第20話 放送準備室の声
『繰り返します。一年四組、冷杯深衣さん。一年四組、大宅カルテさん。二年、五組、蘆屋小路さん。至急、特別棟一階廊下に来てください』
七つ目の七不思議怪異が見つからず校舎を後にしようとしていた小路、深衣、カルテの三人。
彼女たちを呼びつける放送が静寂で満たされる夜の校舎に響き渡った。
「……アタシたちの名前、呼んでましたね」
「せやな。今のが最後の七不思議やったりして」
「校内放送や放送室にまつわる怪談はわりとありますけど、七不思議に含まれてる例は稀ですね」
「いえ、きっと怪異ではありません。さっきの声には聞き覚えがあるのです」
「え? ……あ、言われてみれば」
「そうなん?」
一年四組である二人はその声を日常的に聞いてきた。
穏やかで優しく、母性的な落ち着きのある高く甘い声。
クラスの担任教師、加洲の声だった。
◇
特別棟一階廊下。罠の可能性を考慮しつつも三人はここへやってきた。
家庭科準備室、家庭科室、放送準備室、校長室、そして応接室が並ぶこの場所。
警戒しながらも彼女たちはその真ん中、放送準備室の前で待機していた。
「あれ、ほんとにきずなちゃんの声だったと思う?」
「はい。本物だと思います。声の震え方から深夜にあたしたちが学校にいることへの疑念や困惑、恐怖と不安が感じられました。それと、こみ先輩の名前を呼ぶとき、二年生ということは知っているもののクラスはうろ覚えだったため、思い出して言うまでの間があったのです」
「おお、もしかして『共感の呪い』ってやつ? めっちゃ便利やな」
「えへへ、とても便利に使わせてもらっているのです」
「この呪いのせいで他人の悪意にも簡単に共感しちゃって、『いい子の呪い』がそれを頭痛で相殺するせいで死にかけてたんですけどね、最近まで」
「はい。これはとんでもない厄介者の呪いなのです」
「ごめんな……ウチが学校の怪異にこだわってるうちに、そんな難儀な体にしてもうて……」
「そんな! こみ先輩のせいというわけでは」
ガタッ。
人影の映る扉の隣、三人の目の前にある扉の向こうから音がした。
ガタッ、ガタ、ガタッ。
何かを外すような物音。そして、引き戸の窓に現れるうっすらとしたシルエット。
そこに誰かが立っている。
『あなたたち……本当に、本物の冷杯さんと、大宅さんと、蘆屋さん、なの?』
三人は静かに顔を見合わせる。深衣が頷き、カルテは怪訝な顔で扉を見て、小路が口を開いた。
「二年五組、出席番号三番、蘆屋小路です」
「一年四組、出席番号十八番、冷杯深衣なのです」
「同じく、出席番号五番、大宅カルテです」
『………………』
「きずな先生、ですよね? あたしたちはとある事情で、学校の怪異を退治するために来たのです」
『退治……?』
「ウチが、とある祓い屋の家系で霊感があるので。この学校で起こっている霊的な異変を解決するために二人に協力してもろたんです」
『祓い屋……』
数秒の沈黙。そして、扉の向こうの女性が、くぐもった声で尋ねて来た。
『大宅さん。自己紹介シートに、オカルト好きって書いてたわよね』
「書きましたけど」
『……赤い紙、青い紙、どっちが欲しい?』
「白い紙」
『……そういえば大宅さん、あなたが数学の小テストを白紙で出したと真瀬先生から注意を受けたのだけど……』
「白紙じゃないですけど!? 名前は書いてたんだし!」
横目で呆れかえる二人に「違うのそのときは前日の夜にめちゃくちゃ構成が上手い廃墟探索のホラー動画シリーズを見つけちゃって」と言い訳をするカルテ。
慌てるオタクをよそにカチャカチャと留め金を外す音がした後、電子錠のロックが解かれる「ピピッ」という音がして、三人の前の扉がゆっくりと開かれる。
引き戸に不安げに手を添わせる加洲がそこにいた。
「入って。早く。……話をしましょう」
◇
ウォークインクローゼットのような細く狭い空間を通り、スライド式の隠し錠が付いた扉を開けて入った薄暗い隠し部屋。
そこには学校の設備としては明らかに異様なものがあった。
右手の壁に並ぶ書類棚にはファイルがぎっしり詰まっているほか、神社の札や破魔矢、水晶、大幣、塩、酒、水、米、魔除けのお守りとされるものが種々置かれている。
左手の壁には大きなふかふかのソファがあり、置かれた枕とアイマスクから仮眠も可能だということが示唆される。
部屋の中央には青白い光を放つ八画面のディスプレイと、それに照らされた操作ボタンの群とマイク、放送設備、そしてノートパソコンの乗るデスク。長時間の着座に適したリクライニング機能付きのチェア。
八つのディスプレイに映し出されているのは校内の様子だ。
上段は左から特別棟三階女子トイレ前、教室棟三階音楽室、教室棟二-三階西階段踊り場、教室棟屋上階段が映っている。下段は数秒おきに廊下各所の様子が切り替わって映し出されているようだった。
これは言うなれば、校内監視部屋。
そして机のボタン群が配された装置には[電子錠管理][ライト照射][シャッター開閉]などと書かれたシールが貼られていた。
「せ、先生。これは、一体なんなのですか……?」
「……『夜当番』、だよ」
放送準備室の扉を封鎖しなおした加洲が隠し扉をリモコンで閉じながら答えた。さらにつっかえ棒や掛け金を掛けて物理的施錠を施した彼女は、三人にソファに座るように促し、自分は入り口脇の棚に乗せられたポッドを取ってコーヒーを淹れる。
「三人とも、ミルクと砂糖は入れる?」
「夜当番ってなんですか?」
「今なら先生持ち込みのホイップクリームとはちみつも入れてあげるよ」
「先生、あの」「カルテちゃん」
学校の謎の隠し部屋。そこで怪しい業務に勤しむ先生。オカルトの匂いに興奮したカルテが急いて尋ねようとするのを深衣が遮る。
深衣の瞳は小さく揺れていた。ついさっきまで加洲の感情を己が内へ流し込んでいた目だ。
「手伝いましょか、先生」
「大丈夫。大丈夫なの。今淹れてあげるからね。甘いものを飲めば落ち着くから。落ち着いたら、お話をしましょうね」
黙殺の呪いと闘っている。その手が震えているのを見て、カルテもじっと堪えて彼女が会話できる状態になるのを待った。
ほどなくして四人分のはちみつホイップミルクコーヒーが完成。紙コップがソファに座る三人に配られ、加洲は自分のマグカップをデスクに置いて、椅子に腰かけた。
ふー、ふー。湯気を立たせるコーヒーを少し冷ましてから口を付け、一口、舌の上で甘味を堪能する。
熱を伝えるカップを机に戻し。生徒三人に教師は向き直る。
「…………この学校は毎晩、お化け被害を抑える管理の仕事をしています」
『夜当番』 鈴山学園高等学校が秘密裏に行うその業務について、加洲先生は語った。




