第27話 国境の急
何をしにと問われても、ミレイユへ陳情に来たとは言いにくかった。門前払いだったのだし。
「妃殿下のお見舞いです」
「――それは、ご苦労さまです」
フェルナンの答えには一瞬の間があった。ミレイユがセレスを傷つけたのは周知のことだ。それに騎士団の中でもミレイユの評判はよくない。愛嬌はあるが品位に欠ける、というのがフェルナンから王妃への評価だった。
「――セレス!」
ダッダッダ、と駆ける足音とともに名を呼ばれセレスは振り返る。レオが全速力で走ってきていた。目の前で急ブレーキをかけた夫をセレスは笑ってなだめた。
「レオさま。そんなにお急ぎにならなくても」
「いや……ウスターシュに迷惑をかけてしまっているし。団長、妻の相手をして下さって感謝します」
息をととのえながら礼を言うレオの肩をフェルナンはポンと叩いた。
「いいんだ。私も久しぶりにお会いできてホッとしたのでな」
ウインクして去っていくのは、夫婦で話すことがあると察したからだろう。その大人の風格にセレスは感服する。
「やはり頼れるお方ですね」
「そうだな。ところで……どうだった」
レオの視線が険しくなる。今日セレスが何をしに王宮へ来たか、レオはもちろん承知しているのだ。
だがセレスが寂しげに伏せた目で、だいたいのことは察せられた。ポツリポツリと顛末を話すセレスを抱きしめてなぐさめたいが、こんな場所なので自粛する。
「……そうか。義父上も頼れなかったと」
「仕方ありません。そもそも私がしたいことをミレイユに託そうとしたのが良くありませんもの」
セレスもミレイユから投げつけられた罵倒についてはさすがに伝えなかった。「男爵夫人にすぎない〈傷もの〉」などという言葉を聞かせたらレオが殴り込みに行きかねない。
セレスが浮かべる諦めの微笑みを見て、レオの胸がズキンと痛む。その願いは王妃になっていれば采配できたはずだ。
以前ウスターシュに言われた「彼女、王妃サマになった方がよかったんじゃ」という声が脳裏によみがえり、レオは考え込んだ。セレスを男爵夫人などにとどめておくのはマルロワ王国の損失だと思う。
だがそれは、レオとてどうにもできない運命だった。
✻ ✻ ✻
レオの元に国境から報せが届いたのは、寒さも厳しくなった頃だった。
「ビルウェン側に――関所だと」
それはレオの領地の中心をなす町、オスーフからの困惑しきった手紙だった。
町と砦を抜けビルウェン王国まで続く街道は、マルロワ北東部の重要な道。その国境を抜けたところに両国の協約にない関所が設置され、通行税が課されたというのだった。
往来する商人たちは不測の出費に悲鳴をあげたり、情勢を確かめるためオスーフに留まったり。どちらにしても大変なことになっているらしい。
「領主の独断か……?」
国境の向こうはビルウェンの貴族、ベーレンツ伯の領地のはず。以前にもマルロワ側へちょっかいをかけ、警備を強化させられている相手だ。
とにかくこれは正式にビルウェン王国へ抗議するべき案件。レオは宰相補佐官である兄・マティアスへ報告に向かった。
✻ ✻ ✻
レオからの情報でマティアスがひっそり訪れたのは、ビルウェン商人・ギードの商会だった。マルロワ王都に出したギードの支店はビルウェン産の珍しい薬や蜂蜜を扱うとかで小ぢんまりしている。
「――どういうことだ。ビルウェンは徴税を辺境領主の恣意に任せているのか」
お忍びとあって商人風の服に着替えたマティアスは、乱雑な応接間に通されている。
ソファにドッカと座るマティアスは不機嫌を隠さなかった。貿易に被害が出るのを放置はできない、と見た目で示すためだ。
「これも例の件の前哨戦だと?」
「さようですなあ」
ギードはのらりくらりと曖昧な笑みで応じた。マルロワ王のすげ替えは、ビルウェンの主導で行われなければならない。ギードたちの手の内をすべて明かすわけにはいかないのだ。
「民衆への注意喚起の段階ですよ。人的被害を出しては割譲後に禍根が残りますので。この地方はキナ臭いぞと周知しているわけでして」
「ふん。では、間もなく動くというのだな」
「ご明察」
「しかし、大規模な戦闘になってはまずいと思うのだが……」
この期に及んで煮え切らない態度を見せるマティアスに、ギードは懇々と説いた。
「現地のベーレンツ伯はビルウェン中央に虚偽の申告をしております。マルロワ側がたびたび不法を繰り返してくると」
「なんだと」
「兵を挙げるための口実を探しとるのでしょうな。ハーラルト卿は騙されたふりをして、援軍を送るので挙兵しろと指示します」
「ふむ」
「……ですが実際には王国軍は動かないんですわ。数をたのむつもりだったベーレンツ伯は攻めあぐねて、膠着状態になるという算段で」
「そうか。こちらと睨み合ったまま時間を稼ぐのだな」
「まあご安心を。ベーレンツ伯は戦巧者ではありませんよ」
ギードはシレッとひどいことを言った。正攻法で着々と戦うタイプの指揮官だそうで、不測の事態に対処するのは苦手だそうだ。
「割譲後に伯の虚偽報告が問題となり、彼は失脚するでしょうなあ」
「味方にはめられるとは哀れな男だ。貴国の中のことに口を挟む気はないが」
マティアスは微妙に気まずそうにした。そんなところも好人物っぽく、ギードは自分の目の確かさに自信を持つ。あまり有能すぎる人間が隣国を率いるのは困るのだ。リュシアンのような無能は論外だが。
「では、こちらも裏で出陣の肚づもりはしておく」
「マルロワはどなたが率いるので?」
ギードは探る目になった――レオではないかと目星はついているが、確認だ。
「……あそこの領主は、私の弟でな。あいつを行かせるのが自然なのだが。まだ土地も兵も把握していないし心配ではあるんだ」
「いえいえ、性急に戦端を開かぬよう指示いたしますよ」
レオが騎士として人望があるのをギードも知っていた。だが公爵家の次男坊で育ちが良く、おそらく実戦経験もほぼないはず。ズルズルと睨み合いをしてくれるのではないだろうか。
「わかった。私からも弟には無理をしないよう言っておこう」
マティアスはうなずき、ギードに言いくるめられたまま商会を出た。そして――フンと鼻で嗤う。
(うちの弟を舐めないでもらいたいね)
歩き出しながら浮かべる人の悪い笑みは、さきほどまでと違う。マティアスだって、手の内は隠しているのだ。
実をいえばレオはこれまで、騎士団で訓練するばかりではなかった。王国軍の将軍に教えを乞うて戦術と兵站を学び、軍事教練にも参加してきている。それは華々しく経歴を積むためにやったのではなく個人的な興味だ。おかげでレオの能力はビルウェンに把握されていないらしい。
(相手が着実な男ならば……)
やりようはいろいろある。
ギードの思うような展開にはさせるものか。
そんな業腹なこと、マティアス・ド・ラヴォーの名にかけて許しはしない。




