第30話 戦術的いたずら
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軍を率いて国境の砦に乗り込んだレオは、とにかく相手方・べーレンツ伯の情報を探っていた。
国境からマルロワ王都への急報、出陣の命令、到着。その間に何日も経過してしまったのだが、ビルウェンの動きはにぶい。越境し突ついてくることもなかったらしく、首をひねった。
(……何がしたいんだ?)
この時べーレンツ伯は、中央より援軍が来なくて苛々している。だがそれを知らないレオたちは、作戦なのかトラブルか迷った。マティアスからは「常道の兵法を使う男」と聞いていたが。
(そんな情報を調べ上げているとは、さすが兄さんだな)
マティアスがビルウェンと通じているとも知らず、レオは得意になった。
しかし「にいたま」と舌足らずでしゃべっていた過去を妻にバラされたと聞いたらどうだろう。恥ずかしさに青くなって兄弟喧嘩勃発かもしれない。
「――指揮官殿」
砦の物見台に登っているレオに声をかけたのは、国境警備隊長のトマだった。身を切るような冷たい風をものともせず無表情を貫いている。この地方で生まれ育った叩き上げの軍人だそうで、まだ三十そこそこだが経験豊富で精悍な男だ。
「ずっと森をながめて――何か見えますか」
トマは試すような物言いをした。
国境線は森におおわれている。べーレンツ伯の陣は森の向こうに敷かれていて砦からは視認できなかった。
(王都からやってきたボンボンだと思われているのだろうな)
いちおう高貴な血を引くレオとしては、苦笑するしかない。
少数で踏みこたえてきた砦にとって援軍はありがたいはずだ。糧食も武器も、補給を届けている。
だが下手な指揮官の指示で死ぬのは警備兵なのだった。現場を取り仕切ってきたトマのような人物からすると警戒したくなるのもわかる。
「……街道ぐらいしかわからんものだな」
レオは視線を遠くへ戻した。針葉樹の森は真冬にあってなお黒々としている。木々がうっすらと途切れて筋になっているのが街道だろう。今は商人も通らない。まだはっきり戦端が開かれたわけではないが、巻き込まれて荷を失いたくないのだ。
「他に何もありませんから。でも軍が街道を動けばハッキリと」
「ああ。甲冑が光るのは見えそうだし、物音も空に抜けるな」
レオは淡々と答えた。
最初にべーレンツ伯の動きを見つけたのも、ここで物見に立っていた兵士だった。街道を進んでくる小部隊を発見し、砦から物音高く出撃して威嚇。あちらも様子見だったのだろう、しばらく睨み合って退いたとか。
これまでマルロワ側に人的被害は出ていない。あちらの斥候を二人、始末したが。
「べーレンツ伯の陣は、あの辺りだったな」
レオは森の向こうを指す。こちらからも偵察は怠っていなかった。めぐらせていた考えを口に出してみた。
「……森から、というのは難しいと思うか?」
「大きな部隊で森を抜けて来るこたぁないでしょう。だからお互い街道を押さえてるんです」
「いや、こっちが森を使うんだ」
真剣な顔のレオに、トマは失礼にも「は?」と返した。
レオが仕掛けようと考えたのはべーレンツ伯への揺さぶりだった。
「森には獣道があるだろう。そこを抜けられる程度の少人数で、敵部隊にイタズラをして逃げ帰りたい」
「はい……?」
トマの返事はまだ疑問形だ。「イタズラ」とは何を馬鹿なことを、と表情が語っている。レオは苦笑した。
「べーレンツ伯は真面目な人物らしくてな。真っ当な作戦で戦いにくると想定できる――森の一部を伐り拓く陽動部隊を送り出しつつ、主力が街道を。そして森を回り込んだ別働隊が背後を突く、とかだ」
「……そんな大規模な軍じゃないはずですが」
「手違いで援軍が遅れているんじゃないか? 始めたのは向こうなのに攻めあぐねる意味がわからん」
さもなければ、ここでの軍事行動そのものが陽動で本当の標的は別地方……とまで邪推できるが、そんな報告は入ってこない。
「相手は不測の事態に焦っているだろう。だから、突っつく」
実効性はなくてもいいのだ。敵の不安をあおり浮足立たせ、無茶な行動に駆り立てる。
そのため隠密で敵陣に近づきたい。ひっそり森を抜け、敵陣近くで枯れ草を燃やしたり、歩哨に矢を射掛けたり。昼夜問わずそんなことがあれば敵兵は末端から疲弊していく。
「……なかなか性格の悪い」
うっかり漏らしたそんなトマの感想に、レオは肩をすくめた。
「だからイタズラだと言ったろ――まともに激突したら双方死者が多くなる。敵の士気を下げ、すぐ敗走したくなる状態に追い込んでから戦いたいんだ」
「はあ。まあそりゃ、ありがたいです。みんな死にたくないんで」
「俺もだよ。まだ結婚して半年だぞ」
レオは大真面目だ。だが明け透けな言い方にトマの頬がふるえる。そして思わず見せたのは、先ほどの無表情とは打って変わった人好きのする笑顔だった。
「そりゃあ無事に帰らなきゃいけませんねぇ。そのくらいから面白くなるって言いますから」
ニヤリとされたのは、つまり夜の話なのだろう。反応に困ったレオは眉をひそめ――だが気になり小声で返した。
「……そうなのか?」
「らしいですよ。うちもまあ、いろいろ試したもんです」
何を。どんなふうに。
とは訊けず、レオは思考を戦いに戻す。
「敵陣へのイタズラは森を良く知る警備隊にやってもらうしかない。どうかな、隊長」
命令する立場のくせに相談のように言われ、トマはポリポリ頭をかいた。
……なんだか頑張ってあげたくなったのだ。




