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最期を思う

 逃げられないよう手にも足にも魔力封じの枷がはめられ、両脇を屈強な兵士たちに固められてもなお、ミスティは抵抗をやめなかった。


「離しなさいよ! アタシを誰だと思ってるの?! アタシは悪くない! ルイが邪魔なんてするからこんなことになったのよ! バーチのやつが元凶なの!」


 ミスティが何を喚こうと叫ぼうと、耳を傾けるものはいなかった。ただ粛々と、処刑場へと引きずられていく。踏ん張って抵抗しても、兵士たちは意にも介さない。

 処刑台は王城前の広場に設置されていた。王家に害を為したのだ。同じ「勇者」パーティの仲間であっても、容赦はない。見せしめの意味が込められている。

 群衆が処刑を見ようと押し寄せていた。その中には別の国家指定パーティの姿もある。高みの見物と言うやつだろう。

 ミスティが広場まで引っ立てられ姿を表すと、群衆が一斉に騒いだ。

「この裏切り者!」「毒婦が!」「よくもルイ王子を!」

 それはミスティに対する憎悪だった。「勇者」パーティ、公爵家という権力を笠に着て好き放題していたミスティには、いい顔をする連中もいたが、多くはその場しのぎのごますりだった。現に処刑されようというときに、助命嘆願は一つもない。

 無理やり処刑台に上げられ、処刑人がミスティを無理やり断頭台に押し付けた。群衆から歓声が上がる。


「黙れ! お前たち、絶対に許さないわよ! 呪ってやる! 殺してやる!」


 この期に及んでなおも呪詛を吐くミスティに麻袋をかぶせ、処刑人が斧を手に取った。あとはギロチンの刃に繋がるロープを切れば、終わりだ。

 薄汚れたドレスも、ぼさぼさになった髪も、何もかもがミスティの栄華からかけ離れていた。

 こんなことで死ぬなんて。今度こそ本当に、終わりなのか。

 視界が遮られたことで、恐怖心が一気に押し寄せる。こんなはずじゃなかった。国家指定のパーティだぞ。適当に各地の魔物でも倒していれば、後は栄光が手に入るはずだった。なのに。

 どうして。どうしてこんなことに。


「いや、いやよ……死にたくない、いや、嫌!!! 許して!! イヤァァァァァァ!!!」


 処刑人の斧が、風を切って唸りを上げる。

 ミスティは最後まで叫び続けた。その首が、胴体と離れるまで。



「あああああああ!!!!」



 ミスティは叫び声と共に飛び起きた。

 起きた、のだ。またしても。

 息を整える暇もなく自分の首を掴む。斬れてはいない。傷もない。生きている。生きている、本当に!

 見覚えのある部屋。アルコの宿屋だ。やはり戻っている!


「日付は?!」


 毎日宿の部屋の暦は取り替えてある。タミト月、20日。

 やはり一日経過している。最初の流れで行けば、明日バーチが追放され、翌日にはギーカに向けて出発になるだろう。

 今回は何の用意もしていない。もしまた死んだら、次に戻るのは21日。ミスティが目覚めたときにはきっと、バーチは追放されているだろう。あれは確か朝のうちだったはずだから、死んで目覚めたとしたらその時間は過ぎている。つまりミスティがもし次に死んだら、バーチがいない状態から討伐が始まってしまう。

 これまでバーチがいない状態での討伐は、一度もうまくいかなかった。

 結局認めざるを得ないのだ、「勇者」パーティは個々が強大な力を持っている。だがそれをさらに引き出して余りある戦力にしているのが、バーチの補助魔法だと。

 それがなくなったらどうなるか。今まで散々経験してきたのだ、全ての討伐に悉く失敗し、全てのパターンで命を落としてきた。

 バーチを追放するなとルイに進言するしかない。だが、それでまた死んだら? 次に死ぬのがギーカなのか、それともそのあとなのか、ミスティには何もわからない。

 ただ、死ねばまた時間が戻るという焦燥感だけが膨れ上がった。

 何をしてもダメだ。バーチがいれば魔物は倒せるが、そのあとに死ぬ可能性は0ではない。ついこの間がそうだったではないか。

 そもそもどこまでがこのループの中にあるのか。いつまでこのループは続くのか。戻るために死に続けているのか、それとも死ぬから戻っているのか。

 例えばギーカで初めて魔獣を相手にして全滅した時。

 あれが契機だったとしたら、あの時死んだ日付以降に死んだら巻き戻るのか?

 ミスティはふと暦を見た。

 最初に死んだのは、いつだったか。確かアルコを発って、ギーカまで徒歩で10日近くかかったのだ。それから数日後に討伐に行き、全滅した。

 暦にするとタミト月の34日頃だ。二度目は途中から馬車、三度目は最初から馬車を使ったためもう少し早い日付だった。

 南へ行ったときは確か5日くらいだったか。西へ行ったときはおおよそ一週間ほど。アルコで待機した時は、もっと早かった。

 バーチを追放せずにギーカへ向かった時も、三度目と同じくらいだ。そして前回は、その日のうちに仲間を殺し、数日で処刑された。

 最初に全滅した時が一番暦の上では遅い日付だが……全てにおいて共通していることが一つある。


 「タミト月から先に進んでいない」ということだ。


 ミスティは暦を握りしめて沈黙した。

 タミト月は35日まで。死に戻りが全てタミト月内に起きたものであるならば、それを超えた場合はどうなるのか? もし、もしタミト月を生き延びれば、その場合はどうなるのか?

 死に戻りは継続するのか? はたまたそこで終わるのか? どちらにせよ御免だ。何せどうあっても月内に死ぬのだ。

 もしその日を、35日を超えるまで、死んでは一日ずつ経過していくしかないとしたら?

 この調子で死に戻り続ければやがては35日が来る。その先でまた死んだらどうなる? 次は一体どこへ戻るというのか?

 そもそもこのループが始まった原因でもある34日を過ぎたとき、ミスティは一体どこへ戻るというのだろう。最早それは、戻る場所などないことを意味しているのでは?


「……嫌……嫌よ……」


 暦を握りしめるミスティの手が震える。いつ何が原因で死ぬかもわからない状態をこれ以上続けるなんて不可能だ。

 最善を考えたとき、……それが本当に最善なのかどうか、ミスティにはもう判別がつかなかったが……、取れる策は一つしかなかった。


 離れるのだ。


 一番安全な場所まで。







++++++++++++++++++++



「話があるの」


 ミスティが切り出したのは夕食の後だった。

 談話スペースに集まっていた仲間たちは、いつになく神妙な面持ちのミスティを見て居住まいを正す。ただ事ではないと悟ったのだろう。


「どうしたんだ?」


 ルイが答える。

 至極普通の反応だ。ミスティに向けた感情には何の含みもない。そう、彼は元々そういう人間だった。ジョルジオにもヴィヴィにもミスティにも公平で。ただ一人バーチを遠巻きに見ているときだけ、何とも言えない苦虫を嚙み潰したような顔をしていたけれど。

 ミスティにとって、ルイはすでに信用に足らない人間だった。

 まるでおとぎ話をそのまま具現化したかのような完璧な王子。人当たりが良く、見目が良く、民を思い自らが戦場へ赴く。勇敢で慈悲深いなどと散々褒めそやされているが、実際は不要だと思ったものは容赦なく斬り捨てる冷酷な合理主義者だ。

 バーチを追放しようとしたことも、脅威になるかもしれない存在になった瞬間ミスティを斬り捨てたことも決して忘れはすまい。

 すでにミスティの中にはルイに対する猜疑心が生まれていた。この先自分が窮地に陥った時、彼は助けようとするだろうか? 始祖に眷属にされた時のように、あっさり見捨てるのではないか?

 思えばミスティが女魔術師にめった刺しにされた時も、彼は見ているだけだった。ジョルジオとヴィヴィだけが慌てて駆け寄ってきたのを最後に目にしている。

 ミスティは口を開く前にジョルジオとヴィヴィにも視線をやった。

 そこまで悪い印象はないとはいえ、この二人にも辛酸を嘗めさせられた記憶はある。南の港町で、自分を助けずに逃げ出したヴィヴィ。その時アンデッドに浸食され、自分を刺し殺したジョルジオ。それにジョルジオには、捕らえられた記憶も新しい。

 それから、バーチだ。

 視線をやればびくりと肩を震わせたが、今更関わりたくもなかった。

 ただただお前のせいではないのかという疑念が今も渦巻いている。何しろお前を最初に追放してから全てが狂ったのだ。お前が最初からいなければこんなことにはならなかったのではないか。

 いや、お前が平民の、孤児でさえなければ、こんなことには……。

 ミスティは大きく息を吐いた。

 もういい。もう何もかもうんざりだった。首を傾げるヴィヴィも、「どうした?」と声を掛けてくるジョルジオも、ただじっとミスティを見つめたままのルイも、長い前髪の間からちらちらと視線を寄越してくるバーチも。

 何もかもが、ミスティにとっては敵だった。



「帰るわ、家に」



ミスティは一言言い放った。

仲間たちは誰一人その意味を理解できず、ただポカンとするばかりだった。



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