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都市伝説少女  作者: 龍田乃々介
第二章 S高の禁じられた七不思議
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第27話 陽の中の陰

「……えっ?」

「…………」

「こみ、先輩……」


 どうして蘆屋小路(きみ)は 光線女を放置していたの?

 クロユリさんの問いで屋上の空気は再び暗く淀み始めた。風が止み、時の感覚が狂い、疑心が信心を蝕む。


『みーちゃんから手伝ってほしいって話を聞かされたときからね ずっと不思議だったんだ きみが転校してきたのは四月 そのときにはもう光線女は顕現してたよね 気づかなかったの? 燦宮(さんみや)を騒がせる怪異に 半年近くも』


 深衣みいの脳裏に記憶が蘇る。

 三日前、放課後の教室で考え事をしていたときに抱いた小さな違和感。

 朝の登校のとき、小路こみちが言っていた言葉。

 「ウチは標戸しるべの調伏師として、その怪異を祓う義務があった。やのに、()()()にして、みーちゃんや他の人たちに被害が出た」

 禁七のことを知った今、それはこういう意味だったとわかる。


 燦宮の【人生破壊光線女】の危険性を知っておきながら放置して、【S高の禁じられた七不思議】を調査していた。


 それは妥当なことだろうか?

 前者が条件の合った人間を、深衣がそうだったように、着実に襲って噂と損害を拡大させていたのに対して。後者の怪異がどれほど危険だったと言えるのか。


 夜な夜な学校に現れるものの、教師によって封じ込めができているその怪異が。

 あの光線女より優先すべき事案だったと、どうして考えられるのか。


『考えられないことだよ きみは燦宮の怪異の方が何倍も凶悪だと知っていながら 身近な怪異を地道に調べることを優先したんだ』

「そんな……先輩がそんなこと……」

『二人とも まだこの子と出会って数日でしょ? この子の本心がどんなものかなんて知らない ……ああいや みーちゃんならわかってたのかな』

「っ…………」

「ミーコ?」

「……あれぇ? バレとったん? みーちゃん」

「……こみ先輩」


 取っていた手から力が抜けていき、小路の方からそれを振りほどいた。

 一歩後ろに下がり、ふらりとさらにもう一歩、 「あ~あ」 溜息を吐きながら太陽光パネルの影のなかに入って、小路は口の端を上げて笑った。


「今ウチがなんて考えてるかも、わかっとる?」

「……はい、なのです」

「ずーっと前から、薄っすらそう思ってたっていうんも?」

「……呪いの、取り違えだと思っていました」

「なるほど、なるほどねぇ、わかることと信じることは別と。やから情緒がある程度安定しとるんやねぇ。なるほどなるほど……」


 刑事ドラマの追い詰められた犯人のように、半笑いで言ってみせる小路。嘲笑にしてはその肩の震えは小刻みで、開き直ったにしてはその背は小さく丸まろうとしていたが。


 小路の本心。

 深衣がずっと感じ取っていたが、否定し続けていたもの。

 粛清怪異【桔梗様】の存在により、陰陽師にとって命取りとなるはずのそれは。



 彼女の胸の奥底で渦巻く、()()()



「どうして光線女を放置したの、とか、訊かれても困るわ。

 んなもん、()()()()()()って思たから以外ないやん」

「………………蘆屋先輩……?」


 ふらふらと、力が抜けていくようにパネルの脚にふわりと腰を下ろして。

 脚を組んで、膝に肘を乗せて、背中を丸めて頬杖をついた姿勢で横顔を見せて、小路は続ける。


「陰陽師の仕事は穢れ、悪霊、怪異、これらを祓って霊的災害を防止、解決すること。ウチは転校してきてすぐ禁七を見つけて調査を進めてて……後になって光線女を知った。やから、あれよ。


 面倒やってん」


 標戸は強力な悪霊・怪異が跋扈する魔の都。もちろん小路以外にも調伏師は数名配置されている。

 しかし式神三体を駆使できる彼女に比べれば他の調伏師の実力は一つも二つも劣る。故に彼らの役目は穢れと悪霊の巡回修祓が主であり、怪異についてはその発見報告、場合によって撃退・避難工作に留まる。『退治』は筆頭調伏師の彼女に一任されている。


 どの怪異を先に倒すか。

 それは蘆屋家長女である小路が、自身の責任において決定することになっているのだ。


 彼女は門下の陰陽師から報告された光線女について、「こっちでも調べて、用意ができ次第祓っとくわ」と答えるだけ答えて、何もしていなかった。

 だって、一度手を付けた仕事を中断して別の仕事をするのは、面倒だったから。


「命が……左右されてたんですよ、光線女の噂は」

「せやな。でも禁七やってそうかもやった。全容がわかってきた今やから相対的に危険やなかったって言えるだけで、どっちがどんだけ危ないかなんて測りようがなかった」

「いいえ先輩、アタシたちがSNSで調べてるだけで襲われたって人は何百人も見ました」

「ホンマかわからんやろー」

『街で陰陽師きみの仲間を何度も見かけてるよ 彼らの報告と照らせば本物の被害者が出てることはわかったんじゃない?」

「そうじゃなかったとしてもそれを確かめるのも先輩の仕事だったんじゃないですか。あなたがちゃんと確認して、正しい優先順位を決めて、四月にこっちに来てすぐ光線女を倒してくれてたらッ、被害者はもっと……ミーコだってッ!」

「あのなあ」


 腹の底に響く怒気を孕んだ声色で小路は遮る。

 陰の落ちた顔から光の無い真っ黒な瞳がカルテを射竦めた。


「ウチは神様とちゃうねん。できることもあればできひんこともある。てかできひん事の方が多い。自分の力が及ばんで誰かにケガ負わせて歯がゆい思いしたんなんて数えきれん。万能やない、超人やない、期待されたかてポンポン助けてやれへんねん。『なんで助けに来てくれんかったん』とかそーゆーの、ほんまに困る」

「っ……それは」

「『|高い地位には責任が伴う《ノブレス・オブリージュ》』みたいなこと言わんといてな。みんなと違って祓いの力に恵まれてるからって、それで何でもできるわけやない。自分らが救われんかったからって不在のヒーローを恨むんは、恨まれる方からしたら理不尽ってもんや」

「くっ……論理を……!」

「なんか間違ったこと言うとる? あ、正論は人を救わへんみたいな話も勘弁な。ウチは『できる範囲のことちゃんとやってる』って言うとるわけやから」

「蘆屋先輩が……そんな人だったなんて……!」

「そこのバケモンの言うた通りやな。たった三日で知った気になって、あほらしなあ」

「ぐぬぬ……! ちょっとミーコ! アンタもなんか言ってやりなさいよ!」


「…………へ?」


 光線女の危険性を理解していながら後回しにしたという小路を職務怠慢として非難するカルテに、しかし深衣は、呆気に取られていた。


 カルテが小路を、そして何より小路自身が自らを「悪」だと思っていることを、深衣は二人の内心から読み取っていた。二人に共感し、確かにそれは悪であるとも思った。

 力ある者は力なき者のために戦うことが美徳であり、善。

 そうしないというならそれは、悪と呼ぶことができるだろう。


 けれどその理屈には「()」が足りない。



「さっきと答えは変わらないのです。()()()()()()()()()()()()()

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