第29話 不明の七番
「うげっ、人めっちゃいる」
「カルテちゃん……! 声はお静かに、それと石を引っぺがしたら虫が沢山いたみたいな言い方は良くないのです……!」
「……アンタホント、『いい子』になっても冷杯深衣よね」
「へ……?」
放課後。深衣とカルテは図書室に来ていた。
『S高の禁じられた七不思議』、その内容を再調査するためだ。
◇
遡ること三時間前。生徒の霊が一掃された校舎、その特別棟の屋上に三人の女生徒は弁当箱を持って再び集まっていた。休み時間にスマートフォンで連絡を取り、今後の方針を昼休みに話し合おうと決めたのだった。
弁当の必要ない一人の怪異が最後に合流して、少女たちの作戦会議が始まる。
先陣を切ったのはその身の八割がオカルトでできているというオカルトオタクのハーフ少女、カルテ。
「実はアタシ、昨日一昨日と学校の怪談について調べ直しまして」
彼女は今の禁七の状況について気づいたことがあると言い、月曜の夜起こったことを振り返った。
「ミーコの霊媒体質でテケテケが寄ってきて、他の怪異も特に条件を意識することなく遭遇できた。ただ一つ、七不思議の七つ目の怪異が出てこなかったせいで先輩は禁七を倒しきれなくて、火曜日の夜には復活されてしまった」
「せやなあ」
「これ、『七つ目の七不思議が不明だったから』出てこなかったんじゃないかって思うんです」
「不明、なのです?」
「そう。一般的には学校の七不思議がきっちり七つ綺麗に決まってる方が珍しいのよ。ミーコの中学とか小学校はどうだった?」
「……言われてみればなのです」
「ウチは県内をあちこち転校してきたけど、そういやあんまなかったかも」
小路と深衣は自分がいたこれまでの学校のことを思い返して、納得した。
学校の七不思議。誰もが一度は語るや見聞きするそのテーマ。
それが七つすべて揃っていることより、「七つ目は不明」か、あるいは怪談の聖地標戸がそうであるように、「いっぱい怪談があってこれだという七つ目が決まっていない」ということの方が多い。
「鈴園もその例に漏れずだった可能性が高いということなのです?」
「七つ目の格に満たない学校の怪談がいっぱいあったってこと?」
「いえ。禁七の経緯を考えるとそれはないです」
「経緯、ですか?」
『S高の禁じられた七不思議』その都市伝説とは題が表す通り、「標戸のS高校で七不思議が禁止された」という噂である。
『牛の首』という怪談がある。それは「恐ろしさのあまり聞いた者が皆死んでしまうので、誰もその内容を知らない」というものだ。
禁七はそれと少し似ている。「その七不思議があまりに怖ろしく生徒に害を為すと考えた教師らによって禁じられた。卒業生たちさえ口を閉ざしてしまうので、誰もその内容を知らない」
……であれば。
「七つ全部の怪談が揃ってて、かつめちゃくちゃ怖くないと納得できない。でしょ?」
「そ、そうなのでしょうか……?」
「そうなの! だからこれっていう七つ目の怪談はあるパターンだと思うんですよね!」
「ふーん……でも見つからんかったしなあ、七つ目」
「そう!! 見つからなかった!! それなんですよ!!」
「お、おう、どないした……」
急に立ち上がって興奮気味に言うカルテ。膝に乗っていた弁当箱はクロユリさんがふわりとキャッチして深衣に渡した。
「七不思議の七つ目……それは大トリであるがゆえに他の怪談よりワンランク怖くないといけない。上半身だけで追ってくる怪異テケテケ、グロテスクな動く人体模型、逃げ場のないトイレに現れる花子さん、最後まで聴くだけで狂ってしまう音楽室のピアノ、死者の恐怖をシンプルに映し出す踊り場の鏡、何が起こるか未知数の13階段。これらより、ワンランク! 上なんです!」
「……想像つかないのです」
「そう!! それでいいの!」
「みーちゃーん、翻訳してー」
「いいえ!! アタシから説明させてください!!」
実際に遭遇する他六つより一つ次元が上な怪談があるとすれば。
それは『牛の首』や『S高の禁じられた七不思議』と同じ。
すなわち、「誰も知らない」「知ってはいけない」という怪談。
「知る事そのものが禁忌の怪異。『知った者の前に現れる恐怖』。おそらくこれが、七番目の七不思議です。」
◇
「アタシ、間違ってたって思う?」
「……まだ調べ始めて三十分なのです。答えを出すには早すぎます」
「でも、よく考えたら学校の調査は蘆屋先輩が半年もやってたわけでしょ。図書室の学校関係の資料なんてとっくに調べてるはずじゃない……?」
「…………新たな発見があるかも、とひっそり心の声で仰っていたのです」
「やッッッッ……ぱりそうなんじゃん……! なんでその場で言ってくれなかったのよ先輩もミーコも……!」
「カルテちゃんの勢いがすごかったので……」
図書室の奥まった場所の棚にひっそりと納められた僅かな学校関係資料……学校沿革、学校会報、記念誌、同窓会資料、卒業生著作などを漁る深衣。その隣で棚に背を預けスマートフォンを用い、学校の運営するSNSアカウントやブログをひたすら遡るカルテ。
「知った者の前に現れる怪異」ならば、もっとよく知れば出てくるはず。半ばパワーにものを言わせた方針を二人は実行していた。
ちなみに霊能者組の小路とクロユリさんは、グラウンドや講義棟などを含めた学校全体を巡って何か霊的・物理的な手がかりがないか探して回ることになっている。
ぺらり、ぺらり。一秒程度の斜め読みでページをめくる深衣。彼女の横顔を盗み見る延長で、自習スペースの席がほぼ満席なのが目に入る。
「みんな熱心よね。読書の秋、ってやつ?」
「? 普通に中間テストの勉強ではないでしょうか」
「あー。中間テストね」
「なのです。昨日で一週間を切ってしまいました」
「…………」
「…………カルテちゃん」
「黙って。この感情を言葉にされるのはアタシのプライドが許さない」
「言っている場合ではないのです……! せめてテスト範囲の確認だけでもすぐに」
「優先順位を間違えちゃダメよ。今アタシたちがすべきなのは学校を七不思議の怪異から救うこと、でしょ?」
「成績に致命傷を負っては元も子もないのです……!」
「お二人ともさっきから何の話?」
「ひゃっ!」と、あわや悲鳴になりそうだった声を二人は互いの口を抑えることでなんとか防いだ。
「仲がよろしいことで……」と困惑した様子でそこにいたのは、雀の髪飾りを着けた女子生徒。
雀子詩乃。
三日前の投身自殺未遂事件で小路と共に話題になった深衣に接近した、小路の熱狂的なファン。秘密裏かつ非公式に設立された「小路ファンクラブ」においては会員番号ラッキー7だと自慢していた彼女が、不思議そうな顔で本を抱きながら立っていた。
「な、あ、アンタ……えっと……」
「雀子詩乃さん……! 今の話、聞いてたのです……?」
「スズメでいいってばレイさん。それと、ごめんね? みんな静かだからひそひそ声でもなんとなく聞こえてきちゃって……」
言いながら雀子はポケットからカードを取り出した。そこには×印のマスクをつけたフリー素材の男性のいらすとが乗っていて、赤と白の大きな文字で[図書室ではお静かに! 雑談の声が聞こえています]と添えられていた。
「わたし図書委員だから……小路さまの話してるところを、ほんとごめんね」
「こちらこそごめんなさいなのです……」
「先輩の話ってわけでなかったけど……すみませんでした」
叱られて気落ちする二人。深衣がスマートフォンを取り出してカルテにメッセージを送る。
[話すことがあればこちらでしましょう]
[ていうかもう切り上げてもいいんじゃない?]
[テスト勉強のためですか?]
[意地悪]
[蘆屋先輩たちと合流して相談し直すとか]
[そうですね、とりあえず図書室を出ましょう]
「あの~」
「ひゃっ」
「なに……!?」
「よくわからないけど、学校の七不思議の資料を探してるってかんじ?」
「……そうだけど、見つからないからもう出ようって話してたとこ」
「あるよ。七不思議の資料」
図書委員の雀子はそう言うと、二人を貸出カウンターの隣にある部屋へ案内した。




