第10話 先生がおかしい
「ちょっと待ってください。それっておかしくないですか?」
カルテが手を挙げて疑問を呈する。
何度祓えど学校に湧く大量の生徒の霊、それは深衣たちが都市伝説怪異と呼び、陰陽師からは伝承怪異と呼ばれてきた存在の一部だという小路の言。
しかしカルテたちがかつて怪異少女に聞いた話と照らすのならば、この説には異論を差し挟む余地がある。
怪異が生まれる条件。認知度の問題だ。
「知ってたアタシが言うのはアレですけど、禁七ってかなりマニアックな方の都市伝説なんです。クロユリさんみたいな豊富なエピソードがない、というか捉えどころのある中身すらないから発展性がなくて。光線女みたいにバズったって記録もないし、都市伝説怪異として成立できるはずがないんです」
標戸という地に口を開ける現実世界の歪み。『怪異言現』
人の恐ろしい想像、怪談奇談、都市伝説が本当に実現されてしまう現象。
その発生条件は、強い認知を得ること。
カルテが挙げた二つの都市伝説【怪異退治のクロユリさん】と【人生破壊光線女】この二つはどちらも、ネット上を中心に不特定多数の人間に知られ、語られ、恐れられていた。
『S高の禁じられた七不思議』はそれに当てはまっていない……カルテはそう考えていた。
しかし、そこには見落としていることがある。
「ウチらの陰陽術とおんなじってことやろな」
「えっ……」
「カルテちゃん。実はこみ先輩たち陰陽師さんが使う陰陽術も、怪奇現象として一族が代々畏れているから成立している、一種の【都市伝説怪異】なのです」
「一族が代々……あ!」
一般には明治維新で滅びたとされる陰陽師。その陰陽術を現代でも振るうことができているのは、陰陽師一族という狭い集団から、自然法則と同じくらい確固たるものとして今なお信仰され続けているからだ。
【S高の禁じられた七不思議】も同じ。
狭い集団によって連綿と語り継がれ、現実の脅威としてずっと恐れられてきたのだ。
「でも、ネット上では全然話題になってない……。こんなニッチな怪談をずっと受け継いで怖がり続けてる集団って……? まさか、標戸の呪いを悪用して金儲けを謀る悪徳呪術者組織が……」
「ないない。もっと普通にわかるとこやで」
「アタシ馬鹿なんでさっぱりわからないですっ!」
「こみ先輩、それって……」
「はは。まあみーちゃんはわかるよなー」
「なんなの!? 霊能力者にしかわからない問題ってコトですか!?」
「いや、そんなことないけど。みーちゃんは共感の呪いもあるし、無くても今日も目の当たりにしたことやしなって」
「目の当たり……それって、まさか」
鈴山学園高校は毎年160人が出ていき、160人が入ってくる。学校という場所は世間的には閉鎖的な環境だと言われがちだが、この点ではどこも非常に流動的と言える。
入学・卒業で人員が入れ替わり続けるシステム。この中で学校の怪談を八年も恐れ続けている一団といえば、単純に、そう簡単には入れ替わらない者たちに他ならない。
すなわち、教師たちだ。
「この学校の先生らは、なんかやらかしとるらしい。自分たちで呪的環境を作り上げて、なんでか自分たちを洗脳状態にしてる。『黙殺の呪い』ってとこかな。学校で起こるトラブルについて働くもので、いじめとか喧嘩とか不祥事に関わるものにめちゃくちゃ冷淡な態度を取るようになっとる」
白眼視。竹林の七賢の一人、晋の阮籍が自らを尋ねて来た者が俗人であれば白い眼で応対したということに由来する「人を冷たい眼で見ること」を表す言葉。
いじめを告発しようとした深衣や立山教員の自殺未遂を説明する小路の前で教師たちは、まさにこの言葉のようになっていた。
小路いわくそれは「問題を起こしてはならない」「大事にしてはならない」という強迫観念を内包した組織精神が醸成され、彼ら自身を呪っていたことが原因だという。
「自分たちを呪う……? どうしてそんなことをするのでしょう」
「呪いに耐えて生き残れない先生を排除するためとか?」
「立山先生の自殺がそれということですか? なおさら理由がわからないのです……」
「あー。そっちは違う」
「へ?」
「立山先生の飛び降りは……ウチのミスです」
「……ええ?」
ウチ、先生の呪い解いてしもて……。
先週の金曜、放課後のこと。小路は教師の口から直接事情を聞くため、担任である立山の呪いを祓い除き洗脳状態を解除した。
しかし立山はその場ですぐに錯乱し、気絶してしまった。
仕方なく小路は彼女を保健室まで連れて行き養護教諭に預け、念のため監視用の札式神を付して帰宅。週末は港庫県西の火壺川にある本家へ帰省して報告、会議、修練。月曜の朝に実家から登校して、その電車で霊に話しかける深衣を見かけたのだった。
この朝の時点まで、札式神は先生に何か危険が迫っていることなど全く示してこなかった。おそらく立山は深衣と小路が登校している間に精神のバランスを崩し、自殺をすべく屋上へ上がったのだろう。
小路は校舎を目の前にするまで式神の放つ危険信号や異常な位置情報に気づかなかった。
「あ、今朝の『高さがおかしい』ってそういう意味だったのですね」
「はい。そう。ウチ、またミスってもーて……ホンマ無様続きで……」
「あれ? でもそれってミーコが隣にいたからじゃないんですか?」
「えっ?」「うっ」
カルテは勉強ができない。興味が湧かないことを頑張れないからだ。
逆に、興味のあるオカルト方面については鋭い利発さを発揮する。
貪欲な知的好奇心で情報を集め、鮮明な記憶力と豊かな発想力で柔軟に真実に辿り着くことができる。
小路が深衣の霊媒体質を「デコトラみたいなバリえぐい存在感」と評したことを彼女は覚えていた。そんなうるさい光源の隣を歩いていたら、遠くの自分の式神が発する信号など簡単には感知できなかったのでは。そう推測したのだった。
「気にせんでええから! そもそもウチが軽率にタテ先の呪い解いたうえほったらかしにしたんが悪いわけやし!」
「あたしにできる償いがあるのなら、できる範囲でなんでもするのです……!」
「いやもうウチが落っこちるとき助けてもろたから、責任とか感じんくて大丈夫!」
「なんでも、なんでもするのです……!」
「ミーコ、あんまそういうこと言わない方がいいわよ」
小路が自らの行動に罪悪感を覚えているため、そこに共感を向けていると深衣も罪の意識に苛まれて謝る。責任感の強い小路もまた深衣を謝らせてしまうことに謝る。
無限ループを予感したカルテは二人の反省を心底どうでもいいという気持ちを強くして、膝の上の弁当箱からからあげを摘まんで食し、深衣にも「そろそろ食べきった方がいんじゃない」と忠告した。
「でもそやな、みーちゃんがなんかしてくれるっていうんなら、一個お願いしよっかな」
「先輩、ミーコは清純派なので勘弁してください」
「なにやらす思とんねん。これは今日みーちゃんをJKの霊から助けたときから決めてたお願い。最初は取引で強制するつもりやったけど、今は純粋に協力してほしいなって思ってること」
「みーちゃん、キミのその霊媒体質を借りたい。
ウチと一緒に、夜の学校に潜入して」




