第28話 陽の中の陽は人の身に非ず
「つまりこういうことですよね。こみ先輩が禁七より危険な光線女を後回しにしたのは、余裕がなかったから、と。こみ先輩も人間なのです。そういうこともあるでしょう。仕方なかったのです」
「あ、アンタそんなあっさり……! 納得できるっての!?」
「はい。 カルテちゃんが納得できないのは痛いほどわかるのですが……」
頭痛がする。カルテを優先するのではなかったのか。そんな声が頭を響く。
でも時には、親友を善き道へ導くことも「いい子」の役目だと思うのです。
深衣はカルテファーストの矜持を抱いたままに彼女を諭した。
「面倒だったから、それは半分だけの気持ち。そんな人命軽視の発言をこみ先輩が百パーセント本心からするはずがないのです」
「だからなんでそう思えるの! 内心ではそう言ってるっての!?」
「それ以前に、行動が証明しているからです」
「は、……行動……?」
「はい。行動です。こみ先輩はたった今、あたしとカルテちゃんとクロユリさんに謝ってくれたではありませんか」
深衣を苦しめた罪悪感。それが小路から発されたものであることは真実だった。
彼女は深衣が光線女によって呪われたことに対して本当に、心の底近くから申し訳ないと思っていたのだ。
「それだけではありません。夜の学校で先輩はあたしたちをちゃんと守ってくれました。飛び降りをしようとした先生のことも必死で助けて、アフターケアは今も頑張っています。目の前で幽霊さんに乗っ取られたあたしのことも、先輩は助けてくれました」
「それは……そうだけど」
「だけど? なにがだけどなのです?」
「っ……!」
心底わからないという目を深衣は久しぶりにカルテに向けた。カルテのトラウマになっているその眼差しを今の彼女がするのは初めての事だった。
恐怖は深衣にも伝播する。
【友達を思いやらなくてはならない】
呪いの命令も下る。
それでも、自ら見出した光の道を彼女は歩む。
思いやるからこそ、明らかに道理が通っているなら、諭さねばならないのです。
深衣は続ける。彼女の中には言葉があったのだ。
クロユリさんから与えられ、長い時間をかけてゆっくりと沁みこみ、いつの間にか深衣の哲学に溶け込んでいたのか。
あるいは共感の呪いが、その場にいた怪異少女から読み取ったのか。
深衣はカルテに伝えたかった。
「カルテちゃん。完璧じゃなくていいのです」
「……ミーコ……」
「こみ先輩は、目の前の助けられる相手は全力で助けて、手の届く範囲での仕事には全力を注いでくれる人。良い人なのです。手の届かない場所にも心を配ってしまう責任感の強い人で、えと、そのくせそこから怒られが発生すると傷ついて噛みつき返してしまうような人ですが……」
「なっ……否定はせんけどさぁ……!」
「ですが! それの何がいけないのでしょう? 完璧な人などいません。そのくらいの欠点があって当然。欠点と美点、どちらも合わせて『こみ先輩』なのです」
小路の中には確かに、陰陽師には命取りとされる「悪」がある。
それは、「人命を第一としていない」こと。
命を軽く見ていて、霊災によって何人が被害を負ったとか誰がどんな損害を受けたとかは、目の前に現れてくるまで大切にしてやることができない。
だから彼女は倒す怪異の順番を間違えた。いや、正さなかった。途中まで進めた調査を止めて新たな調査を開始する精神的なコストを乗り越えてまでやろうと、思えなかった。
おまけでそれを他人に指摘されると機嫌を損ねるという困ったところまで見せた。
しかし、それが小路のすべてではない。
学校とその周辺での聞き込みや資料収集は楽な仕事などではなかった。加えて鈴園周辺の穢れや校舎に残される怪異の残穢を祓うこと、単発的な祓や対怪異戦闘の依頼も並行してこなしていた。昼間は学校生活にも勤しんで好成績を維持し、夜は陰陽師の仕事で遅くまで肉体労働。
陰陽師四大宗家が一柱、民間陰陽師の希望、名門蘆屋家その長女として、怪異殲滅を第一にして頑張ってきた。
その優先度が第二だったとしても、人の命と生活を大切に護ってきたのだ。
それは確かな事実。欠点に気を取られて見落とされるべきでは断じてない。
蘆屋小路とは、陰陽術という強大な力を持つがゆえに「知らない他人の命を大切に思えない自分」にコンプレックスを抱いている、使命に誠実な真面目かつ努力家の少女なのだ。
「話を、元に戻しましょう。あたしたちは今日このときこの場所に、こみ先輩の怪異退治に協力するために集まったのです」
怪異少女と陰陽師少女の思わぬわだかまり、それが招いた失敗への反省合戦は勝敗なく終了し。
クロユリさんが投下した「小路は信頼できる相手なのか」という議論も、光に祝福された少女が終着点を示した。
「あたしはこみ先輩を信頼しています。『禁じられた七不思議』の退治において、先輩は絶対に手は抜きません。なので、先輩を手伝いたいというあたしの気持ちは、最初から変わっていません。なのです!」
故にあとは、他の三人が納得するか。
みなさんはどうなのですか? 問うた深衣に最初に応えたのは、オカルトオタクの頼れる親友だった。
「アタシも同じ。前と変わらない。ミーコが信じて付いて行くなら、アタシも信じて付いて行く。……協力させてください、蘆屋先輩」
次に応えたのは、むしろそんな人間臭い小路が大好きになってしまったので当初よりずっとやる気になっている怪談殺しの少女。
『わたしも混ぜてほしいな 役に立つよ 小路ちゃん ふふ ふふふふふっ』
最後に答えたのは、陰陽師の少女。今回の怪異退治の発起人。
咎を背負い、悪心に悩み、善として生きようとあがく少女。
溜息を大きく吐きながら立ち上がり、太陽光パネルの影を出て、秋の朝陽が差す深衣たちの前へと歩み出た。
「……こちらこそ、よろしくお願いします。みーちゃん、カルテちゃん。……クロユリさん」
「はいなのです!」
「頑張りましょう」
『ふふふふふふふふっ』
朝のホームルームが始まる、その前の予鈴が鳴る。
三人の生徒は慌てて自分たちの教室に戻る。
怪異少女は暇つぶしに校内の生徒の霊を狩りに行く。
四人の怪異討伐チームが、こうして結成されたのだった。




