第22話 チェック、アクション
「どの資料を見ても、出てくる怪異は六体しかおらんことになっとる」
校内全域出没のテケテケ
理科準備室の動く人体模型
特別棟三階女子トイレのトイレの花子さん
音楽室のひとりでに鳴るピアノ
教室棟二-三階西階段踊り場の死者の映る姿見
教室棟屋上前階段の13階段
この六体はすべて小路が消除した。
生徒の霊もすべて祓った。
校内にはもう怪異もその痕跡も残されていない。
「じゃあ、全部解決、ってことですか?」
「……みーちゃんはどう思う?」
「はぇ……?」
冷杯深衣。小路が彼女をこの七不思議退治に連れて来たのは、その身に刻まれた『霊媒体質の呪い』を頼ってのことだ。
彼女の体質は穢れを払い除け霊を遠ざけ、伝承怪異を招き寄せるほか……当たり前の機能として「霊を見たり感じ取ったりする」ことができる。
鈴山学園高校に生まれた都市伝説の怪異【S高の禁じられた七不思議】は、この六体の討伐を以て達成されたのか?
小路は深衣にそれを問うた。
「……たぶん、まだ」
それは未だ扱い慣れぬ感覚のこと。彼女に確信はなく、本当のところはもうすべて終わっているのかもしれないと、そうも思った。
だが。
夜の学校というこの異界に入って。
自分たちはまだその怪談世界を脱出できていない、そんな感覚が深衣にはあった。
「七つ目がいます。この学校のどこかに、まだ倒されていない怪異がいる。そんな感じがするのです……」
◇
深夜四時。小路たちは学校を後にした。
プール、講義棟、食堂、体育館、第一・第二グラウンドも調べて回った彼女たちだったが、そちらにはまばらに生徒の霊が散っていたのみで怪異はおらず。手がかりを失くし、無念の帰宅となった。
気を失った加洲については、「夜当番の教師は朝の始業時刻までソファで仮眠するのが定例になっている」とモニタールームのマニュアルに書いてあったため、例の隠し部屋に寝かせたままにした。
念のため監視用の札式神を付け、閉じ方がわからない部屋に厄除の札を貼って退去している。
深夜四時半、禁断のホットスナックを購入して小路の部屋に帰宅。軽食で一息ついたのち、入浴して身を清め、歯磨きをして就寝。
朝の八時に起床して、手早く身支度を整えて学校に向かう。
夜のうちに怪異が祓われた校舎に変わった様子はもちろん無く、清掃業務が不要で驚いたであろう教師たちもその反応を見せるような迂闊はしなかった。
小路、深衣、カルテは中間考査が近づいている以外全くいつも通りの学校生活を送る。
放課後になり深衣とカルテは下校。深衣はテスト勉強に勤しみ、カルテは図書館に寄って学校の怪談関連の本を渉猟していた。
そして、夜の十時半。
深衣とカルテのスマートフォンに、小路からメッセージが届く。
それは小路があらかじめ二人に約束していた報告。
『禁七』の怪異が完全に倒されたか単独で確認しに行った彼女からのもの。
[昨日倒した怪異、全部復活してたわ]
続いて送られた「号泣するふわふわの毛虫」のスタンプ。
そこに込められた徒労感、笑ってしまいそうな軽めの絶望、この先を想ったときの頭の上がらない鈍い重さを深衣は受け取って。
「号泣するデフォルメキャラの猫」のスタンプを送った。
カルテは「背を向けて『なんとかなる』と告げるおかっぱ頭の少女」のスタンプを送った。
小路からは[こいつぅ~]とだけ返事があった。
◇
「ねえ。やっぱり相談しない?」
「……そうですね」
十月八日、水曜日。深衣とカルテは学校からの帰路で、七不思議怪異討伐の今後を話していた。
昨晩の報告から間を置いて、二人はもうこれ以上今回の事件に関わらなくていいと小路から告げられたのだ。
[みーちゃんを連れて行かんでも出るってわかったからな。巻き込む理由ないやろ?]
[それにあれや。もう何をどうしたらええかわからんっていうか]
[とりあえず毎晩怪異倒してセンセたちには楽させたろって思うけど、七体目の手がかりが出るまで根本的にはどうもできんから]
[ありがとうな二人とも。解決できたら、お祝いパーティー付き合って]
「どこにいるのかさっぱりわからない七体目を倒すまで毎晩戦い続けるなんて、先輩絶対倒れちゃうわよ」
先日の怪異退治では、陰陽師・蘆屋小路の能力と矜持を尊重して、それを行わなかった。
しかし今や状況は変わった。
光明の見えない泥沼の中で彼女が戦い続けるというのならば、深衣はいい子として、一人で戦わせておくことはできなかった。
「はい。あの人を頼りましょう」
だから、小路と共に戦ってくれる人を呼ぶ。
魑魅魍魎の跋扈する魔都標戸において唯一、怪異を退治している怪異の少女。
かつては深衣とカルテを救い、今は小路を助けられるただ一人の存在を。
かの少女が活動の中心とする燦宮、中でも特別な出会いの思い出があるプラザへとやってきた深衣。
彼女を強く思い浮かべて、召喚のおまじないを口にした。
「助けてください、クロユリさんっ!! なのです!」
「なのですいらない!」
カルテの突っ込みが薄暗い物置スペースに反響して数秒。深衣は強い気配が迫ってくるのを感じる。
冷たく、素早く、鋭くて恐ろしい動き。
けれど、それ以上に人懐こくて、ジメジメとして粘着質で、べったりくっついてきたときのしっとりとした温かさのようなものを持つ彼女の気配。
それは地上に止まっていた搬入用エレベーターに潜り込むと、白色電灯が照らす小箱をボタン操作で吊り上げさせ。
深衣たちが待つその場所へ「ポーン」という到着の合図を鳴らして。
扉が開き、その姿を現した。
真っ黒な生地に白のラインとリボンをあしらった黒セーラー服。
腰まである長い黒髪と真っ黒な瞳に影を作る前髪。
小路とは正反対の「黒い少女」がそこにいた。
「わたしに何か頼みごと?」
数多の怪異を相手に無双。
「生ける対抗神話」
「打ち滅ぼす少女」
「怪談殺し」
「都市伝説荒らし」
「ぼくがかんがえたさいきょうの霊能者」と主にネット上で語られ持て囃される、対怪異特攻兵器。
陰に食い尽くされそうな月のように目を細め、夜を食べたような闇に染まる口で邪な微笑みを見せる怪異の少女。
都市伝説怪異【怪異退治のクロユリさん】がやってきた。




