第23話 怪異少女にいわく
「なるほど 七不思議の怪異を ふふっ ふふふふふふ」
逢魔が時に差し掛かる夕暮れの中のビル。のどかな日差しの届かない建物内の暗い資材置き場。助けを必要とする二人の少女の前に怪異少女は姿を現していた。
深衣とカルテは小路との出会いから『禁七』討伐作戦の結果まですべてをクロユリさんに話す。
黒い少女は終始にんまりと喜色満面だったのだが、上手くいかなかった現状を聞くとついに堪えきれずといった調子で笑い始めたのだった。
自身がそう言っていたように。
この都市伝説怪異【怪異退治のクロユリさん】は人間のダメさを愛しており。
後がなくなって討伐に踏み切るもそれも達成できなかった小路の徒労に愉悦を見出していた。
──夏休みの宿題を夏休みが終わってから答えを書き写して提出したけど 肝心の計算ドリルを一つ失くしていたみたいな かわいい
深衣はその感情に共感しつつも、この人は相変わらずなのです……と、やや呆れた。
「あまり笑わないでください。人の不幸を本人のいないところであからさまに楽しむのは良くないことなのです」
「ああ そうだね ごめんごめん ただ そりゃあ出るよねって思ったんだ 七体全部殺さなかったなら」
「そうなんですか? 倒せた奴が復活してるなんてズルではって気もしますけど」
「その都市伝説怪異 『七不思議』なんでしょ 七つで一まとまりの怪異」
だったら 全員殺さないと終わらないよ
怪異少女が言うところによれば。
七談一話として認識されているこの都市伝説怪異にとって、犠牲者役として湧き出す生徒の霊や校内で活動する六体の怪異は手足にすぎず。
最後の一体が生き残っている以上は、学校の教師たちの強い恐怖を拠り所として復活できてしまうという。
「補給線という点から言うなら その怪異は先生全員の記憶をいじって忘れさせれば弱体化するから その状態で表に出てる六体を倒せば 復活できずに無害化すると思うよ」
「そ、そうなのですか?」
「そうなのですよ わたしたちは常に人間の認知の影響を受ける 光線女もそうだったでしょ? 最新の噂が 最新の認知が反映される」
「そういえばそうだったわね……」
【人生破壊光線女】は怪談成立当時と調査活動当時で怪談のパターンが変化しており、結局その遭遇条件は後者、そのとき流行っていた噂のものが適用されていた。
怪異の性質は人間の認知に従って常に変化している。
故に、それが少数集団から強く信奉される怪異である場合は、信者を全滅させることで間接的に倒すことも可能ということだった。
しかしこの場合でも、怪異が消えて無くなるわけではない。
「あくまで無害化だけどね 忘れられても怪異は消えない 謎の七体目は残る きっとものすごく弱って何もできない地縛霊みたいなのになる 街に出る普通の怪異なら通りすがりの霊能者に祓われて消えるか 偶然もう一度怖がられる機会に恵まれて力を取り戻すかだけど 禁七の場合は見つからないわけだから ずっと残るだろうね」
「それはちょっと不安ですね。うーん……」
「でも これっていけないこと?」
「えっ?」
ここにはかつて怖ろしい怪物がいた。
今は忘れられ、怪物は力を失った。
しかしそれはまだ生きている。
またいつか人を襲う。
その危険がある。
それはそれでいいじゃない。
災害のリスクはいつでもある。
完全ではない平穏の中で我々は日常を築いている。
いつか何かの拍子に積み上げたそれが崩れ去るなど考えもせず生きている。
私たちは忘れ去ることで、破局的な可能性と共存している。
都市伝説怪異は、それと何が違うのだろう?
彼女はそう問いかけていた。
闇に生きる怪異の問い。
それに対し、呪いによって光の中を生きる少女は毅然たる態度で答えた。
「……それは、少なくとも今回は、詭弁であると思うのです」
「おや 手厳しいね どうして?」
「クロユリさんがいるからです」
「………… ふふ ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふっ」
そう。こと怪異退治において、クロユリさんが存在する以上は。
リスクとの共存は甘えとなる。
なぜなら彼女は、そのリスクを完全に摘み取ることができる者だから。
【S高の禁じられた七不思議】を、完全に打ち滅ぼすことができる存在だから。
そのように語られる都市伝説の怪異だから。
「承ったよ ミーコちゃん その怪異 わたしが殺しきってあげる」
「はい! お願いしますです!」
盛り上がる二人。その様子を、ジト目でむすっと蔑む少女がいた。
「…………あの。すごい良い流れのとこ申し訳ないんですけど」
「? なあに」
「あたっ、カルテちゃん、悪感情が痛、あぁっ! ごめんなさいなのです!」
「アタシ、ミーコと約束したんですよね。アタシ以外に『ミーコ』って呼ばせないでって」
「おやおや そうだったの? ミーコちゃん」
「ちょっと?」
「ごめっ、ごめんなさいなのですカルテちゃん! クロユリさんにミーコと呼んでもらうよう言ったのはカルテちゃんと約束する前で、それから色々と忙しかったので約束のことを伝える機会が痛っ、ずっとなかったのです痛っ!」
「おお よしよしミーコちゃん 回復の絆創膏を貼ってあげようね」
「ちょっと??」
「クロユリさん! 遊ばないでほしいのですっ!!」
薄暗い物置場所にひととき咲いた談笑の華。
萎んで枯れてしまう前に、「これからはみーちゃんって呼ぶね」とクロユリさんが切り出して。
彼女たちの会話は円かに摘み取られたのだった。
◇
「おはよう みーちゃん」
「……クロユリさん?」
どうしてあたしの部屋にいるのですか?
自室のベッドで目を覚ましてすぐ目に入った添い寝状態の怪異少女に深衣は訊いた。
「昨日はおしゃべりが楽しくて 大事なこと話し忘れちゃったから」
「大事なこと?」
「当ててみて」
ベッドの上で横たわったまま、深衣は目の前の黒い少女の内心を感じ取ることに集中する。
「…………え、そ……、あ、わあ……」
「どうしよう これ」
「ど、どうすればいいのでしょう……?」
「いい子のきみはどう思う?」
「そ、そうですね……」
今度はいい子として思考を巡らせることに集中する。
クロユリさんから読み取った感情、心の声、そして断片的な記憶の回想。
心をその染色から拾い上げて、善良優等生な冷杯深衣としてこの状況にどう対処すべきかを自問する。
答えはすぐに出た。
「包み隠さず話すしかないのです!」
「ふふ きみのその言葉が聞きたかった」
「え、どういう意味なのです?」
「聞いてみる? わたしの心の声」
「んぅー……」
「みーちゃーん? 誰かとお話中ですか? もうご飯の時間ですよー?」
扉の向こうから母親の呼ぶ声が聞こえ、深衣の呪いは分散し混乱し共感を薄める。廊下の彼女は相変わらず少し心配気味で、目の前の彼女はとにかく愉快な気分。
つられて深衣も愉快な気分で布団から抜け出した。
「今行きますです! ……クロユリさん、支度を済ませてくるので少々お待ちいただけますか? です」
「ふふ 気にしないでいいよ いってらっしゃい」
怪異ゆえの不法侵入意識の欠如を深衣は全く見咎めることなくリビングに向かう。
席に着き、母親が用意してくれた豪勢な朝食をいつものように頬張った。
サラダ、トースト、スープ、ベーコンとサニーサイドアップ。
テレビは麻薬及び向精神薬取締法違反の疑いで麻薬取締官が逮捕されたというニュースを報道しており、左上のテロップは6時32分という時刻を告げていた。
「最近多いよね クスリ関係の事件 港の方だったか……中華街だったかな かなりやばいって話してるの聞いたよ」
「もぐもぐ……」
「この写真お父さん? 家にいないみたいだけど単身赴任かな 単身赴任中の浮気は四人に一人っていう高確率らしいんだけど その浮気を防ぐために面白いアイデアを実行した女の人がいてね」
「ごちそうさまでした! 歯磨き歯磨き……」
「つまりは電子ドラッグだったんだ もう彼には女の人の顔の区別がまるでつかなくて 逆説的にその女の人しか愛せなくなってしまったの けれど考えてもみて どんなに愛する人だとしても 四六時中どこにいっても見かけていたら疲れてくるよね 限界効用の逓減っていうらしいよ 一回あたりに得られる幸福量は絶対に減っちゃうの」
「行ってきまーす!」
扉を閉めた深衣はすぐにスマートフォンを取り出し、電話で会話をするフリをしてクロユリさんに言った。
「男の人がかわいそうなのです!!!!」
「うん そう いいよね」
鈴山駅でカルテと合流するまで怪異少女のダメ人間語りは続いた。




