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捨てられ仮面令嬢の純真  作者: 山田あとり


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第28話 それぞれの努力

  ✻ ✻ ✻



 王宮が揺れたのは厳冬の頃だった。ビルウェンのベーレンツ伯爵が国境に兵を出したというのだ。


「くそっ、ビルウェンめ! 戴冠式の折にも抗議しておいたのに……!」


 駄々っ子のように悔しがったのはリュシアンだった。思うようにならないことがあると怒鳴るのだから子どものよう。宰相ラヴォー公爵以下、要職にある貴族たちはこっそりため息をついた。

 会議室に集まった面々は国王をそっちのけに話を進めるしかない。実務は臣下がするものと認識して任せてもらえるのは、ある意味ありがたいことだった。マティアスはさりげなく話を自分の構想へ持っていく。


「相手方の兵は多くないと報告が上がっています。ひとまずオスーフの領主に兵を任せてみては」


 指揮権をレオに、という提案へ目立った反対は出ない。


「貴殿の弟君だったな。確か、軍事に秀でているのだったか……」

「いや、彼は騎士ではあるが、軍の運用はできるのか?」

「それは私が保証しよう」


 レオが個人的に教えを乞うた相手である将軍がどっしりうなずき、話の流れは決まった。

 王国軍から小部隊を率いてレオが急行し、砦の兵と合流する。王都では援軍の準備をしつつ、現地の情勢を見守る。そんな体制なら自分にあまり影響はないのでリュシアンも文句は言わなかった。


「ふむ。レオは信頼する我が従兄だ。やらせてみよう」


 何故か上から言われたが、マティアスはうやうやしく頭を下げた。その目をのぞき込めば底冷えする光があるのだが――リュシアンはそんなものには気づいていない。



  ✻ ✻ ✻



「レオさまが……戦場へ」


 話を聞いたセレスは血の気が引くのを感じた。並んでソファに座るレオが、セレスのふるえる手を包んでくれる。

 ここは館の居間だった。主人の出征という重大事なので執事ダニエルと家政婦長アネットも同席し国王からの命令を聞かされている。


「それは、陛下がお決めになったのですか」

「俺の領地のことだ。当然の人選だろう?」


 セレスの瞳が揺れたのを見て、レオはなだめた。

 リュシアンの嫌がらせではと邪推したのを飲み込み、セレスは深呼吸する。でもミレイユならばそんなこともおねだりしそうだと感じてしまった。

 実の妹に対してひどい認識なのだが、セレスもレオも裏で糸を引いているのがマティアスの方だとは思いもしない。


「いつ、お発ちになりますか」


 実際的な発言はダニエルだった。ここは執事として留守を預かる腕の見せどころ。青ざめてしまったセレスを支え、奮闘するしかない。


「早々に。もう国境に兵が展開しているのだからな」

「かしこまりました。ではオスーフと砦に関してまとめた資料をすぐに用意いたします。道中お読み下さい」

「資料?」

「奥さまが主導して作って下さいました。町と付近の村々もふくめた産業分布、砦の兵士の勤務状況など、参考になるかと思います」

「……それはすごい。目を通そう」


 セレスは館で遊んでいるのではなかった。そんな地道なことを、とレオは感激したのだが、セレスは悲しげにする。


「……戦いに備えたわけではありませんのに」

「そう言うな。すぐに戻るよう努力する。俺の留守の間は、兄がこちらのことも気にしてくれると言っていたから何かあれば連絡を」

「お義兄さまですか?」


 とはいえ宰相補佐官のマティアスは、国難の時期に忙しいのではないだろうか。頼るようなことなどないといい、とレオもセレスも願った。



  ✻ ✻ ✻



 愛する人と離れるのは、これほど不安なものなのか。

 レオが出立する朝、セレスは小刻みなふるえがとまらずに困り果てていた。安心して旅立ってほしいのに、妻として情けなくて泣きたくなる。


 昨夜は名残を惜しむように優しく優しくセレスを包んでくれたレオ。刻み付けるような強さはなく、とにかくセレスを愛していると伝える仕草だった。

 そういう人だからこそセレスは夫に恋をしていて――本当はどこにも行かないでほしい。


「セレス――」


 玄関でレオは妻を抱きしめる。そしてそっと唇をついばんだ。いつも人前ではそんなことしないのに。


「心配ない。すぐに片づけてくるからな」

「――はい。行ってらっしゃいませ」


 精いっぱい気丈に、セレスは笑ってみせた。

 これからレオは王宮へ行き、出陣の宣誓をする。そして王宮前広場に集まった部隊とともに街道を征くのだ。マルロワ王国を守るために。


「じゃあ」


 軽い言葉でレオは歩き出す。門まで送りに出たセレスは、その背中が角を曲がって消えるまで見送った。


「――私は、私にできることをしなくちゃ」


 泣きたいのをこらえてセレスは決意した。夫が国のために戦っている時に、セレスは館で気をもんでいるだけだった――なんて帰ってきたレオに報告できない。

 レオが凱旋する時に王都がより良くなっているためには、どうすれば。セレスは思いをめぐらせた。



  ✻ ✻ ✻



 王都を進発した部隊はレオに率いられ国境の砦に急行した。なんといっても敵はすでに現れている。元からいた警備隊がけん制してはいるが、一触即発の危機にあるのだった。

 ただ――実はビルウェン側も中央からの増援を待っている。陰謀を承知のマティアスは、レオのことをあまり心配していなかった。


 マティアスは王都でさりげなく着々と国王夫妻の評判を落としていった。成り替わりの日にそなえているのだ。

 特に嘘はつかなくても、リュシアンが政務を丸投げしてくることを愚痴るだけでいい。貴族なんてものは噂好きだ。勝手に尾ひれをつけてくれる。それと同時に、国王の尻ぬぐいをするラヴォー公爵家の味方は増えていった。

 宰相。補佐官マティアス。軍指揮官レオ。今のマルロワで重責を担う人間全員がラヴォー家の者だ。


「いやあ、うちの弟はさすがだね」


 マティアスは満足げに笑う。

 レオは、横暴なリュシアンに婚約破棄されたセレスを受け入れ相思相愛の夫婦仲を築き上げた。さらに今は国のため前線へ出て指揮をとっている。貴族たちも公言はしないが、レオの人望は高まっていた。

 そして戦争の噂を聞きつけた市民の中でもレオの人気は爆上がりだった。

 元々が気さくに市中で民とふれあっていたこともあり、「騎士団のレオさん」が実は公爵家のお坊ちゃんで今は男爵だったことには驚きの声があったらしい。レオは身分を誇るようなことはしてこなかったから。


「パン屋のおかみさんが、すごくバツの悪い顔をしていて」


 ふふ、と笑ったのはセレスだった。ここは例の劇場がある広場。


「パン屋さん、いつもレオさまの背中を叩いて笑うような人なんですけど……」

「もしかして『セレスちゃん』と呼んだという人かな?」


 マティアスが言い出してセレスは赤面する。


 ――二人は寒さ厳しい町に出て、凍えそうな人々に炊き出しを行っているところだった。



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