつぐのは確かに危険だ。だが長い目で見ればこの策は、ギード商会に莫大な利益をもたらすはずなのだった。
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妹ミレイユの誕生パーティーへ出席するよう命じられたセレスは暗澹とした。
(……今はそんな場合じゃないのに)
王都に暮らす民には、飢えそうな者もいるのだ。貴族たちからも国王夫妻への苦言が陰で相次いでいる。
表立って伝える者は誰もいないのか――と思うが、セレス自身も妹に陳情したが拒絶されていた。聞く耳を持たない人間に忠言しても、むしろ憎まれるだけ。
そういえばマティアスも国王の言動を諦めているように思えた。だからせめてもの努力で慈善事業に協力してくれたのかとセレスは勝手に納得する。
炊き出し以降もセレスは町におもむいている。おかげで住民には「仮面の男爵夫人」として知られるようになった。
そして警ら隊の面々とも、もう顔見知りだ。巡回の人員がいる時間と場所を教えてもらい、それに合わせて出かけるようにしたのでお供はコラリーだけになっている。でも町をよく知るコラリーは「奥さまを危険な目にはあわせませんよ」と頼もしかった。
「あらウスターシュさん、ご苦労さまでーす」
「やあコラリーさん」
騎士団のウスターシュともよく行きあう。ノリが軽いコラリーとウスターシュは、すぐに打ち解けて話すようになった。セレスにもにこやかに礼をしてウスターシュは軽口を叩いた。
「レオから手紙、来てます? あいつのことだし、どうせ寂しがってるんでしょうけど」
からかう目をしたウスターシュに、セレスははにかんだ。控えめな愛の言葉が記された手紙はセレスの宝物だ。
レオは王都への伝令のたびにセレスへも手紙を寄越す。詳細な軍事行動については書いたりしないが、砦の兵たちと仲良くなったと知り安心した。領地に目立った被害もなく、事態をおさめるよう策を練っているらしい。
「ねえウスターシュさん、騎士団の巡回ってこんなに多かったです?」
やたらと出会うことに首をかしげてコラリーは尋ねた。ウスターシュはキョロ、としてから声をひそめる。
「フェルナン団長の指示で人数増やしてるんですよねー。ほら、サプライズ誕生パーティーのことで皆が怒ってるし」
「ああ……すみません奥さま」
気安げに話す二人はセレスに申し訳なさそうにした。妹ミレイユの悪口だからだ。でもその評判は自業自得、セレスは仕方なさそうに首を振る。
「いいのよ。あの子も目を覚ましてくれたらいいのに」
だがセレスの感想はそこで終わらなかった。
「ところで団長のご指示ということは、何か不穏な動きがあるから――ですね?」
静かに問いただす毅然とした口調。ウスターシュは「やべ」と言ったきり硬直した。
息が白くなる真冬なのに。気のいい騎士団員は、男爵夫人の気品の前に冷や汗を感じていた。
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セレスから届いた手紙に目を通し、執務室のマティアスはため息をついた。
(バレたか……)
だが、半分だけだ。重要な部分についてはまだ大丈夫。
セレスの書簡は陰謀そのものに気づいたのではなかった。騎士団が目を光らせるほど王都の雰囲気は危険なのかと尋ねてきたのだ。
マティアスは騎士団と団長フェルナンに対し、「騒乱が憂慮されるので住民に被害が及ばぬよう見回りを強化してほしい」と要請した。
それは暴動を起こした後、すみやかに鎮圧し範囲を広げさせないため。そして無関係の悪党が触発され乱暴を働いてもすぐ制圧できるようにとの備えだ。
謀略の実行は二日後。そこに向け、マティアスは自然に警戒態勢を整えていっている。
「我が義妹殿は本当に物事をよく見ているよ」
勤勉で、おごらず、出しゃばりはしないが困っている人を見過ごせない。根底にあるのは優しさと慈愛。
セレスはその純真によりレオの心をとらえ、そして民の尊敬も集めつつある。
こんな女性がレオを愛してくれたことにマティアスは感謝した。弟の幸せを祈る気持ちは本当なのだ。
「少し苦労をかけてしまうが……」
これから起こる政変へ、レオも共に立ち向かってほしい。
我がままな願いを胸に、マティアスはセレスへ返書をしたためた。しばらくは館で安全に過ごしているように、と。
騒動でセレスの身に何かあったら、レオは立ち直れないほど悲しむだろう。それはマティアスにとっても痛恨の未来。
――コンコン。軽いノックにマティアスは書き物の手をとめる。
「はい、どうぞ」
「補佐官殿、失敬」
丁重な姿勢ながら悠々と入ってきたのは将軍だった。レオが師事した軍人は、晴れやかな顔をしている。
「――やりましたぞ。貴殿の弟君は仕事が早い」
ヒラ、と執務机に置かれた書簡は、国境の砦にいるレオからの戦勝報告だった。




