第26話 反省大合戦
「あのとき……アタシが光線女に遭遇して、クロユリさんに助けてって叫んだとき、クロユリさんは封印されてたって、ことですか……?」
眉間に皺を寄せるが眉は悲し気に下がり、口は無感情に小さく開くが声は押し殺すように震えていた。俯いて前髪の作った影の中で鋭い瞳が小路と、カルテ自身の影の間をふらふらと行き来する。
──クロユリさんの到着が遅れて、ミーコがアタシを庇って呪いの光を浴びることになったのは……。
その心を、この先カルテが言わんとしていることを深衣は感じ取り共鳴する。
【不当に人を非難してはならない】
いい子の呪いが諫めてくる。善良で中立な正義の味方なら「それは結果論で、小路には予測できない事態だった」と仲裁するべきだろう。
しかし深衣は、何より優先してカルテの味方でいると決めている。そうすることで、全方位においていい子にはなれない自分をなんとか生かしている。
小路のことはフォローしたい、しかしカルテを否定できない。揺れる深衣。その様子を見てニコニコと笑みを浮かべる怪異。そして答えを待って俯く少女。
三人を見て返答を定めた小路が口を開いた。
「カルテちゃん、それにみーちゃんも、改めて……本当にごめんなさい」
「…………」
「わ、こみ先輩、あの、でも」
「謝らせて。許してくれんでもええから、……禊をさせてほしい」
「……そういうことであれば、わかりましたなのです」
小路は頭を下げた。深衣とカルテ、二人に向かって直角に、美しい白の髪束がゆったりと垂れ下がる丁寧なお辞儀。
これは彼女を苛む罪悪感を取り除くために必要な儀式であり、被害者を被害者という汚名から解放するための一歩。
彼女は自らの過ちを認める。やがて頭を上げ、弁明を述べた。
「ウチはクロユリさんを小瓶に封印して塩袋に詰めて麻糸で厳重に縛って屋上に隠してる祭壇の下の石櫃に入れてた。出られたとしても時間はかかったはず。その遅れがカルテちゃんが怖い思いしたんと、みーちゃんの呪詛被害に繋がったんは……否定しようもない事実や」
「…………」
「こみ先輩……」
「……実はな、封印が破られてた日付と、みーちゃんの話で、ずっと……薄々気づいてた」
自分が封印したのは「人間を助ける怪異」だった。
それがすぐに動けなかったせいで、結果的に深衣は消えない呪いを一つ余計に刻まれることになった。
深衣の人生を狂わせた。
自分の判断ミスで。
「卑怯にも目を逸らして、黙ってやり過ごそうとして、そのくせえらそうな先輩面してた。……ごめん、二人とも」
「…………」
『一応断っておくけど わたしが万全の状態だったとしても カルテちゃんが最初に呼んだ時点で助けに行けたという確証はないよ』
「そうなのですか?」
『前も言ったでしょ 異界 その怪異を語る怪談の世界に引きずり込まれたら 呼ばれても場所がわからなくて 助けに行けない』
「嘘ついてまで守らんでええよ、クロユリさん。アンタの伝承、っていうか都市伝説、調べた。逸話通りならアンタは他の怪異の異界に理不尽に割り込んでくる力を持っとるはずやろ」
「あっ……」
なぜ気づかなかったんだろう。深衣の頭をカルテから聞かされたクロユリさん怪談が過る。
都市伝説『怪異退治のクロユリさん』は怪異に襲われている語り手が黒セーラーを着た女子高生のような存在の除霊によって危機を救われる怪談シリーズ。
その物語構成は、一般的な怪談や都市伝説と同様に悪霊・怪異に襲われている人間が、後からやってきたクロユリさんに助けられるという形をとるものが圧倒的に多い。
これは言うなれば、先に怪異が展開している通常の怪談文脈に自分の救済文脈を割り込ませているということになるのだ。
もちろん「その異界に最初からクロユリさんも入り込んでいて助けてもらったからクロユリさん怪談になっている」という、語り手のバイアスでも説明はできる。
しかし都市伝説怪異は物語に影響を受ける存在。
事実がどうあれそう語られたのであれば、クロユリさんには異界に割り込む力が備わっている方が自然なはずだ。
『うそなんてついてないよ ほんとのこと 噂の全盛期を過ぎてるのと 色んな人を助けて力を維持するために条件解釈を広げたから 今のわたしに『文脈破壊』の権能はないの』
「クロユリさん……?」
『それにほら わたしも悪かった 怪異を祓うことを生業としてる人に不用意に手を出して 間抜けにも封印されちゃった』
だからこみちゃんが責められるなら わたしも謝らないと
怪異少女が陰陽師少女を庇ってカルテに言う。
カルテは握り込んだ拳を振るわせて、ひどい形相で自分の影を見つめていた。
黒染の髪を振り乱して迷いを払い、口を開く。
「違う。違います。勢いで聞いちゃっただけで、ほんとは、二人が悪いだなんて……責める資格なんてないんです、アタシには」
「カルテちゃん……」
「ミーコが霊媒体質の呪いを受けたのはアタシを庇ったせいで、それは元はと言えば、アタシが勝手な囮作戦を強引に進めたせい。アタシが……全部悪いんです」
空気は鉛のように重く、吸い込んだ肺を下へ垂らし込むような濁りと粘りを増していく。小路とカルテ。この場の半数が罪悪感に押しつぶされそうになっている。共感の呪いを持つ深衣もそれに引っ張られる。重圧の中で口を開くことができない。
こんな状況で紫煙をくゆらすかのように気持ちよさそうに深呼吸しているのは、クロユリさんだけだ。
『最高の空気だね……』
「クロユリさん?」
『葬式に来たみたい…… 気分がいい』
「クロユリさん、とても不謹慎なのです」
『気にしないで 続けて』
「続けてと言われましても」
『だって この順番だとまだ みーちゃんが話してないじゃない?』
「えっ」
聞かせてよ
クロユリさんが陰湿な笑みで深衣に問いかける。
小路は自分が怒りに任せて行った封印により霊災被害者が出たと思っている。
カルテは自分の軽率さがすべての原因であることを棚上げにして小路のせいにできるかもと飛びついてしまった弱さを自覚し苦しんでいる。
では、深衣は。
光線女事件において誰より損害を被ったこの少女は。
「二人が主張する罪について きみはどう思っているの?」
黒い少女の問いに、光に祝福された少女は答えた。
「あたしは大丈夫なので、『気にしないでほしい』と思っています!」
「………………え」
「もう終わったことについて誰が悪かったとかあれは良くなかったとか、気にしすぎはいいことではありません! 適度に忘れるべきなのです!」
「ミーコはそりゃ、いい子の呪いがあるからそう言うだろうけどさ……」
「関係ないのです! 今ここにいるあたしが気にしていない、だから二人も気にする必要はない! 違いますか!?」
「違……え? 違わ、ないのかな」
「はは、違わんことにさせてもらお。みーちゃんにウチらの罪悪感背負わせてもアカンやろ」
「う……それもそうですね」
『ふふふふっ うまくまとまってよかったね』
「はい! これであたしたちは一致団結、禁七退治の仲間なのです!」
カルテと小路の手を取って、秋の陽のように健気な暖かさで微笑む深衣。
つられて二人も笑顔を取り戻し、弛緩した空気に三人笑いあう。
誰とも手を繋いでいない少女も笑みを浮かべている。
……けれど。
その心に抱かれているのは仲間意識への朗らかな高揚などではなく。
この場を台無しにしかねない疑問への興奮だった。
『ところで陰陽師ちゃん そもそもきみはどうして 光線女を放置してたの?』




