第13話 そんなこともできてしまう
昇降口にやってきた深衣とカルテ。昼休みに連絡先を交換しておいたメッセージアプリの履歴には、小路はすでに到着している旨の送信が残っている。
どこにいるのかと見回す二人、その真横から「やっ」と、陰陽師少女は気さくに話しかけてきた。
「びっくりしました……さっきまで誰もいなかったように見えたのですが」
「隠形の術ってやつ。他の子に声掛けられたら面倒やから。で、えらい遅かったね?」
「ごめんなさい、考えをまとめていたら時間が過ぎていて……」
「色々ばーっと話してもうたしなぁ。まあウチもさっき来たとこやから気にせんといて」
「こみ先輩も何かあったのですか?」
「んー、それがな……」
二年五組の帰りのホームルームでのこと。
立山が戻ってきた。
朝の飛び降り中に気絶した彼女は保健室に寝かされていた。
放課後まで目覚めなければ病院に、とこれまた事なかれ主義な対応を学校は取っていたのだが、小路がこっそり施した回復祈祷が効いたのか、五限目の最中に目を覚ましたという。
それで起きてから養護教諭や学年主任、教頭などと話しているうちにまた黙殺の呪いにかかってしまったのか、ホームルームに現れたときには自殺を図ったとは思えないほどの陽気さを見せていた。
「まあその方が当面の安全は保たれるやろうから、念のためもう一回監視用の式を付けて、会話能力とか意識が明瞭かを確かめてからさよならしてきたって感じ」
「なるほどなのです」
「………………ん~」
三人は正門から続く長く急な坂道を下っていた。落ち着いて話せる場所、すぐ近くだという小路の住まいへと向かっている。
「先生の呪い、早く解けるようにしないとですね!」
「せやな。 ……んで、カルっちはなにをずっと難しい顔しとんの? もしかして、やっぱり嫌になった? 夜の学校」
「いえ全然! 全ッッッッ然!! 夜の学校めっちゃ楽しみです!」
「カルテちゃんしーっ! 声が大きいのです!」
「ただ、深夜の外出をどう親に説明したものかと……」
「え」
五限目後の休み時間、うきうきのカルテが「今日の夜何持ってくる? アタシは懐中電灯と魔除けのお守りと……」と話しかけてきたところに、深衣がこう返したのだ。
「夜に家を出る理由をご両親にお伝えするのが先なのです」と。
「こっそり家抜け出す感じでええんちゃう?」
「アタシはそれでいいと思ったんですけど」
「そんなのいけないのです! 何かあったとき迷惑をかけてしまいますし、不誠実なのです!」
「こう言ってて」
「フツー許可なんかもらえなそうやけど」
「あたしは既にお母さんから許可を貰いました」
「よう許可下りたな。いやというか、不法侵入しよるんにそんなこと気にしてもしゃーないんちゃう?」
「ぐ……それはそう、なのですが……」
光線女に呪われて以来母親を心配させることの増えた深衣は、これ以上気を揉ませまいと神経質になっていた。
そしてカルテもまたいじめ被害を隠してぎこちなくしてしまい気を遣わせている節があり、それを申し訳なく思っている。
「ふーん……二人とも親御さんが大切なんやねぇ」
腕を組んで考え込む小路。
カルテも歩きスマホでどう言いくるめようか考えあぐねている。
深衣は二人が躓かないようその足元をしばらく見守った。
「よし。ほな二人とも今日はウチの部屋にお泊まりってことでどう?」
「えっ!?」
「みーちゃんも、ウチから親御さんにちゃんと話通すからあとでスマホ貸して。あ、お泊まりセットとか夜ご飯とかコンビニで買って行こか。ウチが支払うから好きに選んで。あとは……」
「い、いいんですか? 急にお泊まりなんて」
「せめて買い物は自分のお金でさせてほしいのです!」
「だいじょぶみーちゃん、経費で落ちる。総局に請求するから。んでカルっち。むしろ人を泊めるのが申し訳ないくらいしょーもない部屋やから断ってもええで」
「いえ! 『ナントカの船』って感じですっごい助かります」
「……テセウスの船?」
「『渡りに船』なのです」
「でも、うちの親結構心配性なので、学生の先輩からの連絡じゃ怪しまれるかも……」
「ああ、そこは術でなんとかできると思う。センセたちに掛けられてる黙殺の呪いをちょっと真似て『特定の事柄に疑問を持つことを避ける』っていう呪詛をやんわり掛ける感じで」
「そんなこともできるんですか。……ちょっと怖いかも」
「ハハハ、せやで。陰陽術……っていうか呪術全般、本来怖いモンやからな~。まあ、陰陽師に限っては悪用の心配はないけど」
「どうしてなのです?」
「前もちょっと話したやつ。秘密をバラしたり術を悪用したりする『外法者』の、処刑専用怪異がおるから」
陰陽術を私利私欲で用い、現実の法で裁けない悪に堕ちた陰陽師。
これを『外法者』と呼ぶ。
陰陽師世界にはそんな悪の術者の元に現れる怪異の存在が代々伝承されている。
名を【桔梗様】という。
身の丈は九尺……三メートルほど。血に浸った赤黒い狩衣を纏い、べしゃべしゃと水音を立てながらやってくる、俯き加減の紫の桔梗が頭になっている怪人。
目の前に現れた時点であらゆる術を封殺、外法者の心臓を剣で貫き、縄で四肢と首を縛って体を六つに引き裂く。
標戸の呪いや霊・怪異の実在、陰陽術などの秘密を無闇に明かせば現れるというその粛清装置は、本来は陰陽師の悪行を裁く正義の守護者にして……
陰陽師の生き方を縛る最大の呪詛だ。
小路が陰陽道総局から貸し与えられた物件は、学校のすぐ隣にある集合住宅の一室。そこまでの短い道すがら、陰陽師が意図的に生み出したこの伝承怪異について小路は端的に語った。




