第24話 かくて再び出会った二人
「え、クロユリさん来てるの? ど、どのへん? ここ? 触ってる?」
「こっちなのです。 ……なぜ触ろうとするのですか?」
「感触とかならわかるのかなって。なんかひんやりするとか」
鈴山駅から鈴山学園高等学校に向かう二つのルート、バスと登山。
カルテは人ごみを嫌っていつも登山コースを選んでおり、彼女に合わせて今日は深衣も歩きで学校に向かっている。
その隣をクロユリさんも歩いているのだが、『実体条件型』という種類の都市伝説怪異である彼女を普通の人間は認知することができない。彼女の声を聞いたり姿を見たりするには、「誰かに助けてもらうしかない状況に陥っている」という条件を満たすか、強い霊感を持つことが必要だ。
「その電話から声が聞こえてたりするの?」
「いえ、これはクロユリさんと話していても独り言がすごいおかしな人という風に見られないためのカモフラージュなのです」
「ええー。やってみたら案外できたりしませんか? 霊からの電話。蘆屋先輩が言うには霊と電子機器は相性良いらしいし、フィクションでも幽霊がPCやスマホをバグらせるのって定番ですし」
「どうなのでしょう?」
「できるよ」
「できるそうなのです!」
「ほんとに!?」
0と1という微弱な電気が織りなす、精密で繊細で理解困難な領域である電子機器の世界。
そこに自分の意思を干渉させることは、ある程度の力を持つ霊的存在にとっては息をするのと同じくらい容易だ。
「そうなれ」と集中を注ぐだけで基盤にごく弱い電気信号が誤発生し、PCの画面に怖ろし気なイメージを浮かび上がらせたり、電話線の切られた電話から声を再生したりすることができる。
ちょうどこんなふうに。
『もしもし 聞こえてるかな』
「すごっ! ほんとにできるんですね!」
『やる機会がなかっただけだよ なんだかんだキミも条件を満たして見えてることが多かったからね』
光線女のときはまさしく命の危機にあった。
昨日燦宮で会ったときはその限りではなかったが、小路の過労死を防ぐにはクロユリさんを頼るしかないという「助けが必要な状況」には違いなかったため、条件が満たされていたらしい。
「こうしてみると結構ガバいとこありますよね、条件」
「がばい……?」
「……判定が甘いみたいな意味」
『うーん それはわたしが落ち着いた都市伝説だからってのもあるかな』
「落ち着いた都市伝説、なのです?」
『そう その辺の裁量は 実はわたしのほうにあるみたいなの』
クロユリさんの目撃情報や噂、怪談、都市伝説がブームだったのは2015年夏のこと。2016年から話題は落ち着きを見せ始め、2018年には定番として記憶され盛んに語られることはなくなっていた。
噂の的である間、都市伝説怪異の存在は語り手たちの認知の元で揺らぎ続ける。
怪異はただただ語られるままに人間を恐れさせる。光線女がそうであったように、そこには何の意志も存在せず、その先で生まれることもない。
だがクロユリさんのようにコンスタントな人気を維持して忘れられることなく生き続ける怪異ならば、その解釈の範囲内で条件を緩めることも可能であるらしい。
他ならぬクロユリさん自らがそう語った。
『流行真っただ中のわたしだったら たぶん「凶悪な怪異に殺されようとしていること」が遭遇条件だった 普通の怪異が相手だったり 命の危険がなかったりしたら わたしは呼べなかっただろうね』
「めちゃめちゃ厳しいのです……!」
『それがいつのまにやら 困っている人で助けを求めた人なら 相手がチンピラ大学生でも戦ってあげられるようになってた』
「だいぶ広げたんですね、解釈」
「…… いつのまにやら ね」
クロユリさんの怪異講釈にカルテのオカルト語り、深衣の新鮮なリアクションと相槌で盛り上がった会話は、二人の女子高生から険しい登坂の苦しみを忘れさせ。
気が付くと三人は鈴山学園高校に到着。これ以上は先生に不快感を与え注意されかねないと判じて深衣はスマートフォンをしまった。
靴箱で靴を履き替え昇降口から階段を上る。
三階に来たところで、いよいよ小路に事の次第を告げに行くため進路を変えた。スマートフォンのメッセージアプリで伝える手もあったが、こういった大事な事柄はやはり対面で伝えるのが深衣の理想とする「いい子」だった。
二年五組、教室棟三階の中間にあたるその教室の入り口に立つ。一見しただけではあの特徴的な白い髪が見当たらなかったため、深衣は扉のすぐ近くの席で友人と話している先輩に声を掛けた。
「すみません。こちらに蘆屋小路先輩はいらっしゃいますでしょうか?」
「ん? あれ、君もしかしてクッションちゃん?」
「クッションちゃん……?」
「小路だったらアレ、人間の壁に囲まれてるのがそうだよ。呼んだげるね」
「クッションちゃん……」
親切な先輩が「おーい、こーみー」と呼びながら人垣へと向かうと、塊は彼女を姫に御目通しするかのように開き、隠されていた神秘的な白髪の少女はすみやかに深衣たちへ視線をよこした。
「おー、みーちゃーん! どないし……た……」
深衣を見た小路、その眼はすぐその横に立つ長身の真っ黒な少女にスライドする。
そして硬直する。
白いまつげの下で光のない真っ黒の瞳は驚きに見開かれたまま静止し、ぱっくりと口を開いた笑顔はそのままに歓迎とは正反対の感情がじわじわと起こってきた。
──あー、クソ、またみーちゃんのバカデカ術力に埋もれて……いや違う、こいつ、まさか隠れて……!
「やあ 視えてる? 蘆屋小路さん」
怪異少女は陰陽師少女に向けて、ごくごく気軽に、あまりに気安く、げに気さくに話しかけた。
それは小路に向けられたひどく穏やかな侮辱だった。
「久しぶり 今度はいきなり封印とか しないでね」




