対立
真っ暗な空間だった。
何も見えず、話すことも出来ない。
体を動かそうとしても、まるで泥の中に沈められたかのようにピクリとも動かない。
周りには仲間がいたはずだ。だがこの黒一色が支配する世界にその存在を確認できない。
魔物もいたはずだ。建物もあったはずだ。何もない。
ただ自分が在るということ以外は、何一つわからない。
あの竜はなんだったのか。仕留めたはずの魔竜が生きていたのだろうか? それとも、残骸から産まれた何か?
あるいは全く別の竜であったのだろうか。魔物がアルコの街を襲ったのはあの竜と関係あるに違いなかった。
もっとも、今となってはそれを証明することすら誰にも出来ないのだけれど。
こんな死に方、こんな終わり方、考えたこともなかった。最期だなんて、そんな。
嫌だ。
こんなところで、こんな死に方なんて絶対に嫌だ。
どうしてこんなことに? これまであんなにも順調だったのに。
一度として負けたことなどなかったのに。危うくなったことすらなかった。
何せ「勇者」の名を冠するパーティだ。
国の指定パーティは数あれど、名の重複するパーティばかり。「騎士」「戦士」「鷹狩」「竜殺し」「賢者」……
その中で唯一、「勇者」の称号を持つルイのパーティ。
かつて魔王を封印したとされる勇者、ヴィルトュス・トリアス。我が国の王子で、光の剣をもって魔王を封じたと言い伝えられている。その勇者と同じ、金色の髪を持って産まれた王子、ルイ。
魔王復活の兆し有との報に、いち早く名乗りを上げた彼を見て、誰もが勇者様の再来だと歓声を上げた。
勇者ヴィルトュスの仲間を祖とする各国は、遅れまいとそれぞれの国で討伐隊を結成した。だがその中のどれも、「勇者」の名を使うことはなかった。
他のどのパーティより優れ、どのパーティよりも強く、どのパーティよりも武功をあげ、どのパーティよりも歓迎される、それがルイの、「勇者」のパーティのはずだ。
それがどうだ。ギーカの魔獣ごときに勝てず、行き先を変更しては死に、死んでは戻り、また敵に敗れ……いつからこんなことになってしまったのだろう? どうしてこんなことになってしまうのだろう?
何も変わらないはずだ。これまで通り、魔法も最大火力で放出出来る。ヴィヴィの回復量だって落ちてはいない。
アルコの街だって、早朝に奇襲を受けたにも関わらずルイとジョルジオで入り口付近を制圧出来ていたではないか。
あんなイレギュラーな存在さえなければ……いや、そうではない。
そもそもギーカの魔獣にせよゴーストシップにせよヴァンパイア・ロードにせよ、これまでの実力からすれば勝てない相手ではなかったはずだ。
一つだけ変わったことがあるではないか。それは、
バーチだ。
視界が突然開けた。
真っ暗な空間に突如差し込んだ光に目が眩み、ミスティは強く目を瞑った。……瞑ることが、できた。
そのことに驚愕して、ミスティは眩んだ眼を無理やりこじ開けた。
「あ、ようやく目が覚めました? もう昼過ぎですよ」
いつもと変わらない調子の、ヴィヴィの声が聞こえる。起き上がって(起き上がることができたのだ)声の方に顔を向けると、ヴィヴィが窓際でカーテンを開けたところだった。光が差し込んだのはそのせいだ。
「部屋の清掃をしたいって宿の方が……聞いてます?」
呆然とヴィヴィを見つめるだけのミスティに、ヴィヴィが怪訝そうに眉根を寄せる。
普段なら部屋に無断で入るなだのなんだのと怒るのに、何も言わないことを怪しんだのだろう。
「どうかしたんですか? ミスティさん?」
また、戻っている。
あんな風に終わったのに、今度こそ終わったと思ったのに、また!
「うそでしょ……」
「な、なにがです?」
部屋にいたことに驚愕していると勘違いしたのか、ヴィヴィが恐る恐る聞いてくる。ミスティはヴィヴィを睨みつけた。
ヴィヴィの体が強張ったのがわかったが、そんなことはどうでもいい。
「今日って何日?! 18日?!」
「そ、そうですけど、どうかしました?」
まずい。ルイが次の目的地に連絡をするのは、出発の2,3日前だとか言っていた。
記憶を辿れば、確かこの街を出発したのは22日だったはず。
2,3日とか言いながらもっと前に行動するのが「勇者」パーティーのリーダーである。ギリギリ間に合うかどうかの瀬戸際だ。
「ルイは?!」
「少し前に冒険者ギルドに行かれましたけど……」
「ああもう! 最悪! ちょっと! 着替えるから出てって!」
「ええっ?! ま、待ってくださいすぐ出ますから!」
慌てて部屋を出るヴィヴィを待たずに寝間着を脱ぎ捨てる。追いかければぎりぎり間に合うか? 間に合わなければ唯一考えないようにしていた選択肢を選ぶほかなくなってしまう。
それだけは何としても阻止したかった。出来る限り取りたくない手段だった。
しかし唯一、アルコの街を出る前と後で違う部分に気付いてしまったのだ。
それは、バーチの存在。
彼の、補助魔法の存在だ。
やっと追い出せてせいせいしたのに。これでようやく、真に選ばれし者のみのパーティになるのに。
いつまでの下賤な孤児を含んでいてはパーティの品位に関わる。
邪魔な孤児がいなくなる絶好の機会なのだ、なんとしても奴は追放し、ギーカを避けて安全圏を確保したい。
それにとにかく、ギーカなんぞに行きたくもない。
次に行く街のあてはないけれど、とにかく別の安全そうな場所を探すしかない。あと行っていないのは東しかないが……こうなったらこれまでの街へ引き返して、安全が保たれているかどうかを確認して回るくらいでないと自身の身を守れないかもしれない。
ミスティはとにかく身支度を済ませて冒険者ギルドへ走った。
その結果。
「ミスティ? 一体どうしたんだ?」
息を切らして冒険者ギルドに辿り着いたミスティの間に飛び込んできたのは、今しがたギーカへ連絡をし終えたルイの姿だった。
冒険者ギルドに飛び込んだ瞬間に「それじゃあ、4日後にはこちらを発ちます」とルイの声が聞こえたのだ。通信用の魔道具を切って振り返った彼と視線がかち合って名を呼ばれたものの……
「…………次の……目的地……」
「……? 今ちょうど、ギーカの街に連絡をしたところだが……」
「クソ! なんでそんな早く連絡なんてすんのよ!!」
思わず床を力一杯床を踏みつけたミスティに、ギルド内にいた冒険者たちの視線が集中する。 常に心地よい程度のざわめきに包まれているギルド内がしんと静まり返った。
誰もが彼らを、ルイとミスティを知っている。何せこの街を救った英雄。勇者なのだ。数日前には魔竜討伐の盛大なパレードまでして、街中に容貌を知らしめたのだから。
「ミスティ、どうしたんだ? 何かあったのか……」
「あったんじゃないわ、これから起こるのよ! ねぇ、もう一回ギーカに連絡して! 目的地は変えたって言うのよ!」
ミスティはとにかく必死だった。今ならまだ間に合うかもしれない。ギーカに連絡をしたと言っても、通信用の魔道具は冒険者ギルドに設置されている。相手方のギルド職員が連絡を受け、そこから自治体へと連絡し、さらに各街のギルドに通達という手順がある。今すぐにさっきの連絡は間違いだったと取り消しの連絡をすればまだ間に合うかもしれない。
「ちょっと待ってくれ、理由は……」
「うるさいわね!! 理由なんてどうでもいいでしょ?! とにかくアタシは行きたくないのよ!!」
なかなか動かないルイに業を煮やし、ミスティはヒステリックに叫んだ。最早ギルド内で動いているものはルイとミスティくらいしかいない。他の誰もが息を潜めて、ただ成り行きを見守る他なかった。
ミスティの剣幕はそれほどに凄まじかった。少しでも邪魔をしようものなら、魔法で消し炭にされかねない権幕だ。一介の冒険者では、音を立てることすら憚られるだろう。
「ミスティ、正当な理由がない限りそれは出来ない。ギーカに行きたくない理由はなんだ? どうでもいい、で済まされる話じゃない」
ルイは苛立ちを抑えることすらしないミスティ相手でも、一切怯む様子もなければ動じる気配もない。
それは彼がチームのリーダーであるからと言うだけでなく、王族としての威厳でもあった。
彼のその凛とした姿は、例えどれほどの魔術の腕を持っていようとも、ミスティ如きがルイに本気で歯向かうことなどできないと、そう告げているかのようだった。
ミスティはその態度に一層苛立ちを募らせる。
「……どうしても目的地は変えないわけ」
「君の返答次第だ。ギーカよりも優先するべき理由があるのなら検討する」
「検討ですって? そんな悠長なことしてる暇があるわけ?」
「検討の余地もないほど緊急性の高いものならすぐにでも連絡するさ」
ミスティのこめかみには青筋が浮かび上がっていた。これ以上問答していると本当に魔法でも放ってしまいそうだ。
ルイが民衆に見せる顔は『人当たりのいい好青年』だが、実のところ頑固で、まったく譲らないところがある。特に討伐に関しては、これと決めたら余程の理由がない限りは覆さない。
バーチの追放にしても、熟考の結果ではあるだろうが一度とてそれをやめたことはないのだから推して知るべしというところだろう。
「……わかったわよ。もういいわ」
「ミスティ」
「その代わり、アタシの出す条件は飲んでもらうわよ。今夜にはまとめておくから」
「……わかった」
ミスティは表情を変えもしないルイに舌打ちを浴びせると、踵を返した。
乱暴に足音を立てながらギルドを後にする。
中に残された冒険者たちがミスティの足音が完全に聞こえなくなるまで息を殺してひたすら耐えていたことなど、彼女は知る由もなかった。




