第21話 S高での二千八百夜
『夜当番』
それは私立鈴山学園高等学校の教師によって夜十時から翌日朝五時まで行われている校内管理業務である。
この学校では毎晩、学校の七不思議に語られる怪異が六体出現する。
【トイレの花子さん】
トイレに入っていく生徒の霊と友達になり、深夜零時を回った頃から彼らと共に校内を徘徊して「遊び」を始める。物を壊したり、足跡を残したり、昇降口から出ようとしたりする。
【ひとりでに鳴るピアノ】
演奏を聞いた生徒の霊を引き寄せ、音楽室内に取り込む。多くの霊を取り込むほど演奏の音が大きくなり、やがて演奏が届く範囲のシャッターと教室の電子ロックを継続的に解除する。
【死者の映る姿見】
生徒の霊が前に立つと霊が潰され血だまりになる。鏡から亡者が出てきて生徒の霊を捕食する。放置すると校内が血まみれになる。
【13階段】
十三段目を踏んだ生徒の霊は一時的に消失。一~二時間後に現れるときには異形となっており、校内を徘徊する。前を通っただけで電子ロックが解除されるほか、昇降口の封印を壊そうとする。
【動く人体模型】
深夜二時を過ぎると血液を垂れ流す人体模型が校内を徘徊して廊下を汚す。生徒の霊を追いかけまわして走る。生徒が逃げ込んだ教室の扉を破壊しようとする。
【テケテケ】
校内のどこにでも出没する。生徒の霊を気まぐれに上下に千切って殺し、気まぐれに仲間にする。隠しカメラの監視者に気づいており、校舎を徘徊しながらモニタールームを探し回っている。
夜当番の教師の役目は、放送準備室奥に隠されたモニタールームにて設備を操作しこれら怪異の活動を抑制、被害を低減させることである。
シャッターで生徒の霊の動線を変える、電子錠のオンオフで生徒の霊を閉じ込めたり逃がしたりする、校内放送で読経を流し演奏を邪魔する、UVライトで動きを止めるなど。
十六台のカメラと八画面のモニターで校内を監視し、手元の操作盤で状況をコントロールする。
怪異の活動は朝の五時で概ね終息する。
五時半には他の先生が出勤し、校内の清掃、修繕、補修作業を行う。この時の作業量を減らすためにも、当番教員には怪異たちになるべく何もさせないことが求められる。
一年四組担任の数学教師、加洲。
彼女はこの学校に来てからの一年半で六十回ほどこの当番をこなしていた。
◇
「……ピザ屋のバイトみたいな話ですね」
「カルテちゃん?」
「すみませんなんでもないです」
「それって全部のシャッター下ろしたりライト全開にしたりしとくんじゃダメなんですか?」
「小路さん、学校の電気代って馬鹿にならないのよ。屋上の太陽電池でいくらかごまかせてはいるけど、そんな風に設備を使いっぱなしにはできないの。それに、そんなことに使うお金があったら電子教材とタブレットの導入をしなくちゃだし」
「そんなことて……わりと命掛かってる仕事に聞こえましたけど」
「ふふ、小路さん。
教師ってそういう仕事よ?」
生徒の人生に大きな影響を与える職業。
恋の悩みに茶化さず答えを出してくれたか。問題に直面したとき頼れる大人の姿を見せられたか。選択を尊重して背中を押してくれたか。暴力や抑圧に晒されているとき救ってくれたか。
時にその子供の未来を左右しさえする存在。
それが教師だと、彼女は信じていた。
死ぬ気でやらないダメな先生なんて、少なくともこの学校にはいません。
教師・加洲は瞳孔の開き切った目を小路に向けながら言う。
「わ、わかりました。それはいいとして。そもそもなんでこんなことになっとるんですか?」
「こんなことって?」
「なんで学校に怪異が出るようになったのか。先生はご存じですか?」
「………………」
加洲は温くなったコーヒーを啜り、瞳をふるふると揺らしながら呟く。
「鈴山学園高等学校、校則、第一条、第六項、『風聞巷説に基づく行動の禁止』……あるでしょ? あれはね、八年前、学校で盛り上がってた怪談ブームを、ね、ダメだよって公示するための根拠として作られたの。 七不思議事件はそれで終わった。誰も話をしなくなったの。でも、でもね、これは先生方から聞いたことなんだけど、そのあと、学校に夜な夜なお化けが出るって警備員の人が、それで学園長が霊媒師さんを頼って、仕組みがどんどん整ってね、こうなって、こうな、こんな、な、ん、あ、ああああ……」
加洲が脱力してマグカップを落としながら座り込み、彼女に共感の矛先を向けていた深衣は吐き気を覚えて部屋の隅に移動した。
「こっ、こみ先輩、『黙殺の呪い』が……先生はもう限界なのです。ううっ……」
「ミーコ!」
「先生、ありがとうございました。目閉じてゆっくり呼吸してください」
「っ……、すー……っ、……はっ、…………っ」
不規則な息遣いはやがて穏やかな寝息へと変わっていった。苦し気に呻いていた加洲の意識を小路が術で軽く小突いたことで、彼女は安らかな眠りへと落ちたのだった。
「センセらの隠し事は、この『夜当番』とかいうブラック労働やったわけか」
加洲の体を三人が座っていたソファへ横たえると、小路はデスクに置かれた事例集や棚のファイルを調べつつ、真相をまとめていく。
八年前に学校で起こった七不思議ブーム。それを強行的に禁止したことがかえって内外の関心を集めて、伝承怪異【S高の禁じられた七不思議】が生まれた。
学校は崇高な教育理念のもと、この怪異を教師たちの手で隠匿・管理することを選択。
おそらくその業務サイクルの中で、管理体制が最適化されていくにつれ怪異への認識も事務作業的に扱いうるものへ変わっていき。認識をフィードバックした伝承怪異はかろうじて管理しきれる存在に収まっていった。
しかし化け物は化け物。毎夜向き合わなくてはならない教員の精神的負担は大きく、やがてこの事態への認知に防衛機制が働いた。
それが『黙殺の呪い』。教員全体で構築された「七不思議怪異を現実と認めないようにする」という環境型の呪い。
呪いを解かれた教師立山が身を投げたのは、昼間自分が働いている職場で毎晩繰り広げられている怪異管理業務を現実のものとして認めることに耐えられなかったから。
だがこの呪いは皮肉にも、彼らが命懸けで守っている生徒にも悪影響を及ぼしている。
心の悩みを抱えた生徒を遠ざけ、トラブルに直面する生徒を苦境に放置している。
いじめを黙殺させている。
この状況は、良くない。
「ほな、どうすればええかなってことやけど……」
パタン。小路は音を立ててファイルを閉じる。
部屋の隅にぺたんとへたり込む深衣と、その介抱をするカルテへと歩み寄って言った。
「どうすればええんやろ」
「えぇ……」




