第26話 王妃への陳情
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冬の寒さが厳しくなってきた頃、セレスは王宮を訪れた。
一緒にいるのはレオではなく、実の父ヴァリエ侯爵。表向きの訪問理由は、妊娠中の妹のご機嫌うかがいとなっている。
「……ミレイユに難しいことを言うのは感心せんのだが」
ヴァリエ侯爵はこの期に及んでブツブツ文句を言った。セレスが要請した面会を仕方なくセッティングしたくせに往生際が悪い。
「ミレイユのためだと申し上げましたでしょう、お父さま。あの子が王妃のつとめを果たさなければ、外戚としてのお父さまの立場も危うくなります」
「しかし懐妊中でもあるしな」
「今は安定している時期だと聞きましたけど。調子が悪いのですか? 王妃の立場にあるのだから、人を使えばいいのです」
セレスにピシリと言い返され侯爵は不機嫌に黙った。国王夫妻の評判が悪いのは知っているが、ミレイユにそれを言うと怒るから嫌なのだ。
自分より上の立場になった娘を、父は扱いかねているらしい。セレスはため息をかみ殺した。ミレイユを甘やかして我がままに育てたのは、父なのに。
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セレスが通されたのはミレイユ個人の応接室だった。きらびやかな金の飾りと、華やかなカーテンや絨毯が目に痛いほど。
しばらく待たされてやっと現れた妹は、軽くお腹を突き出すように歩いていた。まだそんなに大きくもないのだが、セレスに見せびらかしているのかもしれない。
「まあ男爵夫人、お久しぶりですわね」
姉とも呼ばずにミレイユは薄い笑みを浮かべた。
確かにセレスは男爵夫人にすぎない。対してミレイユは王妃であり、腹の子を産めば国母となる尊い身なのだった。
「王妃殿下にはご機嫌うるわしく」
妹の高慢な態度など気にもとめず、セレスは平然と挨拶した。大儀そうに椅子にもたれるミレイユへ控えめに微笑む。
「身重のお体で苦しいところ、お会いくださって嬉しいわ。私とも血のつながった子ですから、無事に産まれるよう願っています」
「ふふ、そんな口だけのこと言わなくていいのよ。陛下の子を産めなくて悔しがりなさいな」
あおられてもセレスは困る。リュシアンの閨にはべるのは羨ましくもなんともないし、今となっては婚約破棄されて助かったと本気で思っているから。
「……そうして国母となられる妃殿下だからこその策を、民に施していただきたく参りました。国王陛下も妃殿下も、民を愛しているのだと示す。それはお二方の立場を強くすると思います」
ミレイユの嫌みを受け流してセレスは話を切り出した。今日来たのはそのためなのだ。
リュシアンは王として経済・軍事・外交などを主に担う。対して王妃ミレイユは、その足りないところを細やかに支えるべきなのだ。例えば、貧しい者への慈しみ。
「王妃殿下におかれましては、国の母としての愛を民に示されるとよろしいのではないかと思いつきました。私は身軽なので、街に出ることがございましたの」
セレスは孤児院を訪れ不足を感じたこと、将来を考える余裕もなく犯罪に手を染める子たちのことを語る。
そんな子どもたちへ学びの機会を与えるのは意義のあることだ。王妃の名で基金を設立し、各孤児院や教会と職人組合との橋渡しをしてはどうだろう、とセレスは説明した。
「民に尊敬され愛される王妃殿下がいらっしゃるのは、陛下への忠誠にもつながるはずです」
「――それは私が今、愛されていないってこと?」
つまらなそうに聞いていたミレイユは、ピキッとこめかみに筋を立てた。
「私は普通に生活しているだけだわ。民に愛されるも何もない。私はリュシアンさまに愛されているからそれでいいのよ」
「ミレ……いえ、王妃殿下。もう侯爵家息女ではないのですよ。王妃という立場をわきまえなければ」
「うるさいわね!」
セレスは姉として妹を案じたのだった。しかしさとされた事がミレイユの癇にさわったらしい。セレスをにらみつける目が憎々しげだ。
「そんなことわかってるわ。私は王妃。お姉さまは男爵夫人にすぎないのよ。〈傷もの〉はお黙りなさい!」
プイ、と横を向き手ぶりで下がれと示す。ミレイユのそんな姿にセレスは絶望した。
王妃など、リュシアンのおこぼれでかしずかれているだけ。そんなことにも気づかないのか。
「――おわかりいただけなくて残念です」
静かに告げて、セレスはその場を辞した。
うろたえるばかりの父ヴァリエ侯爵にも諦めの気持ちしかない。この人たちと心が通じる日など来ないのだと覚悟した。
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せっかく王宮を訪れたので、セレスは父と別れ歩き出した。騎士団をのぞきたかったのだ。
昔の立場のこともあり、宮殿の中は隅々まで把握している。だがレオが勤めている姿は結婚してから見ていなかった。
きらびやかな廊下から外に出ると訓練場の端だ。といっても石が敷かれ回廊がめぐらされた格式高い造りで、騎士団の誇りをうかがい知れる。
「あっれー、レオの奥方だ」
詰め所の前で軽い言い方をしたのはウスターシュだった。セレスも王太子婚約者時代から見覚えはある相手。軽く一礼する。
「夫がお世話になっております」
「いえいえ、こちらこそ! レオ呼んできます?」
「手が空いているのでしょうか」
「歩哨に立ってるけど、交代してくるんで。待ってて下さいね!」
「え」
さっさと行ってしまうウスターシュを、セレスは呆然と見送った。
「そんな……お手間を取らせるつもりでは……」
申し訳なくてポツリとつぶやくと、ひそやかな笑い声がした。詰め所から出てきてピシリと礼を取ってくれたのは騎士団長のフェルナン。若い団員たちを穏やかに、だが厳しくまとめるベテランに対し、セレスは敬意をこめて挨拶した。
「ごぶさたしております」
「こちらこそ……お幸せそうでよかった」
王族の一員となるはずだったセレスは、騎士団の警護対象だった。それが突然、一貴族、しかも下位に落とされた。まったくの外野ではあるが、フェルナンはセレスの身を案じてくれていたらしい。
「レオさまのおかげです」
「事がよいように進みましたな。今のウスターシュは夫君と親しくしている男です。気のいいやつなので頼りにしてやって下さい……ところで今日は何かありましたか。こんなところにおいでとは」
フェルナンに問われ、セレスは微妙な顔をした。




