第22話 陰謀は進む
人混みから少年が飛び出してくる。何かの袋を胸に抱えていて――あれはおそらくかっぱらいだ。
道にいた人々が捕まえようとするのをかいくぐる少年。だがセレスとレオの前にいた男にはドンとぶつかる。その勢いがよすぎて男がよろけた隙に、少年はまた駆け出した。
「あ……!」
脇をすり抜けられてもセレスは動けなかった。どう対処すべきかわからない。しかし、
「ここにいろ!」
言い捨てたレオが走ったのは少年と逆の方向だった。細い横道に駆け込み、消えてしまう。
「え……レオさま……?」
セレスはおろおろするばかりだ。「ここに」と言われたのだから待つしかないが、どうしたというのか。
後ろではふたたび怒声が聞こえる。少年が捕まったようだ。だが振り向いたセレスは耳を疑った。
「ちくしょう、こいつ持ってねえ!」
「おれ、なにもしてねえもんっ」
追いかけていた男が地団駄を踏んでいる。確かに下手人だったはずの少年が、盗品を所持していないのだ。驚きに立ちすくむセレスだったが、そこにレオの声がした。
「おい、犯人はこっちだ!」
横道から戻ってきたレオは、男を後ろ手にねじ上げ引きずっている。さっき少年にぶつかられた男だ。
「盗まれたのは、この袋で間違いないか」
「あ、ああそうだ」
少年を捕まえた方の男はきょとんとしているが、取り押さえられている少年は青ざめる。レオは肩をすくめた。
「よくある手口だ。途中で仲間に渡しただけだぞ」
「こいつらグルなのか! いや、あんたなんでそんな……?」
「あー、俺は……騎士団に勤めているんでな……」
レオは居心地悪そうにボソボソ言った。今日は隊服ではないのを忘れていたのだ。
「すまない。かっぱらいの共犯を見つけて、つい走り出してしまった」
警らの役人に窃盗犯たちを引き渡してから、レオは謝罪した。セレスはずっと待っていたのだ。
「……レオさまにお怪我がなくて安心しました」
犯人を捕縛しに行っていたのだとわかった時、セレスは崩れ落ちそうになるのを耐えた。今回レオは無傷だったが、これからだってレオが殴られたり刺されたりするかもしれないと思い当たったのだ。
騎士団にいる限りレオにそんな日が訪れないとも限らない。だが夫の身を案じる瞳にレオは小さな喜びを感じた。
「俺はわりと強いのだが、信じてくれないか?」
愛する妻にいいところを見せたくなる。それは男として自然なことだ。だがセレスは拗ねた。
「レオさまのことは信じています。でも私がお体を心配していることも、忘れないでくださいませ」
そんなことを言われてしまうとレオは妻を抱きしめたくなる。だがまだ帰宅するために歩いているところ。なんとか我慢した。
しかし今日のデート、セレスには考えさせられることばかりだった。王宮からそんなに離れていない街で、人々は貴族たちとかけ離れた暮らしをしているのだ。
大人の様子はまだ想像できた。しかし子どもが無気力に花を売り、盗みの片棒をかつぐだなんて。
衝撃を思い出したセレスは、隣を歩くレオの腕にそっと寄りかかった。
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「レオ、非番のくせに泥棒を捕まえたんだって?」
出仕したレオを笑ってどついたのはウスターシュだった。騎士団による市中巡回は形式的な面もあるが、実働を担う警ら隊との情報共有はなされている。そちらから話が聞こえたのだろう。
「奥方を連れてたって聞いたよ。デートだったんだろ? なんで下町に」
「セレスティーヌが行きたがったんだ。人々の暮らしを知りたいと」
「……やっぱ彼女、王妃サマになった方がよかったんじゃないか?」
ウスターシュはコソッとささやいた。のほほんとしたウスターシュからもそんな言葉が出て、レオはがっくりする。それほどにミレイユの我がままは評判が悪いのだった。
産まれてくる子のための部屋をミレイユの言ったとおり改装したのに「やっぱり気に入らない」とやり直させる。マティアスがなだめすかして執務させているリュシアンのところに「私を放ったらかすの?」と甘えにいく。「侍女が気に入らないことをした」とすぐクビにする。
そんなこと、セレスが王妃になっていればなかったはずだ。王宮の使用人たちからため息とともに「セレスティーヌ王妃待望論」がささやかれていると聞き、レオは頭が痛い。
「うちの妻はどこにもやらん」
「あはは、わかってるけどさあ。皆が困ってるんだよねー」
困っていると言われても、レオだってセレスをゆずるわけにはいかなかった。長年焦がれてやっと手に入れた愛妻なのだ。
セレスは絶対にレオ自身の手で幸せにする。そう決めていた。
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宰相執務室に呼ばれているのはビルウェン王国の商人、ギードだった。部屋の主ラヴォー公爵は王のもとに伺候していて、今いるのはマティアスだけ。
ハーラルト卿はすでに帰国している。しかし彼ら使節が持ちかけた、「マルロワ王国の頂点をすげ替えるなら協力する」という内密の話は今も有効だ。表向き貿易の交渉をよそおって訪れたギードだが、おもに話したいのはそちらの案件なのだった。
しかしマティアスとしてはその件を宰相に聞かせる気はない。父ラヴォー公爵は清廉潔白な人物で、だからこそ先王の姉を妻にできたのだ。王位簒奪の話などには乗ってこないと思われた。
「……補佐官殿は、おひとりで抱え込むつもりだと?」
「まあな。のっぴきならないところまで進めば父も巻きこめるが。身内を危険にさらすわけにはいかない」
「よいお覚悟ですなあ」
マティアスのくだけた口調がギードを共犯と認めている。これは話のしやすい相手だとギードはほくそ笑んだ。
頭が回る上に地位のある男というのは、軽く匂わせただけで察して動いてくれる。利を見るに敏い商人として、鈍重な馬鹿は嫌いだ。
「至高のお方はますます評判を落としてますようで」
「うむ。何もしなくても転落の一途をたどってしまう。困ったものだ」
それはリュシアンのこと。王妃ミレイユをのさばらせておくのも悪評につながっているが、それだけではない。先日も食料不足の問題を議論する臣下たちが「農産物の輸入を検討すべきだが国庫がこころもとない」と苦言を呈したのに対し、「では貴族からも税を取ればよい」とのたまった。
財務を担当する者たちが言いたかったのは、派手な式典を強行した国王夫妻の浪費癖への糾弾だった。それが通じないばかりか貴族に負担をかぶせてこようとは。決定は見送られた税だが、噂だけで宮廷は揺れ動いている。
「みずから味方を減らしていかれるとは、私どもの出る幕が減りますなぁ」
「そもそもどう出るつもりだった?」
マティアスは冷たい視線でギードを射ぬいた。異国人にマルロワ国内で好き勝手させる気はない。
「いえいえ。ほんの少しヒントを与えるだけの予定でして」
ギードの態度はうやうやしいが、言葉の内容は不遜だった。




