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八度目

 有り得ないわ。


 そう思わざるを得なかった。


 女魔術師にめった刺しにされて絶命したはずのミスティは、また目覚めた。もう何度も何度も見た、アルコの街の宿屋だ。

 魔獣は倒した。確実に倒したはずだ。なのに何故、また、戻っているのか。

 いや、戻ってくれた方がいい。あれで死ぬなんて考えたくもない。だがこれでもう何度目だ? もういい加減同じ日々を過ごすのもうんざりだった。


 日付は、タミト月の19日。

 やはり前回から1日が経過している。

 そもそもこの死に戻りが魔獣のせいではないとしたら、一体何が原因だったのだろうか。

 最初の契機が魔獣討伐失敗だったせいで完全に魔獣のせいだと思い込んでいたが、南へ行っても西へ行ってもこの街で待機をしても必ず死んで、必ず生き返っている。ということはあの魔獣とは関係がないことなのだろうか。

 ならば何が原因なのか。何が契機なのか。

 魔竜討伐まで失敗などなかった。では「失敗」そのものが原因なのか? もしや、国家指定のパーティにはメンバーが死んだ際に死に戻って何度もリセット出来るような魔術でも掛けられているのだろうか。いいや、そんな魔術は聞いたこともない。もしそんな魔術があるのなら、強欲を体現したかのようなミスティの一族が利用しないはずがない。

 ミスティに強大な魔力があるように、彼女の一族は代々強力な魔術でもってその地位を確固たるものにしてきた。この王国において、強大な魔力はそれだけでステイタスになる。血縁に何人も宮廷に勤める魔術師がいるが、このような魔術を知る者は1人としていない。

 それに、もしこれが魔術だとしたら、それをずっと維持しておく人間が必要になる。常時魔術を掛け続けるなど、人間に出来ることではない。

 「失敗」が原因ではないのだとしたら、何か。

 あの死に戻りが始まる前と後で違うこと、それはバーチの存在だ。まさかあの男がいないというそれだけで、ここまで負け続けることがあるのか。

 前回勝てたのも、あの男がいたからなのか。つまりこのパーティから奴を追放すれば、それが即ち、死に繋がると?


「……冗ッ談じゃないわよ……!」


 ミスティは無意識に爪を噛んでいた。バーチが視界に入るだけでも不快なのに、追放出来ないだなんてそんなことがあってたまるか。

 追放はしたいが、だがしかしどうすればいい。やはり魔獣を討伐した後に追放するか。しかしまた魔獣が死んだ後に死ぬようなことがあったらどうする?

 前回の18日の段階でルイはギーカに行くと連絡してしまっていた。きっと今回ももう連絡済みだろう。そして、ミスティはそれに対して抗議はしていない。

 前回冒険者たちを集められたのは、ミスティがルイと対立したからだ。今回はその機会すらも過ぎてしまっている。今から進言してルイが聞くかどうかは怪しいところだ。何せ本来は冒険者が対応できない案件で、前回もルイは散々渋ったのだから。

 もし今回も冒険者を招集しなかったら、バーチは通常通り追放されるだろう。だが前回は人海戦術で倒せたのだ。バーチを追放したとて、冒険者へ依頼せずに勝てるのだろうか?

 いや、待て。

 ふと別の考えが思い浮かんだ。

 失敗するのはいつもバーチがいない状態。つまりバーチの追放後だ。

 もし、もしバーチが、追放された事実をリセットしようと何度も時間を戻しているとしたら?

 補助魔法しか使えない無能な男だと思っていたが、もしもそれだけでなく時間や生死に干渉するような魔術を習得しているとしたら? いや、もしかしたら追放された恨みでもって闇魔法や禁呪に手を出してそういう手法を得たという可能性もある。

 前回バーチは追放されなかったが、魔獣討伐後に追放されるかもしれないことを恐れて敢えて時間を戻したとしたらどうだろうか。今度はミスティが冒険者を呼べないよう、時間をずらすことで自分の追放を遅らせようとしているのでは?

 ミスティは怒りを露わに顔を上げた。それが正しいという裏付けなど何一つもないが、彼女にとっては「バーチが何かした可能性がある」と言う、それだけで十分だった。

 


 不機嫌を抑えようともせずに、ミスティは宿の談話スペースに続くドアを乱暴に開け放った。どうやら昼食を終えた後のヴィヴィとバーチがそこで寛いでいた。


「あ、ミスティさん。ようやくお目覚めですか? もうお昼過ぎてますよ」

「あ、お、おはようございます……」


 やれやれ、と言わんばかりのヴィヴィと違って、バーチは控え目に挨拶だけ寄越して視線を逸らす。だから、何故、視線を逸らすのか。失礼極まりない。


「バーチ。アンタに聞きたいことがあんのよ」

「へ……」


 まさか自分に罵倒以外の言葉が飛んでくると思っていなかったのか、バーチは気の抜けた声を上げる。それから落ち着かなそうにヴィヴィとミスティの間で視線を彷徨わせた。


「間抜けな顔してんじゃないわよ。ちょっとこっち来なさい」

「え、あ、でも……」


 腕を組んだまま顎で談話室の外へ出ろと示して見せるが、バーチは立ち上がりかけた状態のまま動こうとしない。立つか座るか迷っているようだ。


「何よ、アタシの言うことが聞けないっての?!」

「ヒッ……す、す、すみません! あのでも、僕……」

「ミスティさん、バーチはルイを待ってるんです。ここでは話せないんですか?」


 ヴィヴィが見兼ねたのか横から助け舟を出す。バーチは便乗してこくこくと頷いている。自分で言えばいいのに、そういうところが腹立たしいのだ。

 それにしても。

 ルイ。またルイか。最近彼には邪魔ばかりされている気がする。最初はバーチを追放する方向で意見が一致していたはずなのに、前回からどうも自分に楯突くではないか。

 ミスティは怒りに任せて八つ当たりもするし、怒り出すとどんどんヒートアップしてどんどん手が付けられなくなるタイプだった。談話スペースなどでは、ルイやヴィヴィだけでなく、下手をすれば宿の人間まで割って入ってバーチを庇うかもしれない。ジョルジオがどこかへ出掛けてしまっていることだけが幸いだ。

 だがここで断ればヴィヴィは確実に怪しむだろう。そうでなくとも彼はバーチに好意的なのだ。


「……魔術について聞きたいのよ。複雑なものもあるからなるべく聞かれたくは……」

「仲間にもか?」


 唐突に聞こえたのは、ルイの声だった。まるで計ったかのようなタイミングだ。ミスティは思わず苦虫を嚙み潰したような顔をしてしまった。

 見ればヴィヴィとバーチの座るソファの向こう側……つまり食堂の方……からルイがやってきていた。

 ミスティは正面からルイと対峙する。仲違いをしていたわけでもないのに、険悪な空気が流れた。


「……ここで話すとアンタにとっても都合悪いわよ」

「…………」


 ルイの片眉がぴくりと動く。ミスティは視線をルイからバーチに動かした。暗に追放のことを言っているのだ。恐らくルイならばあれで察しただろう。

 しかし彼は、慌てもせず、動じることもなかった。


「……どういうことかな?」


 そう言って首を傾げて見せる。あくまで白を切るつもりだろうか。ミスティは慎重にルイを観察する。本当に追放の話をされてもいいと言うのか、それとももしかして、今回もルイはバーチを追放しないつもりなのだろうか?


「……アンタ……まさか言わないつもりなの?」

「……何を?」


 やはりルイは動じない。カマをかけているのか、本気で言っているのか。いや、ルイに限ってミスティの意図を読めないわけがない。わかっていて、なおその態度だと言うのか。


「……いいわ、アンタがその気なら言ってあげる。バーチを追放する気なんでしょ?」

「えっ?!」


 声を上げたのはヴィヴィだった。ルイは微動だにしないし、表情一つ変わらない。それどころか涼しい顔で腕を組み、口元に手をやって曰く、


「ああ……なんだ、そのことか」

「そのことって、ルイ……」


 事も無げに言い放ったルイにヴィヴィばかりが驚く。追放を突如知らされたというのに、バーチはオロオロとミスティとルイを交互に見るばかりだ。


「どういうことです? ちゃんと説明してください」


 普段温厚なヴィヴィが目を三角にしてルイに詰め寄る。ルイは軽く肩を竦めた。


「そういう話もあった、と言うだけだよ。決まっているわけでもない」

「何をぬけぬけと……アンタは明日にはアタシに相談しに来るつもりだった。そうでしょ? 明後日にはバーチを追放するつもりでいたのよ。違う?」


 ミスティはルイを指差して主張する。しかしルイは冷ややかな目でミスティを見つめるばかりだ。挙句に呆れ果てたように首を横に振り、溜息を吐く。


「ミスティ、君の言っていることは全て妄想に過ぎない。僕は君に相談するつもりもなかったし、バーチを追放する予定もないよ。……それは君の筋書きなのか?」

「ふっざけ……アンタね! ずっとそうしてきたってのにしらばっくれる気?!」

「ずっとそうして……? 何を言ってるんだ?」


 ルイは心底分からないと言うように怪訝そうに眉根を寄せる。何をこのガキは、ふざけたことを抜かしているんだ。それとも前回バーチが追放されなかったように、今回もされないとでも?

 いつからかループにズレが生じていると言うのか? だとしたら一体いつからだ?

 まさか、自分がいつもと違う動きをしたから、なのか?


「……冗談じゃない……冗談じゃないわよ、今更何が変わるって言うのよ?! もういい加減うんざりなのよ!」

「ミスティ……落ち着いてくれ、さっきから支離滅裂だ……」

「五月蠅い! アタシに指図しないで!! バーチ!! アンタ外出なさいよ! 話があるって言ってんのよ!」


 突如ミスティに怒りの矛先を向けられたバーチがびくりと肩を震わせる。ああ、腹立たしい。そのいかにも被害者のような反応ももううんざりだ。

 何が被害者だ、平民が、いや、平民の中でも最下層の孤児が一丁前に! お前とアタシが同じように肩を並べて歩けるとでも思っているのか?!


「ミスティ、今の状態の君をバーチと二人にはさせられない」

「……そうですよ、ミスティさん。一度頭を冷やしてください」


 ルイがミスティとバーチの間に立ちはだかり、ヴィヴィも立ち上がってそれに倣った。ミスティの頭にはどんどん血が上っていく。

 何故そんな奴を庇う。どうしてアタシが非難されなきゃならない? ソイツには人権なんてないんだ。ノロマで鈍臭くて、木偶の坊で、下賤なゴミだ。偉大なる公爵家の血を引くミスティと同等に扱われるような奴では決してないのだ。それなのに、それなのに、どうして王子たるルイがこんな奴を庇う? どうして思うようにいかないんだ?!


「ふざけんな……どいつも……こいつも……、……邪魔を……」


 怒りで気が狂いそうだ。息が荒くなる。目が血走って、握りしめた拳に爪が食い込む。ギリギリと噛みしめた歯が軋む。


 許せない。許せない、許せない! どいつもこいつも、



「邪魔を……するなァァァァァァッ!!!!!」



 無意識のうちに、ミスティは魔術を放っていた。怒りで我を忘れたとでも言うべきだろうか。

 とにかく我慢がならなかった。こんな連中など死んでしまえばいいと思った。

 気付いた時には、宿は瓦礫と化していた。いや、宿だけではない。ミスティを中心にして宿・民家数十軒をも巻き込んだ大爆発が起こっていた。

 無詠唱で魔術を構築したことなど今までない。この光景を想定したつもりもなかった。ただただ怒りに支配されていた。

 何があった。まさか、自分がやったのか。そんな、馬鹿な。

 確かに怒りと殺意はあった。だが、こんなはずでは、


「…………」


 肩で息をする。瓦礫の広がる中、ミスティだけがただ立ち尽くしている。

 どうなった。ルイは。バーチは。ヴィヴィは。

 自分のしでかしたことがゆっくりとその身に浸透していくにつれ、どんどん頭が冴えていく。息が荒くなっていく。心臓が早鐘のように打ち付けている。

 何をした。これは、何が起きている。ミスティはその場に立ち尽くしたまま視線だけを動かした。

 被害は、かなり広い。まずい。宿だけでない、民家にまで。人がいたはずだ。確実にいたはずだ。何の罪もない住民が死んだとあってはただでは済まない。

 仲間たちはどうなった? ミスティ以外に息のある者はいない。いや待て、もしかしてこの目の前で折り重なった黒い塊、もしかしてこれが?

 あの至近距離でミスティの魔術が爆発したのなら、消し炭になっていてもおかしくない。

 早く、早く逃げないと、早く。住民が集まってくる前に。いや、どうすればいい? 誰かに見られる前にどうにかしないと。それにジョルジオだって、


「ミスティ?!」


 ジョルジオ、だって。

 驚愕した声にミスティは振り返った。瓦礫の中をジョルジオが歩いてくる。一人か? 街の住民は? 冒険者は? いないのか?


「ミスティ、これは一体?!」


 ミスティはその場にへたり込んだ。ジョルジオが慌てて駆け寄ってくる。いや、待て。彼は何も知らないのだ。しらを切れば、或いは。


「ジョ、ル、ジオ、あ……アタシ……」

「大丈夫か?! 一体何が……」


 へたり込んだミスティを支えるためにジョルジオが屈んだ。その時だ。

 ジョルジオが動いた反動でミスティの目の前にあった黒い塊が崩れ、中から黒焦げになった人間の腕が現れたのだ。ジョルジオが視線をやり、そして目を見開く。

 ミスティもその腕に視線をやって、そしてハッとした。

 腕輪だ。煤けた腕輪が着いている。あの大爆発で腕は黒焦げになってしまっているのに、腕輪は多少煤けてはいるものの原型を留めていた。ジョルジオがそれに手を触れる。

 腕は半ばで折れて瓦礫の中に落ちてしまった。ジョルジオは腕輪を手に取って、煤を払う。


「あ……」

「…………」


 それは、王家の腕輪だった。

 万が一の事態……遺体の判別がつかなくなるような……にも身元が分かるよう、王家が特殊な防護魔術を施した腕輪だ。それが、黒焦げの腕にはまっていた。

 その持ち主を、ジョルジオもミスティも知っている。そしてそれがそんな状態にあるという事態を、ジョルジオが理解しないわけがなかった。


「ミスティ、お前」

「ち、違う! 違う! アタシじゃない! こんなつもりじゃ……!」

「やっぱりお前なのか……!」


 ジョルジオはぐっと腕輪を握りしめた。怒りだ。ミスティを見つめる目には怒りが浮かんでいる。違う、違う、そうじゃない、これは、


「あ、アタシじゃないわ! これは……そう、魔物が……」

「嘘を言うな! 魔物の痕跡なんてない!」

「あ、あ、違……、アタシは、アタシは悪くないわ! アイツらが……!」


 もはや口を開けば開くほどに墓穴を掘っていくだけだった。ジョルジオがゆっくりと立ち上がる。ミスティはへたり込んだまま動けない。せいぜい後退る程度だ。

 いつの間にか周囲には冒険者や住民たちもやってきていた。誰も彼も、中心地にいるミスティを遠巻きに包囲していた。


「ミスティ……これまで散々お前の身勝手な行動には目を瞑ってきた。だが今度ばかりは、絶対に許さない」


 ジョルジオが静かに言い放つ。その気迫に圧倒されて、ミスティは反論することすら出来なかった。


 タミト月19日、ミスティはジョルジオによって王子殺しの大罪人として捕らえられ、王都に連行された。

そして数日ののち処刑が決定され、反対する者もいないまま速やかに刑は執行された。

 インフィニス公爵家は反逆の意志ありとされ、取り潰しが決定した。



 

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