討伐
バーチを追放しないまま日は過ぎ、アルコを出発する日になった。
ルイはミスティの条件通り冒険者ギルドで一番高い馬車を手配し(しかもバーチが追放されなかったことで馬車の定員を超えたため、2台も用意したようだ)、一行は労せずギーカに辿り着いた。しかもバーチが馬に疲労軽減の補助魔法を使ったらしく、旅程は通常よりも2日ほど短かった。
「これはこれは、「勇者」ルイ様、皆様のご到着を心よりお待ちしておりました!」
宿へ行くよりも先に向かった冒険者ギルドでは、ギルドマスターが一行を待ち受けていた。
これまでのギーカの冒険者ギルドの印象は、うら寂れて人もまばらだったのだが、今回はどうだ。まるで違う街にでも来たかのようにギルドのロビーは人でごった返している。
ルイが依頼した冒険者たちと、彼らを一目見ようと集まった冒険者たちがいるためだ。国の指定パーティからの共闘依頼は、活気の失われたギーカを盛り上げるには十分だったようだ。
「こちらこそ、お会いできて光栄だ。今回はこちらからの依頼を受けて頂き、感謝に絶えない」
「とんでもありません。皆、お手伝いが出来ると聞いて気勢を上げております」
ルイがギルドマスターと挨拶し、ジョルジオやヴィヴィも軽く頭を下げる。殊更気合を入れてメイクとドレスアップをしたミスティが冒険者たちに微笑みかけると、どよめきが起きた。バーチは相変わらず一行の影にひっそりとしていて、特に気付かれていない。
そう、これだ。ミスティが求めている賞賛。
性格の悪さを隠せばミスティはもとより整った容姿をしていた。
美しく揺れる長い深紅の髪、少しきつい印象ではあるが、意志の強そうな美しい緑色の瞳。通った鼻筋に、赤い唇。豊満な胸を強調した、襟ぐりの開いたドレス。深いスリットから覗く脚線美。
全て、ミスティが最大限美しく見えるよう計算され尽くした装いだった。
「早速ご紹介いたしましょうか。まずはこちら、Sランクパーティの……」
ギルドマスターが各パーティの紹介を始めるが、ミスティはどうでもよかった。そういうのはルイが聞いておけばよいのだ。
そんなことより。
ミスティは居並ぶ随行パーティのメンツに目を光らせた。
今紹介されているSランクパーティ。全体的に筋骨隆々で、いかにもむさ苦しい髭の男が多い。悪くはないが好みではない。
その隣は女性が多めのAランクパーティ。リーダーらしき男は大した顔ではない。至って凡庸だ。
反対側は獣人を中心としたSランクパーティ。ミスティの基準では論外だ。
その隣は……と視線を進めたミスティは、そこで目を止めた。
男2人、女3人のパーティの中で背の高い青年が佇んでいる。装備を見るに剣士だろうか。
緩くウェーブした金髪に青い瞳で、素朴ではあるが整った顔立ちをしている。そのパーティのランクは知らないが、ここに呼ばれるということはそれなりに高ランクなのだろう。
もっと有名になり垢抜ければ、きっと若い女性に騒がれるようになるだろう。
歳は20代半ばくらいだろうか。ちょうどいい年頃だ。隣にいる女魔術師と何やら談笑している。
女の方はくすんだ赤毛のお下げ髪を左右で三つ編みにして眼鏡をかけた、よく言えば純朴そうな、悪く言えば田舎臭い少女だった。
「ねえ、ちょっといいかしら」
ミスティが剣士に声をかけたのは、情報共有や親睦を兼ねた食事が終わり、各々解散する間際のことだった。
初の合同討伐ということで、一旦解散はしたものの、詳しい連携について話したいものはその場でまだ話していると言う状況だった。
自分が声を掛けられるなどと思ってもいなかったのだろう、剣士は驚いて自分を指さしている。
「えっ……ミスティ様? オレなんかに声を掛けてくださるなんて、恐縮です!」
素直な言葉に、ミスティは美しく微笑んで答える。胸中は剣士のその純粋な尊敬の目線に優越感でいっぱいだったが、表には出さない。
「あら、そんな風に言ってくださるなんて光栄だわ。少し話さない?」
あくまでも淑女の様相を崩さずにミスティは言った。初対面の男は大体この淑女面に騙されるのだと、彼女はよく理解している。
案の定この剣士もそうだった。彼の視線が一瞬だけ、ミスティの胸元を見る。胸元が大きく開いた服に、さらに腕を組んで谷間を強調しているのだから自然とそうなるだろう。剣士のその態度に、赤毛の女魔術師が一瞬ムッとした顔をした。
「あ、オ……、いや、自分で良ければ!」
どうやら舞い上がっているらしい剣士の態度に、ミスティはくすりと笑みを零す。あくまで淑女らしく、だ。
「確かAランクのパーティなのよね? 随分若く見えるけれど……」
「あっ、ハイ! 自分は20で、ほかの皆も大体同じくらいです」
「まあ、本当に若いのね。その歳でAランクまで行くなんて、あなた達すごいのね」
ミスティは残っていた剣士のパーティメンバーにも微笑む。先ほどムッとしていた赤毛の女魔術師ですら気を許したように相貌を緩めた。
「そんな、ミスティ様にそう言って頂けるなんて、光栄です!」
剣士はパーティの面々と顔を見合わせて嬉しそうにはにかんでいる。なんて初々しい反応だろう。
称賛、羨望。これぞミスティが求めていたものだ。
「今回は集まってくれてありがとう。一緒に戦えるのを楽しみにしているわ」
「はい! こちらこそ!」
剣士が胸に手を当てて元気よく答える。ミスティは彼ににこりと微笑みかけると、肩にぽんと手を置いた。すれ違いざまに、彼だけに聞こえるようこっそりと耳打ちする。
「後で宿に来て」
「!」
剣士はハッとしたが、すぐに息を飲みこんだようだった。無言で頷いた彼に満足そうにして、ミスティはその場を離れた。
赤毛の女魔術師がミスティのその背中に厳しい視線を向けていたことなど、彼女には取るに足らないことだった。
ルイたち「勇者」パーティがギーカについて4日目の朝。
ついに魔獣の討伐が始まった。ルイたちを戦闘にSランクパーティとAランクパーティが2組ずつ。合計5パーティの大規模討伐となった。
「ふぁ……あ……眠いわぁ」
「もう、ミスティさん……あくびはコッソリしてくださいよ。皆見てるんですよ」
「何よ、人間なんだからあくびくらいするでしょ」
「夜更かしするからですよ、もう!」
「いいでしょ。何事も溜め込むのはよくないのよ。お子ちゃまにはわからないでしょうけど!」
ミスティはにやりと笑ってヴィヴィの鼻頭を摘まんだ。ふぎゃ、と声を上げたヴィヴィが慌てて逃げる。「はしたないですよ!」とぶつくさ言っていたが、ミスティはどこ吹く風だ。
道中に咲いていたカサンドラ・リリーを手折り、髪に挿す。肩越しに髪をなびかせれば、後ろを歩いていたパーティが若干色めき立ったようだった。現金な連中だ。
道中の魔物もそれぞれが難なく倒し、山の中腹に口を開けた洞窟が見えてくるまでにそう時間はかからなかった。先頭を歩いていたルイが振り返り、一同は足を止める。
「皆、目的地に着いた。恐らく魔獣のねぐらまでは狭い道が続くだろう。基本的には前方からくる敵は僕たちが倒す。皆はそれぞれ、討ち漏らしたものや流れ弾に注意して着いてきてくれ。殿のパーティは、挟撃されないよう注意してくれ。これから全員に補助魔法をかけるが、くれぐれも注意してほしい」
ルイの言葉に各々が呼応する。バーチがおずおずとルイの前にやってきた。背後から「誰だ?」「あんな奴いたか?」と囁きが聞こえてくる。やはり影の薄いこの男は認識されていないらしい。
何やらもごもごと詠唱のようなものを口の中で呟いて、バーチが杖を掲げる。
杖から光が降り注ぎ、一同を包み込んだ。何か見た目に変化があるわけではないので、光が消えると同時にバーチもそそくさと下がっていく。まったくいつ見ても卑屈でいけ好かない。
強化魔法を掛けられた者たちも、「今何かしたのか?」「特に変化はないが……」とひそひそと囁きあっている。
仮にも「勇者」パーティが連れている魔術師の掛けた補助魔法だ。直接文句を言ったり質問をする者はいなかったが、それでも不審そうな気配は見て取れた。
ルイが再び前に出て、そんなさざめきを払拭する。
「さあ、行こう! 魔獣は目の前だ!」
剣を抜いて振りかざすルイの雄姿に、一同は拳を突き上げて呼応した。士気高く、洞窟へと入っていく。
ミスティはそんな彼らの姿にほくそ笑んでいた。
そうそう、その調子で頑張って周辺の雑魚を倒してくれればいい。「勇者」パーティへの心酔もなかなかだし、これなら危険が迫ったとしても盾になってくれる素養は十分だろう。
バーチの補助魔法のおかげかはさておき、魔獣のねぐらになっている開けた場所までは難なく到達した。
そもそもバーチがいなかった時もここまでは問題なく辿り着けていたし、今回は道中の雑魚を倒すにあたっても後方から魔法や弓の援護射撃が飛んでくるのだから楽なものだ。
「いたぞ、魔獣だ!」
「皆、気を引き締めて行こう!」
最初に開けたねぐらに辿り着いたジョルジオとルイが交互に声を上げる。続いてねぐらに雪崩れ込んできた残りのパーティも、緊張した面持ちで武器を構えなおした。
広い洞穴の中央で丸くなって眠っていた魔獣は、人間の声に反応してのそりと体を起こす。
青い毛並みの、巨大な狼だ。以前邂逅したときと変わらぬ姿に、ミスティは思わず固唾を飲んで杖を握りしめた。
恐怖心があると言うわけではない。どちらかと言えば、以前はよくもやってくれたな、という怒りの方が大きい。今日こそはこいつを討ち果たし、この死に戻りのループを止めてみせようではないか。
ルイたちを筆頭に魔獣と対峙する。後方の冒険者たちは、近接攻撃役や盾役を外側に、魔法や遠距離攻撃役を内側にして円を描くように布陣している。どこから攻撃が来ても防げるようにだ。
ミスティやヴィヴィ、バーチも陣形の内側に配置されている。
魔獣が唸り、遠吠えをした。びりびりと空気が振動する。ランクの低い冒険者たちなら、ここで足が竦んで動けなくなっただろう。それくらいの圧がある。
が、ここに連れてこられたのは歴戦の猛者たちばかりだ。遠吠え程度では怯んだ様子はない。
遠吠えが終わると、どこからともなく狼の群れが現れていた。眷属たちだ。魔獣を守るように、冒険者たちを包囲するようにゆっくりと歩み寄ってくる。
ミスティはすでに詠唱を開始していた。一同にはバーチのリフレクションが掛かっている。ようやく全力で戦えるというものだ。
「いくぞ……戦闘開始だ!」
ルイの鼓舞と同時に狼たちが一斉に冒険者たちに飛び掛かった。最初に飛んできた狼をジョルジオが巨大な盾で防ぎ、地に叩きつける。その隙に飛び掛かろうとした狼はルイが斬り捨てた。
「勇者」パーティの後方では冒険者たちが同じように狼に対処している。二人一組でなるべく隙を作らないよう対処し、その合間を縫って陣形の内側からは常に魔法や弓が狼を狙う。
いつもは岩陰から岩陰へとこそこそ逃げ隠れるだけのバーチですら、常にブツブツと詠唱を呟いていた。恐らく人数が多い分だけ補助魔術の消費が激しく、次から次へかけ直しているのだろう。
並みの補助魔術師では20人を超えた人数に何度も補助魔法を掛けていたらすぐに魔力切れを起こしてしまうだろうが、流石に「勇者」パーティに同行しているだけあってバーチには疲れた素振りは全く見えない。
「あの人、地味に凄くない……?」
「ええ、常にバフが切れないなんて異常よ……。でも、おかげでこっちは楽に戦えるわ!」
陣形の内側にいる魔術師たちが、攻撃の合間にそんなことを話している。ミスティからしたらこんな愚図の役立たずには過分な言葉だ。
曲がりなりにも「勇者」パーティの人間なのだからそれくらいはできて当然だろう。
前衛は後衛を守り、後衛は前衛を守り、相互に攻守を努めながら狼をいなしていくも、狼は倒れるたび新たに召喚された。この無限とも思える召喚を、以前はよく4人だけでどうにかしようとしたものだ。
やはり他の冒険者がいるとそれだけ楽になる。ミスティ自身も大魔法を放つまでの詠唱時間を、冒険者たちの援護によって難なく切り抜けられた。
「消えなさい……爆雷の矢よ、降り注げ! ライトニング・エクスプロージョン!」
ミスティの詠唱が終わり、陣形の周囲にいくつもの落雷が巻き起こる。狼にも魔獣にもランダムに撃ちつける雷は、対象に落ちた瞬間に高火力の爆発を引き起こすものだ。
「皆さん、下がって! エリアプロテクション!」
ヴィヴィが落雷に合わせて杖を掲げた。いくらリフレクションが掛かっているとはいえ、万が一効果切れが起きていたら味方と言えど命に係わる。
狼に対処していた前衛が身を引くと同時、ドーム状の光が陣形全体を包み込んだ。聖魔法のシールドだ。雷はそのドームにも降り注ぎ、岩を穿ち、爆ぜて、また狼に降り注ぐ。
本来はこんな狭い場所で使うような魔法ではなく、開けた場所で魔竜クラスの大型魔獣が現れた時に使う魔法だ。ミスティの魔法の威力を知らない冒険者たちはその圧倒的な火力に慄き、どよめきを上げた。
やがて落雷が収まるころには、眷属の狼たちの姿はほとんど消え失せていた。冒険者たちから歓声が上がる。
が、こんなものではない。ミスティだけはそれを知っている。
「まだよ! 気を抜かないで!」
ミスティの鋭い声に、彼らはハッとする。魔獣は少しダメージは受けているようだが、まだよろけることすらない。それどころかまた狼たちが召喚されている。
「僕たちが本体を叩く! 皆は狼を頼む!」
「オオッ!」
ルイが剣を翻して魔獣へと駆け出した。行く手を阻むように飛び出してきた狼たちを、後方からの魔法と矢が射貫く。
狼たちがルイを阻もうと魔獣と彼の間に次々飛び出してくるが、同じようにルイを守るために前衛部隊が動き、彼のための道を作るべく狼たちをねじ伏せていく。
冒険者が討ち漏らした狼はルイに追従するジョルジオの盾に阻まれ、槍で突かれ、霧散していった。
ルイの剣が魔獣に届く。が、しかし魔獣もただでやられてはくれない。剣の振りを後方へ軽く飛んで避け、前衛たちをなぎ倒そうと回転して巨大な尾で攻撃を仕掛けてきた。
何人か冒険者が吹き飛ばされたが、すぐにヴィヴィが回復魔法を掛け、バーチが身体補強を重ねていく。
魔獣はさらに眷属を召喚するが、冒険者たちの勢いは止まらない。あちこちから狼は攻撃され、次々に倒されていく。その間にもルイはまた魔獣目掛けて踏み込んだ。
突きを繰り出すも、魔獣は身を引いて、さらにルイが剣を戻すタイミングで巨大な鋭い爪を振りぬいた。が、ジョルジオの盾がルイへの一撃を阻んでいる。
さらにルイと魔獣は斬り結ぶ。お互いが一閃を避けては返し、の繰り返しだ。どちらかの攻撃が当たった時点で決着が着くだろう。しかし、依然として魔獣はルイと戦いながらも眷属を召喚しており、消耗は見られない。決め手に欠ける。
眷属は減らしても減らしても無限に現れるのに対し、人間の方は替えが効くわけではない。いくら補助魔法でバフを掛けていようとも、一人の人間の活動限界は決まっている。
長期戦になればなるほど人間側がジリ貧になるのは明白だ。
「どうする、このままじゃいずれ追い込まれるぞ」
「わかってる……少しでいい、あいつの動きを封じることができれば……」
魔獣と少し距離を置いて、ジョルジオとルイが言葉を交わす。魔獣の動きは思った以上に俊敏だ。狭い洞窟内でも、まるで平地での戦闘のように身を翻して攻撃を避けている。
ミスティはぐるりと視線を巡らせた。冒険者たちも息が上がっている。ミスティ自身も大魔法の使用やその後の狼への攻撃で疲労感を覚えていた。
もう少しすれば、魔力切れを起こす魔術師も出てくるだろう。そうなる前に何もかも、ケリを付けなければ。
ようやく魔獣を倒せるであろう環境が整ったのだ、ここを逃すなんて絶対に許されない。
「動きが止まればいいのね」
ゆっくりとミスティは息を吐いた。ソワソワと周囲を見回しているバーチの頭を掴んで、魔獣の方を向けさせる。
「ヒッ……?! なな、な……」
「黙って。アイツにありったけデバフを掛けなさい。ディレイでもスロウでもなんでもいいわ。ルイには加速バフよ」
「そ、そうは言っても僕の魔法も避けられる可能性が……」
「なんでもいいからやりなさいよ!」
ミスティは言い捨てると同時にバーチの頭を突き放す。バーチを活用するなどミスティとしては不愉快でしかない。しかし今あの魔獣に何か手を打てるとしたら、この補助しかない。
バーチは何か言いたげだったが、ミスティはもう聞く耳を持たなかった。それよりも広範囲魔法の詠唱に入る。
バーチの言い分は理解しているつもりだ。いくら補助魔法があったとしても、相手にその効果が届かなければ意味がない。
特に、敵に作用するものは相手の性能や特性で効果が半減したり、もしくはかからない場合もある。ルイへのバフは成功したとしても、相手に攻撃が当たらなければ無駄になる。
ルイが二人のやり取りをじっと見つめていた。迷っている時間はないのだ。ミスティはいつになく真剣だった。ここで何もかもを、終わらせたいのだ。
「舞い散るは銀の氷塵、全ては凍てつく女神の息吹。語る者なし、其は閉ざされん。永久なる監獄、《アイシクル・プリズン》!」
ミスティの足元から冷気が吹き荒れ、召喚されてきた狼もろとも魔獣を飲み込む。対象に触れた瞬間から風は凍り付き、あっという間に巨大な氷塊が出来上がった。
しかしこれも一時的なもので、すでに魔獣のいる辺りには亀裂が入り始めている。
「早くしなさい!」
ミスティが叫ぶ。この一瞬の隙にバーチがデバフを掛ければ、相手に避けられることもなく確実に発動できるはずだ。
しかしバーチの詠唱は、ディレイのデバフのものではなかった。
「す、す、すみません、耐えて!」
何を、と聞く暇もなく、バーチは杖をルイに振りかざした。
「グラヴィティ……インバーテッド!」
瞬間、ドッとその場にいる全てに圧力が掛かった。まるで上から押さえつけられるような力に、狼たちは押しつぶされ、冒険者たちも膝を着く。
「グッ……!」
「な……」
声すらまともに出せない状態でなんとか耐えながらミスティは魔獣を見た。同じだ。あの魔獣でさえ、足を大きく開きその場で重力の圧に耐えている。
ほとんどの冒険者たちが倒れ伏し、ミスティやヴィヴィはおろか、ジョルジオですら膝を着いた中、ルイだけがまっすぐに立っていた。
「ル、ルイ!」
バーチが何とか絞り出した声に、ルイは何も返さなかった。ただ上段に構えた彼の剣が、爆発したかのように光を纏う。
それは今まで見た光よりも遥かに眩く、遥かに巨大な刀身へと変化した。
「これで……終わりだ!!!」
ルイだけが動ける世界で、彼は地を蹴って飛び上がった。魔獣はまるで縫い付けられたかのようにその場に立ち尽くしている。
ルイが剣を振り下ろす。刀身は魔獣にまっすぐ叩きつけられ、魔獣にかかる重力に乗ってそのままその首を斬り落とした。
魔獣の首が地に落ちると同時に召喚されていた眷属が掻き消え、重力場も唐突に消え失せる。必死で耐えていた圧力が急に消滅したものだから、あちらこちらで頓狂な声が上がった。
ミスティも思わず力が入り過ぎて体勢を崩しそうになったが、傍にいたジョルジオが咄嗟に支えたおかげで転ぶことはなかった。
「終わった……?」
誰ともなくそんな呟きが漏れる。
魔獣は、その巨体は、首から血を流し、地に倒れ伏している。動く気配もない。首だけで動く魔物もいるが、そちらの方も動き出す気配はなかった。
その傍らに立っていたルイが、ゆっくりと頷く。
「ああ。……魔獣は、討ち果たした!」
その瞬間、冒険者たちの歓声が爆発した。
或いは武器を振りかざし、或いは抱き合い、勝利を喜び合う冒険者たち。ジョルジオがルイと拳を合わせているし、ヴィヴィは座り込んだバーチを労うように肩を叩いている。
終わった。
終わったのか。ようやく。
あの魔獣を、討ち果たしたのか。
ミスティは歓喜の声を聴きながら、ただゆっくりと、大きく息を吐いた。




